徹底して山形に密着したフリーペーパー

ハイメカ(米沢市)

2007年5月11日
米沢発の国際企業
ハイメカ(米沢市)

 米沢市は工業出荷額で山形県最大。そんなモノづくりのまち米沢市にあって、ひときわ高い技術力を誇る地元企業がハイメカである。

タンタルコンデンサー製造装置を世界に

 ハイメカは携帯電話や、コンピュータなどのOA機器に必ず使われる「タンタルコンデンサー」を製造する装置の開発・販売が主力。タンタルコンデンサーを製造するメーカーは世界各国に存在するが、そのうち75%までがハイメカ製の製造装置を使っている。
 つまり海外企業を主力ユーザーとする国際派企業なのだ。私の知る限り山形にも国際派は数社存在するが、ハイメカはその最右翼といっていいだろう。

創業は昭和45年

 創業者の青木敏雄会長は米沢市の出身。米沢工業卒業後、東芝系のマルコン電子(現在の山形ケミコン)に勤務するうち、「もっと広い世界で仕事をしてみたい」という青雲の志を抱いて同僚とともに独立した。1970年(昭和45年)、26歳の時だったという。

スタート時から自立志向

 創業に際しては、(1)他社に依存しない自主独立の経営(2)下請けに甘んじることなく自社製品を開発する(3)ユーザーは地元や国内にとどまらず世界に求める——の3つの目標を掲げた。
 結論から言えば、現在のハイメカはこの目標をクリアして余りある。経営者としての青木氏には瞠目(どうもく)するばかりだ。8年後の78年にタンタルコンデンサーの製造装置の開発に着手、80年に同装置の開発に成功している。

ハイメカ(米沢市)

同社製が国際標準

 ハイメカ製の同装置の凄さは、機関銃のように目にも止まらぬ速さで1秒間に8個、最速で10個のタンタルコンデンサーを正確に量産していく。他社の追随を許さない性能、信頼性の高さから同社製が国際標準になっているほどだ。

IT不況のあおりも

 業績を順調に拡大してきた同社に大きな逆風が吹いたのは2003年。前年から業界全体を襲ったIT(情報技術)不況のあおりをまともに受け、設備更新を続けてきたユーザーからの注文がバッタリと途絶えた。この年の売上高は前年を60%近く下回り、最終損失も1億6000万円に。
 普通の会社、経営者ならリストラに走るだろう。実際、県内のIT関連企業でも人員削減や事業所閉鎖に踏み切ったところは少なくないし、典型的だったのは04年にNEC山形(鶴岡市)が高畠工場を台湾企業のASEグループに売却したことだった。

ハイメカ(米沢市)

リストラに走らず

 だがハイメカは違った。同社の歴史を正確にひも解いていくと過去に3回の赤字を計上しているが、この間、1度もリストラを選択していないのは特筆に価する。特に03年の赤字は同社にとって未曾有(みぞう)の額だったが、「不況期は開発期」として次代の製品開発を水面下で続けてきたのが真骨頂(しんこっちょう)といえる。

人材重視の経営哲学

 リストラを選択しない理由について、青木会長は「人材こそが企業の財産だから」と語る。一緒に創業した幹部社員が独立したり、熱心に育てた若手社員が辞めてしまうといった事態から学んだ経営哲学だという。

新製品が開花へ

 03年の逆風をはね返し、ハイメカは新たな飛躍を遂げようとしている。不況期に取り組んだ次世代の製品開発が徐々に実を結び、売上高の増加に貢献し始めたのだ。
 具体的には地球環境保護のため注目されている「リチウムイオン電池」「キャパシタ」といったエネルギー部品を製造する装置の開発・販売が第2の柱に育ちつつある。

ハイメカ(米沢市)
国内外から問い合わせ

 地球温暖化など環境問題への取り組みに消極的だった米国もここに来て方針を変更してきており、現在では米20社を含む国内外の40社から問い合わせが舞い込むという。
 さらに第3の柱としてタグ、ピッカーやテーピングマシンといった半導体製造装置も期待が持てそうで、不況をバネに事業の多角化が進んでいるのが面白い。
 私も首都圏を中心に多数の企業を見てきたつもりだが、ハイメカは山形県にとどまらず、日本を代表する気鋭の地場企業といえるだろう。

■ハイメカ株式会社
・社長 亀森俊博氏
・所在地 米沢市窪田町窪田2534-6
・創立 1972年
・資本金 1億2700万円
・売上高 36億円(2007年6月期予想)
・従業員 145人
・事業内容 タンタルコンデンサー製造装置・エネルギー部品製造装置・半導体製造装置の開発と販売