徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形交響楽団音楽監督 飯森 範親 氏

2009年11月13日
飯森 範親(いいもり・のりちか) 1963年(昭和38年)鎌倉市生まれ。桐朋学園大卒後、独ミュンヘンに留学しバイエルン国立歌劇場などで腕を磨く。2004年から山形交響楽団常任指揮者(07年から音楽監督)を務めるほか、東京交響楽団正指揮者、独ヴュルテンベルクフィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者を兼任するなど内外で活躍中。今年夏、日本最少の交響楽団・山響が飯森氏のもとで劇的に変貌していく様を描いた「マエストロ、それはムリですよ…」が上梓されベストセラーに。46歳。
山形交響楽団音楽監督 飯森 範親 氏

音楽家はサービス業
  聴衆あってこそ存在——

——都会派の飯森さんと山響って、なんかミスマッチのような(苦笑)

地域に根ざした山響

 「山響との関わりは1998年の定期演奏会に客演指揮者として招かれたのが最初。当時、東京での山響の評判は『?』でしたが、指揮をとってみるとクオリティの高さに驚きました」
 「後で分かってきたことですが、そのクオリティの高さっていうのは山形の自然とか、食文化とか、ストレスを感じさせない土地柄とかに起因してると思う。都会と違った恵まれた環境が具体的には『きれいな音』につながっていると」
 「実際、3日間の練習で山響は劇的に変わり、演奏会は素晴らしい出来で満足しましたが、同時に山響には強力なリーダーシップが必要だということも痛感しました」
 
お役に立てれば

——それから6年後、山響がダメもとでお願いした常任指揮者就任を快諾されるんですね。
 「ボクでお役に立てるならと思って。ただボクが引き受ける以上、山響が全国に認められるオーケストラにならないと意味はない。だから就任の条件を出しました。ボクが出すマニフェストを解決してくれるなら一緒にやりましょうと」 
 
「それはムリですよ…」

——そのマニフェストが「年間プログラムをカラー刷りの冊子にする」「山形テルサでの公演を増やす」「CDをリリースする」などですね。
 「どれもコストがかかりますが、オーケストラとして当たり前のこと。そもそも音楽家はサービス業なんです。聴衆に喜んでもらうのを忘れた音楽家に存在価値はない。だから平日が多かった定期演奏会は週末開催に変更してますし、可能な限り毎回ソリストを呼んでプログラムに協奏曲を組み入れたりもしてます」
——「マエストロ、それはムリですよ…」って本も出ましたけど、今や山響は全国で最も注目されるオーケストラです!
 「山響はまだ進化中で、21日と22日の第200回定期演奏会にぜひ足をお運び下さい」

生まれ変わっても指揮者

——映画「おくりびと」に出演したりと、飯森さんってサービス精神が旺盛なんだろうな。
 「あれねえ、納棺師の映画なんて止めろって周りからは言われたんですけどね(苦笑)」
——昔から、男の憧れの職業はプロ野球の監督と指揮者だって言われますけど、もう1度生まれ変わっても?
 「指揮者でしょうね」