徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

渡部 泰山(わたなべ・たいざん)1950年(昭和25年)生まれ、新庄市出身。新庄北高から立正大に進み、卒業後、山形県立高校の社会科の教員に。新庄北高教頭、新庄南校長などを経て2007年、県教育庁教育次長兼世界遺産推進監に就任。08年4月から現職。この間、柳田國男、宮沢賢治を読む会に参画し、自らも多くの研究論文・著作を発表。また地元新庄で劇団「東北幻野」を旗揚げし、主宰者、座付き作家、演出家として活躍中。58歳。
2008年7月11日
山口 隆子(やまぐち・たかこ)1944年(昭和19年)天童市生まれ。山形西高から東京YMCA国際ホテル専門学校に進み、卒業後、家業の「滝の湯」へ。専務を経て2007年から副社長。天童温泉の女将で構成する「お駒会」、山形県の女将で組織する「やまがた女将会」の初代会長を務めた。2男2女の母。
2008年6月13日
舩山 龍二(ふなやま・りゅうじ)1940年(昭和15年)山形市生まれ。山形東高から東京教育大学(現筑波大学)理学部に進み、卒業後、日本交通公社(現JTB)入社。国内旅行部長、取締役九州営業本部長、常務人事部長などを経て96年に社長就任。2002年から取締役会長。日本ワーキング・ホリデー協会会長、国土交通省の交通政策審議会委員など多数の公職を務めるかたわら、08年5月に山形観光アカデミー学長就任。67歳。
2008年5月23日
粟野 学(あわの・まなぶ) 1956年(昭和31年)山形市生まれ。山形東高から仙台二高に編入後、東北大法学部卒。79年に旧山形相互銀行(旧山形しあわせ銀行)入行、取締役総合企画部長、専務を経て、2007年に旧山形しあわせ銀行が旧殖産銀行と合併して誕生したきらやか銀行の専務。4月1日から現職。52歳。
2008年5月9日
ラクシミー シャンカル マナンダー 1963年、ネパールの首都カトマンズ生まれ。18歳で来日、東京・六本木のショットバー「チャールストン」で15年働いた後、山形市に移り住んで相生町にネパール料理店「スワセンブー」を開業。同店を閉めて4年前に七日町で「ネワブトゥ」をオープン。44歳。
2008年4月11日
日原もとこ(ひはら・もとこ)広島市生まれ。女子美術大学卒業後、61年に通産省(現在の経済産業省)へ。工業技術院産業工芸試験所技官、製品科学研究所主任研究官を経て92年に東北芸工大教授に就任。専門は環境色彩学。2005年から現職。このほか風土・色彩文化研究所を主宰、県建築サポートセンター社長、県景観審議会委員なども務める。
2008年3月28日
佐藤三朗(さとう・さぶろう)1947年(昭和22年)生まれ。65年に山形信用金庫へ。業務部長兼総合企画室長などを経て2001年常務理事、03年専務理事、04年から現職。61歳。座右の銘は「不易流行の精神」「一期一会」。
2008年3月14日
安達 三千代(あだち・みちよ)1959年(昭和34年)、徳島市生まれ。同志社大学文学部卒業後、京都市でのOL生活を経て、85年に結婚のため山形県山辺町へ。93年から特定非営利活動法人(NPO法人)・国際ボランティアセンター山形(IVY)の活動に携わり、99年4月から現職。48歳。
2008年2月22日
片桐 久吉(かたぎり・きゅうきち)1926年(大正15年)山形市生まれ。地元の中学を卒業後、旋盤技術を習得するため15歳で単身上京、軍需工場で働く。終戦の年に帰省、47年(昭和22年)片桐製作所を創業。ミシン部品製造を経て現在は自動車部品、精密研削砥石などを生産する年商41億円の優良企業に育て上げた。黄綬褒章受章、山形県産業賞受賞。83歳。
2008年2月8日
新関 さとみ(にいぜき・さとみ) 1963年(昭和38年)横浜市生まれ。父親のUターンで幼稚園から天童市に移り住み、小・中・高を山形で過ごす。清泉女子大に進学のため上京、同大卒業後、東京での3年間のOL生活を経て帰郷し、95年に山二醤油醸造所に嫁ぐ。2003年に義母らと「さとみの漬物講座企業組合」を結成し、理事長に。44歳。
2008年1月25日
町田 睿(まちだ・さとる) 1938年(昭和13年)秋田生まれ。62年、東大法卒後、富士銀行(現在のみずほ銀行)へ。人事部副部長、市場開発部長、総合企画部長、常務を経て94年に荘内銀行副頭取。95年から現職。69歳。
2008年1月11日
仲條 啓三(なかじょう・けいぞう) 1938年(昭和13年)、酒田市生まれ。地元の中学を卒業後、集団就職で上京し、上野のクリーニング店へ。1年後に帰郷、地元の染み抜き屋、クリーニング店での修行を経て、23歳の時に独立。その後「うさちゃんクリーニング」の店舗網を東北、関東に拡大、現在は店舗数525店、売上高63億円(全国3位)を誇る。69歳。
2007年12月28日
飯野 昇悦(いいの・しょうえつ) 1943年(昭和18年)山形市生まれ。62年山形商業高校卒業後、66年宮崎合名社に入社、40年近く映画事業に携わる。04年に専務を最後に同社を定年退職、ムービーオン設立に参加。07年、山形県興行生活衛生同業組合理事長として業界の振興に貢献したことに対し厚生労働大臣表彰を受賞。64歳。
2007年12月14日
藤江 泰郎(ふじえ・やすろう) 1956年(昭和31年)東京都北区生まれ。79年、慶応大経済学部卒業後、日本銀行入行。調査統計局経済統計課長、神戸支店次長、預金保険機構、名古屋支店発券課長などを経て2006年から現職。51歳。
2007年11月23日
八木 秀一(やぎ・しゅういち) 1956年(昭和31年)宮城県東松島市生まれ。80年宮城教育大学卒業後、石巻市での小学校教員生活を経て84年に家業で建築石材加工を手がける松島産業入社。96年社長。2000年から墓石事業に参入。51歳。
2007年11月9日
横田 隆義(よこた・たかよし) 1946年(昭和21年)、神奈川県川崎市生まれ。68年、日本大学芸術学部写真学科卒業後、横浜市の内装会社に就職。75年、山形市における不動産投資を手がける東邦エンタープライズ社長に就任、七日町など中心街で数多くの自社ビル「YTビル」を保有する。60歳。
2007年10月26日
水野 忠俊(みずの・ただとし) 1937年(昭和12年)、東京都渋谷区生まれ。第2次大戦中の44~45年にかけ山形市に疎開。62年慶応大学工学部卒後、小松製作所に入社、建設機械の設計等に携わる。98年に退職、現在は社団法人霞会館委員などを務める。70歳。
2007年10月12日
松岡 由美子(まつおか・ゆみこ) 1946年(昭和21年)東京都新宿区生まれ。69年に蔵元「六歌仙」現社長、松岡茂暎氏と結婚、村山市へ。地域ボランティア活動などを経て、2002年から現職。60歳。
2007年9月28日
武藤 幸規(むとう・ゆきのり) 1944年(昭和19年)、東京都大田区生まれ。67年慶応大商学部卒業後、75年に太平興業(東京・千代田)入社。84年に太平興業社長、88年から第一貨物(山形市)社長を兼務。2006年5月大沼(山形市)取締役、07年6月山形三菱自動車販売(山形市)会長に就任。63歳。
2007年9月14日
児玉 賢一(こだま・けんいち) 1966年(昭和41年)、東京都八王子市生まれ。92年に東京大学大学院工学系研究科修士課程後、JR東日本入社。2001年に大沼の大沼八右衛門社長(現在は特別顧問)の長女、千賀子さんと結婚、翌02年JR東日本を退社して大沼入社。03年取締役、04年取締役本店長を経て05年から現職。40歳。
2007年8月24日
仙道 富士郎(せんどう・ふじろう) 1938年(昭和13年)新潟県魚沼市生まれ。65年、北海道大学医学部卒業後、NIH(米国立衛生研究所)での研究、北大医学部付属癌研究施設助手などを経て75年に山大医学部助教授に就任。82年同学部教授、2000年同学部長を経て01年から現職。07年8月末退職予定。69歳。
2007年8月10日
島貫 新平(しまぬき・しんぺい) 1937年(昭和12年)、米沢市生まれ。米沢興譲館高校、山形大学教育学部卒業後、東京の聖書神学舎で学び牧師に。県内でのキリスト教布教活動のかたわら、75年から山形市議会議員を3期12年務めた。2007年6月から現職。69歳。
2007年7月27日
宍戸 紀之(ししど・のりゆき) 1974年(昭和49年)、長井市生まれ。3歳から山形市に移り住み、山形中央高校卒業後、公務員に。22回を数える寒河江市主催の「全国さくらんぼの種吹きとばし大会」には12回大会から参加、4年前の18回大会で20・76メートルの大会記録を樹立。今年6月17日に行われた22回大会では19.69メートルで優勝。33歳。
2007年7月13日
氏家 榮脩(うじいえ・えいしゅう) 1938年(昭和13年)天童市生まれ。61年中央大学商学部卒業後、朝日広告社へ。71年に帰郷、天台宗本寿院住職に。2004年4月から若松寺住職。権大僧正。この間、天童市教育委員長、人権擁護委員などを歴任。69歳。
2007年6月22日
河合 克行(かわい・かつゆき) 1948年(昭和23年)山形市生まれ。73年に日本大学卒業後、翌74年に帰郷して米穀卸会社に就職。同年、民俗文化サークル「四方山会」を結成。95年に米穀卸会社から独立、同業の「アスク」を設立して社長に。現在、シベール社外取締役、山形大学非常勤講師なども務める。58歳。
2007年6月8日
佐々木 俊倫(ささき・としみち) 1955年(昭和30年)、宮城県小牛田町(現在の美里町)生まれ。73年、石巻高校卒業後、日本国有鉄道へ。国鉄勤務のかたわら中央鉄道学園大学で学び、79年に同大卒業。JR東日本東北地域本社の人事部、総務部などの勤務を経て98年にJR仙台駅副駅長、2001年にJR新庄駅駅長に就任。06年6月から現職。51歳。
2007年5月25日
工藤 眞一(くどう・しんいち) 1956年(昭和31年)、山形市生まれ。山形南高を卒業後、首都圏の専門学校へ。フリーの助監督として東宝、松竹などの映画製作に携わるが、87年に山形市に帰郷。コンビニエンスストアのオーナーなどを経て、99年に七日町ほっとなる広場で「CoCo夢や」を開業。2003年に城西町の生協しろにし店へ移転、06年から七日町のナナ・ビーンズ店を展開中。自他ともに認める「どんどん焼き」の第一人者。50歳。
2007年5月11日
桃園 忠(ももぞの・ただし) 1947年(昭和22年)、天童市生まれ。65年、天童商業高校卒業後、中古車の整備販売会社を興(おこ)す。その後、米国系の大手通信販売会社勤務などを経て87年、東京・江戸川区に本社を置くロイヤル化粧品を設立、代表に。 2002年、本社を東京・港区に移転、06年に東根市に工場進出を決め、07年1月から稼動を始めている。59歳。
2007年4月27日
工藤 順一(くどう・じゅんいち) 1945年(昭和20年)、山形県寒河江市生まれ。さがえ西村山農協の職員として78年から観光農業事業を担当、サクランボのオーナー制度や雪中イチゴ狩り、バラ風呂など四季おりおりのユニークな体験型観光を次々に企画した。 2003年2月、内閣府が選定した「観光カリスマ100選」の第1陣11人のうち関東以北でただ1人選ばれた。同年3月に農協を退職後、「積み上げたノウハウを全国の地域おこしにいかしてもらいたい」と独立した。62歳。
2007年4月13日
池野 広(いけの・ひろし) 1967年(昭和42年)、山形市生まれ。日本大学山形高校卒業後、運送会社、司法書士事務所などを経て97年に個人会社のトップ不動産開発設立。99年有限会社、2006年株式会社に改組。昨年の不動産売買仲介物件取扱高は約30億円と山形県最大。40歳。
2007年3月23日