徹底して山形に密着したフリーペーパー

千歳建設会長 千歳 栄 氏

2007年1月26日
千歳 栄(ちとせ・さかえ) 1928年(昭和3年)山形市生まれ。46年山形工業学校卒業後、明治初期から続く家業の千歳組へ。60年専務、61年社長。91年に千歳建設に社名変更、2005年から会長。山形県中小企業団体中央会会長、東北芸術工科大学東北文化研究センター運営委員長、東北文化友の会会長、国土交通省文化観光懇談会委員などを務める。78歳。
千歳建設会長 千歳 栄 氏

山寺文化を 後世に引き継ぎたい──

――今回は「山寺」を特集させていただいたのですが、会長は山寺にご造詣が深いんですよね。

古来から続く端山信仰

 「山形地方には古来から端山(はやま)信仰という死者の霊をまつる風習がありました。端山とは里に近い身近な山で、里に住む人が亡くなると、その死体を端山のふもとに葬った。死者の霊は肉体を離れて端山にのぼり、美しい山の頂きから、残された家族を見守るという優しく素晴らしい思想です」
 「山寺は山形市周辺の端山信仰の象徴的な存在だった。現在でも大きな石や岩が姿をさらす稀有な景観は、霊気すらかもし出している。慈覚大師(円仁)はそんな山寺を目の当たりにし、東北における天台宗の中核として開山したのだと思います」

死生観で精神世界再生

――昨年は「慈覚大師円仁・追慕の情景」を出版されました。
 「山寺は国の重要文化財の指定を数々受けていますが、ハードだけでなく、ソフトも後世に語り継いでいく必要があります。観光という観点からみても、これからは精神文化を訴えていく視点が不可欠。そんな思いから上梓しました」
 「昨今のいじめ問題や自殺、親殺し・子殺しといったすさんだ世相を再生していくには、古来から引き継がれてきた精神文化を見直すしかないというのが私の持論。端山信仰の行き着くところは死者に対する思いやりなのです」
――山寺が象徴する精神世界に興味を持たれたきっかけはあるのですか?
 「30代の時に過労で倒れ、闘病生活を余儀なくされました。無聊(ぶりょう)の慰めにと明治から昭和初期にかけての経済人の自叙伝を渉猟(しょうりょう)したのですが、そこで仕事以外の軸足を持つことの必要性を痛感しました」
 「思索をめぐらすうち、侘(わ)び寂(さ)びの茶の湯の世界から、禅に、そして宗教の死生観に惹かれるようになっていきました」
――茶の湯の世界といえば、山形には伝統数奇屋建築が多いですね。

京都に次ぐ数奇屋建築

 「山寺の芭蕉記念館のほか、東原の清風荘(宝紅庵)、寒河江市のチェリーランド臨川亭などがありますが、いずれも千歳建設で手がけた施設です。伝統数奇屋建築の多さでは、たぶん京都府に次いで山形が全国で2番目ではないでしょうか」
――今日は貴重なお話をうかがいました。そう言われれば、頭部像から伺い知る慈覚大師に、そこはかとなくお顔が似ているような(笑)
 「……(苦笑)」