徹底して山形に密着したフリーペーパー

<荒井幸博のシネマつれづれ> カムイ外伝

2009年9月25日
松山ケンイチの走りっぷり
 崔洋一監督との最初の出会いは「山形国際ドキュメンタリー映画祭1993」だった。
 映画祭の評判を聞きつけてプライベートで山形に来てくれた崔監督と酒を酌み交わす機会があり、その席で崔監督から「俺、映画撮ったばかりなんだけど上映劇場が東京・大阪しか決まってないんだよね」と聞かされた。反射的に口をついて出た言葉が「じゃあ山形でやりましょうよ」。 
 <荒井幸博のシネマつれづれ> カムイ外伝

山形と縁深い崔監督

 その映画は「月はどっちに出ている」。それまでタブー視されていた在日コリアン(崔監督もそう)の社会を屈託なく描いたこの作品は結果的には大ヒットとなり、その年の映画賞を総なめにしたが、約束通り94年2月に山形で上映した時には海外から駆けつけてくれ、上映あいさつとトークショーを快く引き受けていただいた。
 崔監督はその後、話題作を次々と発表して2004年には日本映画監督協会理事長に就任。05年には山形国際ドキュメンタリー映画祭の審査員長として12年ぶりに山形へ。そして今年、新設された日本映画監督協会賞の贈呈者として3度目の映画祭参加。再び山形の土を踏むことになる。

 <荒井幸博のシネマつれづれ> カムイ外伝

松田優作ありせば

 公開中の「カムイ外伝」は崔監督渾身の一作。白土三平の代表作「カムイ伝」のスピンオフ作「カムイ外伝」を原作とした血湧き肉躍る作品で、カムイ役の松山ケンイチの走りの素晴らしさが出色だ。
 素晴らしい走りで思い出すのが故・松田優作。村山市出身の村川透監督がメガホンをとった「最も危険な遊戯」「殺人遊戯」でチーフ助監督を務めたのが崔監督。同じ年の優作とは焼酎のCMでも長年タッグを組んだ。
 優作ありせば9月21日で還暦。11月6日は21回忌。彼がこの作品を観たら「俺がやりたかった」と嫉妬しただろう。


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荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマ・パーソナリティーとして数多くの地元メディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。