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《セピア色の風景帖》 第四十一回 風間のガード

2011年11月25日
 大野目の交差点から山寺街道に入ると道路は風間のあたりで仙山線と交差する。線路の下を道路が走る形は今も変らないが、以前は道路の掘り込みがなかった。バスなどギリギリの状態で通過していたもので、建機を積んだトラックなどに至っては通過できないこともあったようだ。
《セピア色の風景帖》 第四十一回 風間のガード

 以前はガードの脇に酒屋があり、その店先には旅人が二口峠を越えて往来していた名残りなのか、山寺の方向を示す石の道標があった。酒屋はガードの改修前後に姿を消したが、あの道標はどうなったのだろう。
 また、以前のガードは第二次大戦中に米軍機の機銃掃射(きじゅうそうしゃ)を受けたと伝えられ、鉄骨には弾痕(だんこん)があったという。その一部でも戦争の資料として郷土資料館にでも保存して欲しかったが、おそらくは単なる廃材として弊履(へいり)のように熔解されてしまったと思われる。
 車を自ら運転する山形市民の大半が知っている「風間のガード」の懐かしい姿は映画の世界に残されている。
 主人公が軽自動車で山形駅から馬見ケ崎橋を経てこのガードを通り、高瀬まで行き着くシーンが登場するジブリ映画「おもひでぽろぽろ」。ガードの醸(かも)し出す雰囲気は製作者にも印象に残るポイントとしてとらえられていたようだ。(F)