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お彼岸あれこれ

2010年3月12日
もうすぐお彼岸。でもお墓参りをしてご先祖を供養することは分かっていても、その由来、お盆との違い、お墓参りのマナーなど、意外に知らないことが多かったりもするもの。「ぼたもち」と「おはぎ」の違いなんてご存知でしたか?
お彼岸あれこれ

「春彼岸」と「秋彼岸」

 彼岸には春彼岸と秋彼岸があり、通常「彼岸」とだけ言った場合は春彼岸を指します。秋彼岸は「後の彼岸」とも言います。
 彼岸は春分の日(秋彼岸は秋分の日)を境に前の3日と後の3日の合計7日間です。春分(秋分)の3日前の日が「彼岸の入り」、3日後の日が「彼岸の明け」。春分(秋分)の日は中間に位置するので「彼岸の中日(ちゅうにち)」とも呼ばれます。

春分(秋分)の日はどう決まる?

 春分の日は国民の祝日ですが、3月20日の年もあれば、3月21日の年もあります。正式には前の年の2月1日、春分の日の日付を記した「暦要項(れきようこう)」が官報に記載されることによって決定します。9月22日と9月23日に分かれる秋分の日も同様です。

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ルーツは浄土思想

 彼岸は平安時代に広まった浄土思想が由来とされます。浄土思想では極楽浄土は西にあると考えられており、春分(秋分)の日は昼と夜の長さが同じになって太陽は真西に沈みます。このことから西方に沈む太陽を礼拝し、極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりとされています。
 つまり浄土思想では「彼岸」とは極楽浄土のことを指し、私たちが生きている煩悩(ぼんのう)に満ちた世界のことは「此岸(しがん)」といいます。「あちら(彼方)の岸」と「こちら(此方)の岸」というわけです。

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お盆との違い

 彼岸の由来は浄土思想、すなわち彼岸は日本独自の風習ですが、同じような仏教の風習のお盆はインドが発祥です。
 お盆の正式名称は盂蘭盆会(うらぼんえ)。インド・サンスクリット語で「逆さ吊り」を意味する「ウラバンナ」を漢字で音写したもので、逆さ吊りのような苦しい目にあっている人を救う仏教行事。インドで始まり、中国を経て日本に渡来したとされています。
 渡来した時期ははっきりしていませんが、8世紀ごろには夏に先祖の霊を供養する今のスタイルの原型が出来あがったようです。

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定着したのは江戸時代

 現在のように彼岸に墓参りをするという風習が定着したのは江戸時代からと考えられています。宗教的な要素のほか、春分(秋分)の日の前後は気候的にも恵まれており、墓参りを理由に野外で遊ぶといった娯楽的な要素もあったようです。

お彼岸

お墓参りのマナー

 お墓参りは彼岸中であればいつ行ってもかまいません。用意するものはお供え物、生花、線香、ろうそく、マッチやライター、数珠、ゴミ袋、ほうき、ちりとり、手桶、ひしゃくなど。 
 手順はまずお墓のお掃除から。周囲の雑草や墓石の汚れを取り除きましょう。そのうえでお供え物や生花、火をつけた線香を供えます。手桶の水を墓石にかけ、その後しゃがんで合掌し、一礼します。
 来世や祖先に思いを馳せるお墓参り、家族みんなで出かけたいですね。

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「ぼたもち」と「おはぎ」

 彼岸の供え物として定着している「ぼたもち」と「おはぎ」。いずれもモチ米とお米を混ぜて炊き、スリコギで半つぶしにして分厚く餡(あん)で包んだ和菓子で、名称は違っても同じものです。「ぼたもち」は春に咲く牡丹の花、「おはぎ」は秋に咲く萩の花が由来で、それぞれ「牡丹餅」「御萩」がそもそもの名称だったそうです。

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夏と冬にも別名が!

 ぼたもち(おはぎ)は夏と冬にも別名があることをご存知でしたか?
 ぼたもちを作る時は炊いた米を半つぶしにするので杵(きね)で搗(つ)くおモチのような「ペッタン、ペッタン」という音が出ません。音がしないのでお隣さんからすれば、いつ搗いたか分からない。これが「搗き知らず」→「着き知らず」となり、夜は船がいつ着いたか分からないことから夏は「夜船」と呼ばれるように。
 冬も「搗き知らず」までは同じですが、そこからが違って「月知らず」に。月が見えないのは北の窓ということで「北窓」になりました。
 春は「ぼたもち」、夏は「夜船」、秋は「おはぎ」、冬は「北窓」——。風情がありますね。