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鈴立山 若松寺 住職 氏家 榮脩 氏

2007年6月22日
氏家 榮脩(うじいえ・えいしゅう) 1938年(昭和13年)天童市生まれ。61年中央大学商学部卒業後、朝日広告社へ。71年に帰郷、天台宗本寿院住職に。2004年4月から若松寺住職。権大僧正。この間、天童市教育委員長、人権擁護委員などを歴任。69歳。
鈴立山 若松寺 住職 氏家 榮脩 氏

開山1300年 次代へのステップに――

――若松寺は来年が開山1300年なんですね。

行基、和銅元年に開山

 「元明天皇の勅命を受け、東国巡錫に赴いた行基が若松寺を開山したのは飛鳥時代の和銅元年(708年)。縁起(寺伝)によれば、行基が旅の途中で山の頂から響きわたる美しい鈴の音を聞き、山上に登ってみたところ、そこに光り輝く33観音を発見しました」
 「そこで行基は一刀三礼の手法で聖観世音菩薩を刻み御堂を建立します。開山のきっかけになった鈴の音と山の形から山号を『鈴立山』、また周辺に樹齢数千年の老松が若松の如く茂っていたことから寺号を『若松寺』と称するようになりました」  
――ありがたい御説話。でも若松寺って、山寺に比べるとちょっと地味ですよね(笑)

PRで知名度向上へ

 「確かにね(苦笑)。地元では悔し紛れに『山寺は観光地、若松寺は信仰の地』とか言ってますけど、集客に対する取り組みでは決定的に遅れていると思います。どんなに歴史があって、ソフトが優れていても、それを知ってもらわないと」
 「全国から信者や観光客は来てくれますが、山形県内や天童市内でも若松寺の存在や由来を知らない人が少なくない。3年前に若松寺住職に就任して以来、積極的にPR活動に務めています。しかも開山1300年という節目の年を迎え、今が正念場ですね」

営業力には自信  

――広告代理店の営業マンだったんですね(笑)
 「実家はこのあたりの大地主と寺院を兼ねていましたが、決まったルートに乗ることへの反発もあり、東京の大学を出た後、東京で就職しました。営業マンとしては優秀だったんじゃないかな。大卒初任給が3万円ぐらいの時に30万円以上のボーナスもらってた記憶がある(笑)」

縁結びで改めて脚光

 「若松寺って縁結びに御利益があるでしょ。実際、仙台市から来たOLに私が握手して差しあげて、いっしょに記念写真に納まってあげたの。そしたら1ヶ月後にそのOLが結婚することになって、その話が口コミとかで広まって、若い女性から、若くない女性まで来るわ来るわ(笑)。今は予約でいっぱい」
 「でも、話を聞いてみると若松寺に来て新しい出会いがあったという人はそれほど多くなくて、身近にいる人を見直すきっかけになったというケースが多い。やはり縁とか幸せとかは身近なところにあるもんです」
――またまたありがたい御説話。やっぱり住職、営業力おありですよ(笑)