徹底して山形に密着したフリーペーパー

竹田和裁研究所事業部長 竹田幼稚園園長 山形Vカレッジ副校長 山本 絵里子さん

2011年1月28日
山本 絵里子(やまもと・えりこ) 山本学園グループの山本恒雄理事長の長女として大阪市で生まれる。9歳から山形市に移り住み、県立山形西高校から東海大工学部建築学科へ。卒業後、東京の設計事務所を経て1989年(平成元年)に帰省。現在はグループの要職のほか、市や県の幼稚園協会理事、県職業能力開発協会理事、文部科学省の専修学校教育の振興方策等に関する調査研究協力者会議委員など多数の公職を務める。
竹田和裁研究所事業部長 竹田幼稚園園長 山形Vカレッジ副校長 山本 絵里子さん

忙しさに追われる毎日
  それでも趣味は仕事です——

——グループの概要を教えて下さい。
 
グループ設立90周年

 「和裁士養成を目指す竹田和裁研究所、竹田幼稚園と竹田西部幼稚園、普通高校の山本学園、専門学校の山形Vカレッジがあります」
 「大正8年に小姓町で誕生した竹田和裁女学校を曽祖父の鶴雄が引き継いだのが昭和9年。これがグループの始まりで、今年が設立90周年。曽祖父から祖父、父に継承されていく過程で学校も増えていったんですね」
——曽祖父の方って名士だったんですって?
 「もとは大工の棟梁でした。県の土木建築工業組合の理事長などを歴任し、明治44年に大火に見舞われた山形市の復興に尽くしたり、旧済生館本館三層楼や旧県庁の文翔館などの建築も手がけています。市議会議員もやったのかな」
——祖父の方も建築家なんですよね。
 「護国神社や六小を建築してます。市議会議長もやってますね」
 
建築・設計の家系

——お父さんも。
 「設計士です。大学を出て大阪の設計事務所に勤めている時に私が生まれました。地元に戻って祖父とともに唐松観音も設計してます」
——ご自身もでしょ。山本家に生まれたからには建築家や設計士を目指すべしとかいう家訓でもあるんですか?
 「特には(笑)。東京時代は恵比寿ガーデンプレイスの基本設計、『海と島の博覧会』では本設計をやりました。でも忙しすぎて体を壊し、帰省することになりました」
 
頼まれれば断れず

——今はそれ以上に激務なんじゃないですか?グループの役職以外にも公職がいっぱいで。
 「頼まれるとイヤと言えないというか、引き受けられない自分がイヤになるので。それに『女性の視点で』というのが苦手で、昔から男性の中に違和感なくいました」
 「幼稚園では園児と一緒にプールに入ります。1日3時間を週3回。専門学校で受け持っている授業は週6時間。睡眠時間ですか?5時間あればいい方。少ないと2〜3時間ですね」
  
理想の男性像は?

——失礼ですが、独身でいらっしゃるとか。
 「ずーっと募集してるんですけど(笑)」
——男性のタイプとか聞いていいですか?
 「『俺について来い』って人が理想ですね」
——「私について来い」じゃなくて?(笑)
 「アハハ、それ、みんなから言われます」