徹底して山形に密着したフリーペーパー

なでしこジャパン監督 佐々木 則夫さん

2011年8月12日
佐々木 則夫(ささき・のりお) 1958年(昭和33年)尾花沢市生まれ。小学校2年の時に埼玉県川口市に転居しサッカーを始め、帝京高3年の時に主将としてインターハイ優勝。明治大、NTT関東(大宮アルディージャの前身)でプレーを続け、90年に33歳で現役を引退後は指導者の道を歩み98年に大宮アルディージャの初代監督に就任。なでしこジャパン監督には2008年に就任、同年の北京五輪では4強入りを果たした。W杯ドイツ大会優勝で尾花沢市民栄誉賞、県スポーツ大賞、国民栄誉賞を受賞。53歳。
なでしこジャパン監督 佐々木 則夫さん

感じた県民の皆さんの応援
   だから奇跡を起こせました――


インタビューは7月29日に佐々木監督が凱旋帰郷した翌30日、JR大石田駅で行いました。

――世界一の監督が山形出身ということで県民としては誇らしいかぎりです。
 
堪能した美酒とお新香

 「年に3回ぐらいは尾花沢に帰ってますね。講演会に呼ばれたり小学生にサッカーを教えたり」
――今回は文字通り故郷に錦を飾られたわけで、夕べは遅くまで?
 「地元の仲間たちと楽しみました」
――優勝を決めた直後に電話で旧友の方に「尾花沢で美味しいお新香とお酒が飲みたい」とお答えになってましたね。
 「お酒はもちろんですが、夕べは尾花沢牛を使った芋煮をいただきました。お新香はぺちょら漬けとナス漬けが美味しかったなあ(笑)」
 
選手と目標をひとつに

――指揮官にとって大事なことって?
 「やはり選手といっしょに目標値を立て、その共有のもとでチームをつくっていくことですね」
――途中出場の丸山桂里奈選手が決勝ゴールを決めるなど選手起用もズバリでしたね。
 「特に意識はしてませんが、レギュラー以外の控え選手の扱いには注意するようにしています」
――気を配るということですか?
 「というより、しっかり見てあげるということ。控えの選手はチームが勝っていても心の中ではナーバスなところがあるので、そういうところをケアしてあげないと」
 
五輪アジア予選も必ず

――9月1日にはロンドン五輪アジア最終予選も控えています。
 「必ず勝ち取らなきゃいけない。そういう意味でプレッシャーはありますが、1戦1戦を大事に戦っていきたいです」
――この先も、ずっとなでしこの監督でいかれるわけですか?
 「それは分かりません。指導者なんてどんなきっかけでどうなるかなんて全く分からない。でもこれまで男子でやってきて、女子でもできるってことはどっちもできるんだと(笑)」
 「指導の違いですか?男子も女子も基本は同じです」
 
女子サッカーに注目を

――最後に県民に向けてメッセージを。
 「本当に応援と後押しをいただき、感謝の気持ちでいっぱいです」
 「今回の優勝をきっかけに引き続きなでしこジャパンを応援していただき、あわせて女子サッカーに目を向けていただきたいと思っています」