徹底して山形に密着したフリーペーパー

モンテディオ山形 新監督 奥野 僚右 さん

2012年1月27日
奥野 僚右(おくの・りょうすけ) 1968年(昭和43年)京都市生まれ。早大卒後93年に鹿島アントラーズに加入、センターバックとして90年代後半の鹿島黄金期を支えた。2002年に選手兼監督としてザスパ草津に移籍、チームを群馬1部リーグから日本フットボールリーグ(JFL)に昇格させた実績を持つ。04年から鹿島コーチに就任、強豪クラブの戦術を学んできた。山形へは奥さんとお子さん3人とともに移り住む予定。43歳。
モンテディオ山形 新監督 奥野 僚右 さん

もちろんJ1復帰が目標
  達成して地域と共に喜びを――

――京都ご出身ですか。
 「高校を出て浪人時代まで京都でした。浪人は1年目は予備校、2年目は自宅で」
 
2浪で早大、草津で監督

――・・・・・・。もしや2浪?
 「2浪です。どうしても早稲田のエンジのユニフォームで戦いたくて、でも高校時代まで勉強してこなかったツケが回ってきて(苦笑)」
――Jリーグでは鹿島を中心に活躍されて、草津では監督も。
 「J1での契約が切れた時に草津でJリーグを目指すクラブを立ち上げるという話をいただいて、もともと地域にスポーツ文化を根付かせる『Jリーグ百年構想』に共鳴していたのでグラっときて(笑)」
 「草津での2年間はとにかく選手たち、地域の人たちの期待に応えたい、それだけでした。だからJFLに昇格できた時は本当に肩の荷が下りた感じでしたね」
――モンテも再昇格の期待がかかっていて、頼もしい経験ですね。
 
連動・連携・連結で

 「この3年はJ1で鹿島コーチとしてモンテと戦ってきましたが、選手がひたむきで、全員攻撃・全員守備が徹底しているチームという印象でした。後ろからどんどん選手が上がってきて、乗せたら怖いなと」
 「そういうチームカラーは継承しながら、よりレベルを高めていくのがボクの役割。選手1人ひとりの持ち味をいかし、それを今年のスローガンで掲げたように『連動』『連携』『連結』させていきたい」
 「そうすることで個の集まりがグループになり、いいチームワークやコンビネーションプレーにつながっていくんだと思います」
 
魂を揺さぶる試合を

――草津もそうだったでしょうけど、モンテも財政基盤があまり…。
 「大きなスポンサー企業がなくてJリーグ唯一の社団法人ですよね。でも裏を返せばクラブが着実に地域に根付いて成長してきたわけで、『百年構想』が実践されているとも言えるでしょう」
 「だから、かえって恵まれている面もあると思う。魂を揺さぶるようなプレーや試合をお見せできれば地域の支持が得られ、それを観客増に結びつけていければ道は開けるはずです」
 
シーズン終了後に・・・

 「もちろん今年の最終的な目標はJ1復帰。シーズンが終わって、山形の皆さんと共に喜びを爆発させたい。そのためにも1日1日、努力と精進を積み重ねていきます」