徹底して山形に密着したフリーペーパー

セピア色の風景帖

 往時の長谷川製糸工場は、2014年に世界遺産に登録された群馬県の富岡製糸場に匹敵する偉容を誇っていた。
2022年9月23日
 高畠町竹森にはかつて、老朽化した広大な工場群が広がっていた。一見すると学校跡のようだったが、そびえ立つ煙突がそうではないことを主張していた。
2022年8月26日
 豪雪地として知られ、民家もまばらな朝日町。古くからあった小学校や分校の多くは平成の時代まで生きながらえたが、地域の衰退とともに次第に閉校の嵐が吹き荒れるようになった。和合小学校もそうした波に抗うことはできず、2008年に132年の歴史に蹄を下ろした。
2022年7月22日
 一方通行を解消すべく、山形市中心街では道路拡幅計画が目白押しである。それに伴い古い建物は静かに姿を消し、広くなった道の両脇に現れるのは駐車場やマンション、ホテル…。
2022年6月10日
 国道113号飯豊―小国間で最も名の知られた宇津トンネルは、他の多くのトンネルに先駆けて平成3年、新トンネルに付け替えられた。
2022年4月22日
 歴史的な建物の姿を後世に残そうという際、残念ながら、その来歴を踏まえて丁重な保存を心がけることは極めて少なくなっているように思う。
2022年1月14日
 今でこそコンビニやドラッグストアのおかげで出先のトイレに困ることはなくなったが、かつてはそういうわけにはいかなかった。デパートなど大きな施設には客用のトイレが設えられていたが、一般商店でトイレを利用するには店の奥の家族用を借りねばならない場合が多かった。
2021年11月12日
 山形市南栄町にあったバッティングセンター「山形こうしえん」は、昭和50年代の初めには既に存在していた。赤湯の鳥上坂付近や、今は亡きシネマ旭の屋上にもバッティングセンターがあったという話もあり、決して県内初の施設ではなかったようだが、設備の充実ぶりから最も利用されていたのではないか。
2021年10月8日
 山形市七日町の大沼デパートの脇に、昭和40年からの長きにわたり門番のごとく店を構えていた甘栗太郎。本社は新宿区四谷で、秋葉原や銀座に店があるらしいが、それがなぜか遠く離れた盛岡や山形などの地方都市に出店するという特異な会社でもあった。
2021年9月10日
 南陽市を流れる吉野川にかかる尾嶋橋は昭和5年建造の古橋である。
2021年8月13日
 西蔵王の山頂付近には今でこそ宿泊施設が皆無になったが、かつてテレビ塔付近に西蔵王ガーデンと近江屋旅館別館・ホテル西蔵王の2軒、加えてその東に位置する西蔵王スキー場の横には国民宿舎西蔵王山荘があり、それぞれがレジャー客を集めていた。
2021年7月9日
 国道13号上山バイパスがリナワールド前で分岐すると、旧道は須川を越え上山市街へと向かう。その須川に架かっているのが龍王橋である。
2021年5月28日
 山形盆地の東南部、菰石(こもいし)川が流れる横に風間山がある。山上に館跡があり、天正年間は風間豊後守の居城だったとして一帯を風間地区と呼び、地内にある箱形石棺を出土した古墳には風間古墳の名が付けられている。
2021年4月23日
 自転車の価値が今よりはるかに高かったころ、子どもにとって自転車はステータスだった。
 ブリヂストン、丸石、ミヤタ、関根など多くのメーカーが競うようにドロップハンドル、ディスクブレーキ、多段変速、フラッシャーランプなどの新機種を続々と投入し、少年雑誌にも自転車広告が溢れていた。
2021年3月12日
 かつて出羽三山に巡礼者が大勢押し寄せていたころ、庄内と内陸を結ぶ六十里越街道の寒河江川渡河地として白岩地区に架けられたのが臥龍橋であった。
2021年2月12日
 山形大内部にも学生食堂はあるのだが、その営業時間外や学食にないメニューを求める場合は周辺の食堂を利用することになる。
2021年1月8日
 2輪、4輪の免許を取得する場所は、現在は天童市高擶の山形県総合交通安全センターだが、以前は立谷川右岸の県運転免許センターだった。
2020年12月11日
 南陽市の吉野川沿いの太郎という地区に負ヶ沢という支流があり、小滝街道(県道5号山形南陽線)には負ヶ沢橋が架かっているが、並行して1.5メートルほど下に旧橋が埋もれている。
2020年11月13日
 鳥海山から海に流出した溶岩が固まったとされる三崎峠。峠に街道ができたのは今からおよそ1500年前で、この地を訪れた慈覚大師が住民と協力して開削したと伝えられている。
2020年10月9日
 かつて山形市中心街にはデパートの玩具売り場のほか、小規模ながら数多くの玩具店があった。
2020年9月11日
 江戸時代から北前船が加茂の港に寄港したため、加茂坂越えは鶴岡城下との連絡路として重要なルートであった。しかし難道であったため、今は即身仏として安置されている湯殿山行者鉄門海が新道を開削し、その後、その遺志を継いだ鉄龍海が火薬も使用して改修したと伝えられる。工事の完成は鉄門海が着手してから約60年、明治4年のことであった。
2020年8月14日
 長井市街と伊佐沢間の最上川を跨ぐ長井大橋は1931年(昭和6年)に開通した。
2020年7月10日
 「金井地区」といえば今では陣場、江俣、嶋など山形市北部が連想されるが、かつては片谷地、松原など山形市南部も金井地区と呼ばれていた。
 いずれにも同じ時期に金井村が誕生し、同じ時期に山形市に編入されたという歴史がある。
2020年6月26日
 戦後まもない1947年(昭和22年)、山形―上山間に最新式の高速電気鉄道を建設しようと地元の資産家らが「蔵王高速電鉄」を設立した。
 計画した路線は香澄町から滝山、桜田、成沢、半郷などを経て上山に至るというものだった。
2020年5月8日
 福島との県境に近い米沢市板谷に「栗子国際スキー場」がある。開業は1967年で、ピークの91年には23万人の利用客を集め、運営する板谷観光開発は勢いを駆って93年には施設内に温水プール「栗子クアドームDUO」も併設した。
2020年3月27日
 40代以上の人なら、閉店した大沼の屋上にあった遊園地を覚えているだろう。丸久や松坂屋の屋上にも遊戯施設はあったが、大沼の地下には映画館まで備わっていた。
 家族連れが過ごすには子ども向け施設は必須のもので、大沼は多くの家族に楽しい、懐かしい思い出を提供していた。
2020年2月14日
 南陽市の烏帽子山八幡宮に上るルートのひとつの石段横に、「佐藤医院」という表札がかかった廃屋があった。 
2020年1月10日
 「廃道」とは大半が長い役目を終えて放棄された道路をさすが、中には当初から廃道になることが運命づけられていた道路もあるようだ。
2019年12月13日
 朝日町宮宿から最上川を越えて旧三中分校に向かうには赤い五百川橋を渡るが、そのすぐ北側には水色の旧五百川橋が姿をとどめている。旧橋は1927年(昭和2年)の竣工とされ、すでに100年近い歴史を有していることになる。橋に使われている鋼材には大正15年の表記がある。
2019年11月8日
 庄内町に大中島という部落がある。平成17年の合併前には立川町に属し、さらにさかのぼれば昭和29年の合併時以前は立谷沢村の一部だった。
2019年10月11日