徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

宍戸 紀之(ししど・のりゆき) 1974年(昭和49年)、長井市生まれ。3歳から山形市に移り住み、山形中央高校卒業後、公務員に。22回を数える寒河江市主催の「全国さくらんぼの種吹きとばし大会」には12回大会から参加、4年前の18回大会で20・76メートルの大会記録を樹立。今年6月17日に行われた22回大会では19.69メートルで優勝。33歳。
2007年7月13日
氏家 榮脩(うじいえ・えいしゅう) 1938年(昭和13年)天童市生まれ。61年中央大学商学部卒業後、朝日広告社へ。71年に帰郷、天台宗本寿院住職に。2004年4月から若松寺住職。権大僧正。この間、天童市教育委員長、人権擁護委員などを歴任。69歳。
2007年6月22日
河合 克行(かわい・かつゆき) 1948年(昭和23年)山形市生まれ。73年に日本大学卒業後、翌74年に帰郷して米穀卸会社に就職。同年、民俗文化サークル「四方山会」を結成。95年に米穀卸会社から独立、同業の「アスク」を設立して社長に。現在、シベール社外取締役、山形大学非常勤講師なども務める。58歳。
2007年6月8日
佐々木 俊倫(ささき・としみち) 1955年(昭和30年)、宮城県小牛田町(現在の美里町)生まれ。73年、石巻高校卒業後、日本国有鉄道へ。国鉄勤務のかたわら中央鉄道学園大学で学び、79年に同大卒業。JR東日本東北地域本社の人事部、総務部などの勤務を経て98年にJR仙台駅副駅長、2001年にJR新庄駅駅長に就任。06年6月から現職。51歳。
2007年5月25日
工藤 眞一(くどう・しんいち) 1956年(昭和31年)、山形市生まれ。山形南高を卒業後、首都圏の専門学校へ。フリーの助監督として東宝、松竹などの映画製作に携わるが、87年に山形市に帰郷。コンビニエンスストアのオーナーなどを経て、99年に七日町ほっとなる広場で「CoCo夢や」を開業。2003年に城西町の生協しろにし店へ移転、06年から七日町のナナ・ビーンズ店を展開中。自他ともに認める「どんどん焼き」の第一人者。50歳。
2007年5月11日
桃園 忠(ももぞの・ただし) 1947年(昭和22年)、天童市生まれ。65年、天童商業高校卒業後、中古車の整備販売会社を興(おこ)す。その後、米国系の大手通信販売会社勤務などを経て87年、東京・江戸川区に本社を置くロイヤル化粧品を設立、代表に。 2002年、本社を東京・港区に移転、06年に東根市に工場進出を決め、07年1月から稼動を始めている。59歳。
2007年4月27日
工藤 順一(くどう・じゅんいち) 1945年(昭和20年)、山形県寒河江市生まれ。さがえ西村山農協の職員として78年から観光農業事業を担当、サクランボのオーナー制度や雪中イチゴ狩り、バラ風呂など四季おりおりのユニークな体験型観光を次々に企画した。 2003年2月、内閣府が選定した「観光カリスマ100選」の第1陣11人のうち関東以北でただ1人選ばれた。同年3月に農協を退職後、「積み上げたノウハウを全国の地域おこしにいかしてもらいたい」と独立した。62歳。
2007年4月13日
池野 広(いけの・ひろし) 1967年(昭和42年)、山形市生まれ。日本大学山形高校卒業後、運送会社、司法書士事務所などを経て97年に個人会社のトップ不動産開発設立。99年有限会社、2006年株式会社に改組。昨年の不動産売買仲介物件取扱高は約30億円と山形県最大。40歳。
2007年3月23日
石川 堯(いしかわ・たかし) 1929年(昭和4年)東根市生まれ。47年、村山農業高校卒業後、県農林部林務課へ。50年、県庁を退職して石川瓦工業を設立し、社長に。68年石川技建工業、70年アイジー工業設立。金属系外壁材を主力に1代で100億円企業に育て上げた。この間、新技術を相次ぎ開発、「東北の特許王」の異名をとるほか、科学技術長官賞、内閣総理大臣感謝状など多数の受賞に輝いた。2002年、黒字決算を続けながら住友商事グループに51%の株式を譲渡、同グループ入りして自らは会長に退く。
2007年3月9日
鈴木 俊幸(すずき・としゆき) 1933年(昭和8年)、中国遼寧省大連市生まれ。57年東京水産大学卒業後、日東食品製造(現在の日東ベスト)入社。東根工場長、研究部長、常務などを経て87年に社長就任。94年から会長。日東ベストは96年にジャスダック上場。山形県缶詰工業協同組合理事長、山形労働基準協会会長、山形県環境保全協会会長、山形県商工会連合会会長などを務める。73歳。
2007年2月23日
大島 扶美(おおしま・ふみ) 1943年群馬県高崎市生まれ。新潟大学医学部卒業後、山形大学医学部、障害者施設「ゆきわり整肢学園」(現在の県立総合療育訓練センター)勤務などを経て82年に山形市で大島医院を開業。89年に医療法人社団悠愛会、97年に社会福祉法人悠愛会を設立して理事長に就任。医院併設型の介護老人保健施設「さくらパレス」(山形市)、「メルヘン」(山辺町)、「あこがれ」(天童市)などをグループ展開。NPO法人山形県トレーナー協会会長、NPO法人ライフサポート協会会長など多数の公職も務める。
2007年2月9日
千歳 栄(ちとせ・さかえ) 1928年(昭和3年)山形市生まれ。46年山形工業学校卒業後、明治初期から続く家業の千歳組へ。60年専務、61年社長。91年に千歳建設に社名変更、2005年から会長。山形県中小企業団体中央会会長、東北芸術工科大学東北文化研究センター運営委員長、東北文化友の会会長、国土交通省文化観光懇談会委員などを務める。78歳。
2007年1月26日
後藤 靖子(ごとう・やすこ) 1958年(昭和33年)、愛知県安城市生まれ。 80年東京大学法学部卒業後、運輸省(現在の国土交通省)に初の女性キャリアとして入省。運輸政策局観光部企画課企画調査室長、総合政策局交通消費者行政課長、国際観光振興機構ニューヨーク観光宣伝事務所長などを経て2005年10月に山形県副知事就任。48歳。
2007年1月12日
桑山 紀彦(くわやま・のりひこ) 1963年(昭和38年)、飛騨高山市生まれ。81年、岐阜県立斐太高校卒業後、山形大学医学部へ。在学中、自転車による日本一周を決行。山大医学部付属病院に勤務していた89年からタイとカンボジアの国境地帯で難民に対する救援活動に携わる。96年から音楽と映像による国際理解講座「地球のステージ」を組織する一方、医療法人二本松会上山病院の精神科医として勤務。43歳。
2006年12月22日
岡崎 彌平治(おかざき・やへいじ) 1929年(昭和4年)、山形市生まれ。44年海軍飛行予科練習生(予科練)として鳥取県美保航空隊入隊。47年早稲田大学政治経済学科入学後、家業を継ぐため49年に山形市に帰省。 54年から96年まで社長。この間、蔵王温泉旅館組合長、山形法人会常務理事、近畿日本ツーリスト東北支部連合会会長などを歴任。77歳。
2006年12月8日
鈴木 隆一(すずき・りゅういち) 1954年(昭和29年)、山形市生まれ。 78年成蹊大学経済学部卒業後、79年でん六入社。86年業務部長、88年常務取締役社長室長、96年代表取締役専務などを経て、2002年6月に社長就任。山形市蔵王倫理法人会会長。52歳。
※名前の「隆」の字は、「生」の上に「一」が入る。
2006年11月24日
熊谷 眞一(くまがい・しんいち) 1941年(昭和16年)、山形県大江町生まれ。60年山形商業高校卒業後、仙台市、新潟県三条市、東京での菓子職人の修行を経て、父親が営む和菓子店「松月堂」へ。66年に山形市に洋菓子店「シベール」を創業。65歳。
シベールは2005年7月にジャスダック市場に上場。06年8月期の売上高は40億5400万円。
2006年11月10日
市川 昭男(いちかわ・あきお) 1941年(昭和16年)、仙台市生まれ。67年新潟大学卒業後、山形市役所へ。企画課長、総務部長、市水道事業管理者などを経て2000年に助役就任。03年、吉村和夫前市長の急逝に伴う市長選を制して9月29日に山形市長就任。 05年4月から山形県市長会長。65歳。
2006年10月27日
海保 宣生(かいほ・のぶお) 1941年(昭和16年)、東京都生まれ。64年立教大学経済学部経済学科卒業後、住友金属工業入社。建設エンジニアリング事業本部副本部長などを務めた後、96年から2000年まで鹿島アントラーズFC常務。 01年バスケット女子日本リーグ機構専務理事、03年同顧問を経て5月から現職。64歳。
2006年10月13日
齋藤 弘(さいとう・ひろし) 1957年(昭和32年)、山形市生まれ。81年東京外国語大学卒業後、日本銀行入行。預金保険機構金融再生部次長、人事局企画役などを務めた後、2003年に同行を退職して山形銀行に入行し、総合企画部副部長、監査部副部長を歴任。 05年から山形県知事に就任する。48歳。
2006年9月22日
山澤 進(やまざわ・すすむ) 1930年(昭和5年)、山形市生まれ。49年東北薬学専門学校(現東北薬科大学)卒業後、52年に山澤薬品開業。 62年ヤマザワ設立、代表取締役社長に就任。2003年2月から山形商工会議所会頭。76歳。
2006年9月8日
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