徹底して山形に密着したフリーペーパー

まつしまメモリーランド社長 八木 秀一 氏

2007年11月9日
八木 秀一(やぎ・しゅういち) 1956年(昭和31年)宮城県東松島市生まれ。80年宮城教育大学卒業後、石巻市での小学校教員生活を経て84年に家業で建築石材加工を手がける松島産業入社。96年社長。2000年から墓石事業に参入。51歳。
まつしまメモリーランド社長 八木 秀一 氏

顧客第一主義で 山形市場開拓——

――9月に山形市南原に「まつしまメモリーランド山形店」を開業しましたね。

宮城から県外初出店

 「多彩な墓石を取りそろえた全天候型のショールーム『まつしまメモリーランド』は仙台市を中心に宮城県で6店を展開していますが、県外進出は初めて。山形店を足がかかりに天童や東根など周辺都市を視野に入れて多店舗化を検討していきたいと思っています」

――山形は保守的とされていて、まして冠婚葬祭の分野は県外企業の参入は難しいイメージがありますが。 

日本地図見て開眼

 「そうらしいですね(笑)私も宮城県の地図とにらめっこして次の進出先を物色していたんですけど、ある日、日本地図を広げてみてハタと気がついた。宮城の西の山形に大きなマーケットがあると。確かに山形の牙城は堅固ですが、崩せないとは思っていません」
 「宮城県でも当社は新規参入組。そのハンデを克服するためデザイナーズ墓石の販売や免震工法の導入、デリバティブ(金融派生商品)を活用しての地震倒壊時の保証などで評価を得てきました。この手法で山形の潜在需要を開拓していきたい」

家業、親孝行の想いから
 
――小学校の教員経験がおありなんですね。

 「家業を継ぐのが嫌で教員になりました。でもある時、親父の背中が子どものころ感じていたより小さくなっているのを見て、これは親孝行しなきゃって。家業を継いですぐにバブルが来て業績は飛躍的に伸びましたが、その直後にバブルが崩壊。建材用の石材市場は縮小し、考えあぐねた末に決断したのが墓石市場への参入でした」
 「当初は失敗や試行錯誤の連続。そんな時に目にしたのがオフィス用品の通信販売で急成長していたアスクルの成功事例。アスクルの母体であるプラスは老舗のコクヨの壁に阻まれていましたが、顧客と直接結びつくことで後発のハンデをはねのけた。これだと思いましたね」

墓参り文化を継承
 
――山形での挑戦、期待したいですね。

 「風穴は開きつつあると感じています。縦長の『和型』しか売れないとされた山形でも横長の『洋型』に興味を示す人が増えてきた。色彩も従来の黒やグレー一辺倒からブラウンやピンクを求める人が出てきました」
 「販売面だけでなく、『お墓参り』の風習・文化にも貢献していきたい。当事者にとってはもちろん、残された人がお参りしやすいお墓が『いいお墓』なのですから」