セピア色の風景帖
城下町では敵の直線的な進入を防ぐため、カギ型(クランク式)に造られた道が多くあった。山形市内にもその痕跡は各所に残っているが、車社会の現代では交通の支障として槍玉に挙げられることがある。
2008年6月27日
現在のナナビーンズ前の交差点を七日町十字路(七日町四辻)と呼んでいる。県庁が松波に移転した後もここが交通の要所であることに変わりはない。ただ十字路周辺の変遷は大きく、年代によって印象に残っている建物も様々であろう。
2008年5月23日
先々代の山形駅は大正五年の竣工で、いかにも駅という風格のある建物であった。五十年あまりの永きにわたって「山形の顔」を務めてきたが、昭和四十二年に先代の山形駅舎にバトンタッチした。
2008年4月25日
先代の山形駅は昭和四十二年に建設され、民衆駅と呼ばれた。国鉄だけでなく、民間の資本も導入して建てられ、商業スペースは「山形ステーションデパート」と命名された。
2008年3月28日
昭和30年代には一般住宅内に風呂がない場合が多かったこともあり、山形市内に36軒の銭湯があった。その後、内風呂の普及に伴い銭湯の数は減っていった。
2008年3月14日