徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形ジェイアール直行特急保有(株) 代表取締役社長 坪田 卓哉 氏

2010年4月9日
坪田 卓哉(つぼた・たくや) 1956年(昭和31年)大阪市生まれ。灘中学・高校を経て東大院卒後の81年、日本国有鉄道(現在のJR東日本)入社。87年から89年にかけ投資計画部に所属し整備新幹線や山形新幹線の開発立案を担当、山形ジェイアール直行特急保有のスキーム作りにも携わる。JR仙台支社企画部長、東京圏駅ビル開発取締役(出向)などを経て07年から現職。53歳。
山形ジェイアール直行特急保有(株) 代表取締役社長 坪田 卓哉 氏

設立から携わった「つばさ」
      ありがとう400系——

——山形新幹線の「初代つばさ」400系の引退が近づいています。
 
4月18日ラストラン

 「400系は山形新幹線が開業した1992年から走行、新幹線と在来線を直通運転する初のミニ新幹線として、またシルバーメタリックの斬新な車両として高い人気を集めましたが、設備の老朽化で2008年12月から新型車両E3系へのシフトを進めています」
 「今も運行している400系は1編成だけ。4月18日午前8時46分新庄発東京行きの臨時列車『つばさ18号』がラストランになります」
——400系イコール山形新幹線だったわけですけど、そのあたりの評価をうかがう前に、そもそも山形ジェイアール直行特急保有って?
 
山形新幹線の誕生秘話

 「一般には馴じみが薄いでしょうね(苦笑)。92年の『べにばな国体』開催を控え山形県民の間で新幹線待望論が沸騰しましたが、採算的にJR単独では無理があった」
 「そこでJRに加えて山形県や山形市、地元銀行などの出資を募って車両や線路をJRにリースする会社として誕生したのが山形ジェイアール直行特急保有です。この日本初のスキームができてこそ山形新幹線が実現したといっても過言ではありません」
——で、400系・山形新幹線が果たしてきた役割ですが。
 「山形と首都圏との所要時間を短縮してビジネスや観光に寄与したほか、東北芸術工科大、山形交響楽団、モンテディオ山形などを介して学術や芸術、文化やスポーツの面でも多大の貢献をしてくれました」
 
東京方先頭車両は保存へ

——でも400系は引退後はスクラップされちゃう運命なんでしょ?
 「スクラップの現場も見てきましたけど、巨大なハサミで切るんですね。一抹の感傷もありましたが、ボク、後ろはあまり振り返らない主義で(笑)。それにラストランの先頭車両は保存する予定です。連結器がついた貴重な車両ですから」
——坪田さんって絵に描いたようなエリートコースを歩まれてますけど、山形との関わりも深くなってくれましたね。
 
「山形、大好き」
 
 「山形、好きですね。仙台と比べて料亭とか舞子さんとか伝統的な文化が残っているし、民度の高さを感じます」
——誕生日がラストランと同じ4月18日なんですね(笑)
 「まだまだ引退できませんけどね(笑)」