徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形に住みます芸人 三浦 友加さん

2011年6月24日
三浦 友加(みうら・ゆか) 1982年(昭和57年)鶴岡市生まれ。鶴岡北高卒業後、吉本興業の新人タレント養成所「東京NSC」へ。2004年からテレビ番組やライブ活動で活躍(?)。同期はオリエンタルラジオ、はんにゃ、フルーツポンチなど。吉本が全国47都道府県を対象に今年から始めた「あなたの街に住みますプロジェクト」の一環として5月から山形市に移り住み、各種イベントに参加中。29歳。
山形に住みます芸人 三浦 友加さん

東北の元気は山形から
   そのためのお役に立てれば――

――なんでまたお笑い芸人になろうと?

ハリセンボンに刺激され

 「地元の高校から進学で上京したんですが、いろいろあって引きこもりに。そのあとテレビ番組『電波少年』で引きこもりの女の子が放送作家を目指すという企画に私が出ることになって。あの番組、ご覧になってなかったスか?」
――ゴメン、見てなかったス(苦笑)。
 「で、実際に東京NSCの放送作家コースに通うようになったんですが、同期のお笑いコースにいたハリセンボンが大ブレイクするのを見て、お笑い芸人ってカッコいいなって」
 「人生一度っきり、私もやってみたいとお笑いコースに入り直して。でも授業らしい授業なんてほとんどないんですよ(笑)。それでみんな放っぽり出されて、実力のある人だけが生き残れる厳しい世界です」
――プロフィールを拝見すると結構テレビにも出てるのね。「笑っていいとも」はじめ「レッドシアター」「レッドカーペット」「あらびき団」…。
 
売れ具合「そこそこ」
 
 「卒業して7年。この間、トリオを組んだりコンビでやったりしましたが、最近はピン(1人)です。持ちネタですか? ボクシングの亀田興毅選手のモノマネとか、料理や手相占いも売りにしてます」
 「でも、知ってる人は知ってるでしょうけど、まあ売れてない方でしょうね(苦笑)。だから今回の吉本の企画で山形に戻ることにもちょっと迷いました」
――どうして?
 「だって、誰でも知ってるような売れっ子になって故郷に錦を飾るっていうのがカッコいいじゃないですかあ。それを考えると今の自分は違うかなって」
 
背中を押した大震災

 「でも大震災で東北が大きな被害を受けているのを見て、私にもできることがあるならと。これからの東北を盛り上げるのは山形の役目。山形から元気を発信する、そのお役に立てればと思います。それが大好きな山形への恩返しにもなるわけだし。そう思ったら迷いは吹っ切れました」
 「山形市には5月14日に来ました。一軒家で兄と2人暮らししてます」
 
気軽に呼んで下さい

――生活、慣れました?
 「同じ県内でも鶴岡と山形では方言も食生活も違ってビックリ。どんどん焼きとか板そばとか山形に来て初めて知りました。でも皆さん、とても親切にしてくれます」
 「これからどんどん地元の人たちに解けこんでいって山形を盛り上げていきたいです。どんな地域の小さなイベントにも顔を出しますので、気軽に声をかけて下さい」