徹底して山形に密着したフリーペーパー

萬屋薬局 社長 中村 松太郎さん

2011年10月14日
中村 松太郎(なかむら・まつたろう) 1928年(昭和3年)山形市生まれ。旧制山形第二中学(現在の山形南高校)から東北薬科大学に進み、同大卒業後、22歳で明治10年創業の萬屋薬局の3代目社長に就任。70年に県内初の調剤薬局「山形調剤薬局」を春日町にオープンしたのを皮切りに店舗網を拡大、現在は10店を構える。83歳。
萬屋薬局 社長 中村 松太郎さん

商売はとにかく信用第一
   厳格な母から教わりました――

――経歴が必要なのでお生まれからお願いします。
 「昭和3年1月1日」
――お正月ですか。
 「んだね。だからみんながお祝いしてくれるの、ハハハ」
 
本業以外に多くの役職

――東北薬科大卒ということは山澤(進ヤマザワ会長)さんと同じ?
 「山澤さんは1つ下だけど寮で一緒でした」 
――いろんな役職されてましたよね、山形南高の0B会長とか。
 「南高の前身の山形二中の設立は昭和16年で、私らは1期生。だから同窓会は『元祖会』なんていいましてね」
――七日町の自転車専用道路に反対する「市民の会」の代表も。
 「中心街にあんなものつくっちゃいけません」
――鹿野(道彦農林水産大臣)さんの後援会長とかケーブルテレビの社長なんかも…。親しくさせていただくようになったの最近ですけど、以前から「ただの薬屋のオヤジじゃないな」と思ってました(苦笑)
 
商売の基本は母親から

 「母親から厳しく『商売は信用が第一』と教えられましてね。支払いはちゃんとしなさい、それが商売の基本だと」
 「あと、小さいころから親鸞聖人の格言『明日ありと思ふ心のあだ桜、夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは』なんていうのを聞かされ続けて。意味?今日できることは今日やりなさいってことだね」
 「調剤薬局を中心に店を増やせるようになったのも、結局は信用され、信頼されるようになったおかげですかね」
――3人の息子さん全員が医者っていうのも世間一般的にはスゴいですよね。
 「そうかねえ」
 
今に通じる「養生訓」

――実はボク、漢方って詳しくないんですけど。
 「今では医療技術の進歩で大半の病気は治るようになっていますが、生活習慣の乱れからいろんな慢性疾患がはびこっていますわな。それを漢方を中心に自然のリズムに沿った生活をしましょうと提唱しているわけです」 
 「江戸時代に貝原益軒が著した『養生訓(ようじょうくん)』には漢方薬や薬草の使い方、健康を維持するための心構えや飲食の方法などが事細かに記されています。現代にも通じるものがありますね」
 「大切なのは病気になってから治療するのではなく、病気にならないことです」
 
漢方でカクシャク

――その分野に通暁(つうぎょう)され、実践されているせいか、確かにカクシャクとされてますもんねえ。
 「ありがとさん(笑)」