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市村工務店 社長 市村 清勝 氏

2010年6月25日
市村 清勝(いちむら・きよかつ) 1957年(昭和32年)山形市生まれ。山形南高から日本大学生産工学部に進み、80年同大卒業後、第一建築(東京、現在の第一ヒューテック)に就職。83年、市村工務店入社。課長、部長、常務、専務を経て2001年から現職。52歳。
市村工務店 社長 市村 清勝 氏

匠(たくみ)の技を現代に
    目指すは技術者集団——

——市村工務店って羽黒山五重塔(国宝)の保存修理や旧済生館(国重要文化財)の復元なんかに携わってるとか。

宮大工の技術を継承
  
 「創業者の曽祖父は宮大工でした。会社は今でこそ一般建築やリフォーム、土木も手がける総合建設業ですが、4代目の私になってもこのDNAは受け継がれています」
 「(敷地内の『展示資料館』に案内してくれて)このミニチュアの五重塔も法隆寺も金閣寺も、すべて本物の建材と技法を使って再現しています。徒弟制度に頼らず伝統の技法を継承していくにはミニチュアでもいいから実際に造っていくしかないと」
——そうやって育てた大工さんを抱えてる。
 「約15人います。地元の総合建設業で大工を抱えているのはうちぐらいかな。効率だけを考えれば無駄かもしれないし、宮大工の技法から派生する直接の仕事はわずかだけど、企業イメージを高める効果はあると思う」
 
「最高のものをつくろう」

——確かに、何かモノづくりにこだわってる会社っていう感じは伝わってきますね。
 「社長になって採用したキャッチコピーがスペインの著名建築家アントニオ・ガウディが最期に遺した『最高のものをつくろう』。建築物は完成直後は施工主に満足してもらって当たり前。本当の評価は10年後、20年後、30年後に決まる。だから社員には少なくとも10年後に施工主から感謝されるような仕事をしようと言っています」
 
営業も自然体で  

 「技術最優先だから採用する社員は全員が建築科。私もですが、そんな連中に営業もやらせてるもんだから営業力がうちのネック(苦笑)。でも技術にこだわって地道に自然体にやってればそれも個性かなと」
——ボクと同い年だけど、実年齢より若く見られるでしょ?
 
人材育成が重要

 「童顔なのか50過ぎだって言うと、たいがい『エーッ』って(笑)。社長になった当初は軽く見られたくないから肩ひじ張ってたけど、最近は開き直ってる。回りの人材を大切にし、彼らが育てば自分も大きくなれると思うようになった」
 「さっきの宮大工技術の継承もそうだけど、だから社員教育には特に力を入れてる」
——ボクは逆に社内では超ワンマンだったんだけど、最近はまったく同じ心境だね(苦笑)
 「お互い、そういう年齢なんだよ(笑)」