徹底して山形に密着したフリーペーパー

レーシングドライバー 黒田 吉隆さん

2011年2月11日
黒田 吉隆(くろだ・よしたか) 1987年(昭和62年)山形市生まれ。蔵王一中3年の時にレーシングカートを始め、全国カート選手権で2度優勝。日大山形高卒業後、仙台市の自動車整備専門学校に通う傍らレーシングドライバー(レーサー)の資格を取得。2006年には単身ドイツに渡り名門レースチームで海外修行を積み、07年に帰国後は全日本F3選手権を舞台に活躍。今年はF1ドライバーという夢の実現に向け欧州シリーズへの参戦を目指している。24歳。
レーシングドライバー 黒田 吉隆さん

夢のF1へ最後のチャンス
  資金集めで苦労しています——

——国内の有名なレーサーってほとんど都会出身なのね。佐藤琢磨(東京)、中嶋悟(愛知)、片山右京(神奈川)、鈴木亜久里(東京)…。
 「前後見渡しても東北はゼロに近いですね」
 
山形から最高峰目指す

——それでもF1を。
 「やっぱりこの世界の最高峰ですから」
——レースの魅力って?
 「走っている時は自分だけの世界になる。その時間と空間が好きです」
 「小さいころは少林寺拳法や柔道、アイスホッケーなんかやりましたが飽きっぽくて(笑)。でも中3でこの世界に入ってからはひと筋です」
——19歳の時に単身ドイツに渡ったとか。
 
単身渡欧、自炊で転戦

 「ダメもとで受けたオーディションに合格して。言葉ですか? 最初はチンプンカンプン(笑)。ホームシックにもかかりました。だけど好きで選んだ道だし、自炊しながら欧州各地を転戦するうち言葉にも生活にも慣れました」
——その身体(172センチ、62キロ)で時速200キロを超す車を操るわけでしょ。
 「普段のトレーニングはランニングや筋トレが中心で、普通のスポーツと同じです。あと首まわりの強化とか」
——昨年末にイタリアで開かれた国際レースで3位入賞を果たし、今月から欧州に活動の拠点を移す計画と聞いたけど。
 「それがF1への最短距離だったんですが、ここに来て予定が狂ってきちゃって…。資金集めで行き詰ってます」
 
イタリア行きに赤信号

——エ〜!! あてにしてたスポンサーに逃げられちゃったってこと?
 「そうですね。東京の企業でしたけど」
——欧州行きを来年に延ばすとかじゃダメなの?
 「実は欧州参戦を経てF1を目指すには条件があって、24歳の今年が最後のチャンスなんです」 
 「スポンサー探しにも期限があって、ギリギリ今月中に決めないと」
——そのあたりが都会と違ってツラいところなんだろうけど、仮に見つからない場合は? 
 
夢を追い続けたい

 「F1を諦めてレース自体から身を引きます。夢もなくズルズルやってても意味ないし、いつまでも続けられる世界じゃない。辞める時はキッパリ辞めます」
 「でも同学年にはアルペンスノーボードの斯波正樹クンや2学年上にはスピードスケートの加藤条治さんがいる。彼らと同じようにボクも夢を追い続けたいです」