徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

吉村 哲郎(よしむら・てつろう) 1957年(昭和32年)東京都生まれ。81年に早大政経学部卒業後、日本経済新聞社へ。一貫して経済畑を歩み、記者、キャップ、デスクを経て2003年3月から06年2月まで日経山形支局長。同年6月、東京本社マーケティング本部部長を最後に日経を退社、8月に山形コミュニティ新聞社を設立。52歳。
2010年11月12日
岡田 卓也(おかだ・たくや) 1925年(大正14年)三重県四日市市の老舗呉服商「岡田屋」の7代目として生まれる。43年、旧制富田中学(現在の三重県立四日市高校)を卒業して早稲田大学へ。在学中に召集されるも国内で終戦を迎え、郷里に戻り家業を再興。その後、多くの小売会社を合併してジャスコを創立、現在のイオングループの基礎をつくる。信条は岡田屋の家訓「大黒柱に車をつけよ」(環境の変化に対応して企業を変革せよの意)。経営の一線を退いて10年になるが、今なお存在感は大きい。長男の元也氏はイオン社長、次男の克也氏は民主党幹事長。85歳。
2010年10月8日
清水 健太(しみず・けんた) 1981年(昭和56年)千葉県松戸市生まれ。松戸市立松戸高校卒業後の2000年、柏レイソル入団。05年4月、柏レイソルからモンテディオ山形に期限付き移籍、07年から完全移籍。06年シーズン第6節からスタメン出場、現在までモンテの守護神として活躍している。愛称はシミケン。29歳。
2010年9月24日
水戸部 耕康(みとべ・たかやす) 1946年(昭和21年)寒河江市生まれ。寒河江高校農業科を卒業後、鋼材卸会社を経て日産サニー山形販売(現在の日産プリンス山形)へ。94年、山形営業所長を最後に同社を退職、中古車販売会社「オート倶楽部山形」を設立して社長に。7月に東北初の100円レンタカーサービスを開始して話題に。64歳。
2010年9月10日
鈴木 髙明(すずき・たかあき) 1946年(昭和21年)西村山郡朝日町生まれ。山形南高から明治大学政経学部に進み、卒業後の68年、殖産相互銀行(後の殖産銀、現在のきらやか銀)へ。同行における当時の最年少支店長(左沢支店)などを経て92年に経営企画室長。97年、米沢支店長を最後に同行を退職、精英堂印刷社長に。日本酒のラベル印刷に特化していた同社の組織・事業改革に取り組み、最新技術「水なし印刷」の導入などで全国区の高収益企業に育て上げる。64歳。
2010年8月27日
伊賀 大(いが・まさる) 1976年(昭和51年)酒田市生まれ。羽黒高校卒業後、地元の自動車整備会社に就職。25歳で独立してトラック運送業を興すが2年後の2002年に多額の借金を抱えて倒産、「自暴自棄の生活」に。翌03年、テレビ番組「マネーの虎」でおなじみの堀之内九一郎氏の門を叩き、同氏が全国展開するリサイクル店「創庫生活館」のFC店を酒田市にオープン、事業を軌道に乗せて2年で借金を完済。06年山形市江俣に2号店、9月3日に東青田に3号店を開設予定。山形市在住、34歳。
2010年8月13日
大沼 寧(おおぬま・やすし) 1965年(昭和40年)横浜市生まれ。神奈川県立湘南高校から山形大学医学部へ。同大卒業後、横浜市立大学付属病院、鶴見総合病院、横浜市立港湾病院などを経て2001年から独・ベルリンに留学、人工関節手術などを研修。03年に帰国、湘南鎌倉総合病院の整形外科医長に就任。04年から現職。日本体育協会公認スポーツドクター、モンテディオ山形チーフドクターも務める。44歳。
2010年7月23日
加地 亜澄 (かち・あすみ)1988年(昭和63年)高畠町生まれ。米沢興譲館高を卒業して山形大学地域教育文化学部4年に在学中。6月、第31回山形花火大会のPR大使となる「ミス花火」に応募者26人の中から山西香澄さん(19)とともに選ばれた。21歳。
2010年7月9日
市村 清勝(いちむら・きよかつ) 1957年(昭和32年)山形市生まれ。山形南高から日本大学生産工学部に進み、80年同大卒業後、第一建築(東京、現在の第一ヒューテック)に就職。83年、市村工務店入社。課長、部長、常務、専務を経て2001年から現職。52歳。
2010年6月25日
加藤 洋三(かとう・ようぞう) 1964年(昭和39年)上山市生まれ。山形南高から岩手大学農学部に進み、86年に同大卒業後、家業(加登屋、現在のカトーコーポレーション)の取引先だった清和肥料工業(大阪市)に就職。89年加登屋入社。96年「農家の店トマト高畠店」店長、2006年専務を経て今年4月から現職。46歳。
2010年6月11日
奥山 徹也(おくやま・てつや) 1946年(昭和21年)旧満州生まれ。終戦で引き揚げ後、北海道、福島、千葉などに移り住み、千葉東高から山形大文理学部(現在の人文学部)へ。同大卒業後、数社を経て76年に山形市の酒類卸会社に就職、取締役まで務めた後、92年に高畠ワインから営業部長としてスカウトされる。99年常務、2004年専務を経て05年から現職。63歳。
2010年5月28日
後藤 頴昭(ごとう・ひであき) 1934年(昭和9年)山形市生まれ。山形市立第三中学校卒業後、父親の誉之助氏が営む後藤自転車店へ。後藤自転車店は自動二輪の取り扱いも始め、60年に後藤モータースに改組、62年にはヤナセとベンツ、フォルクスワーゲンの特約販売契約を結ぶ。誉之助氏の死去後、84年に社長就任。91年に後藤モータースを山形ヤナセに社名変更、2004年から会長。76歳。
2010年5月14日
田代 有三(たしろ・ゆうぞう) 1982年(昭和57年)福岡市生まれ。福岡大学時代から大学ナンバーワンFWと評価され、大分トリニータ、サガン鳥栖に特別指定選手として登録。2005年に鹿島アントラーズに加入、身長を生かした頼れるストライカーとして08年まで「田代が決めればチームは負けない」という不敗神話を打ち立てる。同年に日本代表に選ばれるも昨季は若手の台頭もあって出場機会に恵まれず、今季から山形に期限付き移籍。山形市で奥さんと2歳の娘さんとの3人暮らし。27歳。
2010年4月23日
坪田 卓哉(つぼた・たくや) 1956年(昭和31年)大阪市生まれ。灘中学・高校を経て東大院卒後の81年、日本国有鉄道(現在のJR東日本)入社。87年から89年にかけ投資計画部に所属し整備新幹線や山形新幹線の開発立案を担当、山形ジェイアール直行特急保有のスキーム作りにも携わる。JR仙台支社企画部長、東京圏駅ビル開発取締役(出向)などを経て07年から現職。53歳。
2010年4月9日
大泉 逸郎(おおいずみ・いつろう) 1942年(昭和17年)河北町生まれ。家業のサクランボ栽培のかたわらアマチュア民謡歌手として頭角を現し、77年には東北・北海道民謡大賞を受賞したのをきっかけに本格的に歌手活動を始める。94年に初孫が誕生し、あまりの可愛さに生後3日目に友人で西川町在住の荒木良治氏に作詞を依頼し、自ら作曲した「孫」を自主制作。「孫」は99年にメジャー発売され大ヒット、その年の紅白歌合戦出場も果たす。67歳。
2010年3月26日
小川 大輔(おがわ・だいすけ) 1973年(昭和48年)山形市生まれ。山形商業を卒業後、仙台市の自動車販売会社を経て95年、家業で中古車販売では東北最大の規模を持つカーサービス山形に入社。仕入れの現場で10年間の修業を積んだ後、父親で創業社長だった文男氏の急逝に伴い2004年に社長就任。36歳。
2010年3月12日
酒井 政輔(さかい・まさすけ) 1942年(昭和17年)山形市生まれ。山形南高から明治大学経営学部に進み、卒業後に帰郷して30年創業の実家「酒井製麺所」へ。2002年に4代目社長に就任。山形県製麺協同組合副理事長も務める。68歳。
2010年2月26日
野村 浩志(のむら・ひろし) 1968年(昭和43年)埼玉県越谷市生まれ。91年に駒澤大文学部を卒業後、㈱読売旅行に入社。大宮営業所、新潟営業所を経て2001年に次長として山形営業所に着任、年商を飛躍的に伸ばした功績で04年、全国の営業所の中で最年少の35歳で所長に昇進。08年に仙台支社の東北・北海道合同企画グループ係長に就任した直後、開業以来20年間赤字が続く山形鉄道が公募した社長職に応募、89人の中から選ばれ09年4月1日から現職。10月には自身の半生をつづった著書「私、フラワー長井線『公募社長』野村浩志と申します」を出版した。41歳。
2010年2月12日
村川 千秋(むらかわ・ちあき) 1933年(昭和8年)村山市生まれ。山形南高から東京芸術大学音楽学部器楽科に進み、卒業後に同大学音楽学部作曲科に入学、作曲を池内友次郎氏に師事。卒業後の63年に渡米、指揮者としての研鑽を積んで66年帰国、東京交響楽団の客員指揮者としてデビュー。以後、東響のほか札幌交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団などを指揮する。71年に帰郷、翌72年に東北初のプロオーケストラ・山形交響楽団を設立し正指揮者に就任。01年から現職。77歳。
2010年1月22日
佐々木 みき(ささき・みき) 1976年(昭和51年)北海道室蘭市生まれ。中学1年からバレーボールを始め、登別大谷高校では春高バレー、インターハイに出場、93年世界ユース選手権準優勝、94年アジアジュニア選手権準優勝を経験。95年にダイエーに入部、その後オレンジアタッカーズ、東洋紡を経て2001年にパイオニアに移籍。03年第10回Vリーグでの初優勝に貢献し、最高殊勲選手賞・最多得点・ベスト6に輝く。04年にはアテネ五輪出場も果たした。今季から主将。33歳。
2010年1月8日
宮沢 克行(みやざわ・かつゆき) 1976年(昭和51年)に千葉県習志野市生まれ。武南高校(埼玉県蕨市)から明治大学農学部に進み、卒業後の99年、浦和レッドダイヤモンズに入団。2002年アルビレックス新潟に移籍、04年モンテディオ山形にレンタル移籍。05年にアルビレックスに復帰するが、06年シーズン途中でモンテに完全移籍。ポジションはミッドフィールダー、背番号7。07年から3季連続で主将を務める名実ともに大黒柱。山形市で奥さんと2人のお子さんとの4人暮らし。33歳。
2009年12月11日
與田 博利(よだ・ひろとし) 1932年(昭和7年)福岡県柳川市生まれ。苦学して中央大学経済学部を卒業した57年、ビル清掃のアルバイトで得たノウハウをいかそうと中山町出身の同級生と2人で山形ビルサービス(YBS)を創業。苦労を重ねながら業容拡大と事業多角化を進め、現在はパートを含めた従業員2000人のYBS企業グループを率いる。77歳。
2009年11月27日
飯森 範親(いいもり・のりちか) 1963年(昭和38年)鎌倉市生まれ。桐朋学園大卒後、独ミュンヘンに留学しバイエルン国立歌劇場などで腕を磨く。2004年から山形交響楽団常任指揮者(07年から音楽監督)を務めるほか、東京交響楽団正指揮者、独ヴュルテンベルクフィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者を兼任するなど内外で活躍中。今年夏、日本最少の交響楽団・山響が飯森氏のもとで劇的に変貌していく様を描いた「マエストロ、それはムリですよ…」が上梓されベストセラーに。46歳。
2009年11月13日
大久保 靖彦(おおくぼ・やすひこ)1934年(昭和9年)東京都文京区生まれ。中央大学法学部卒業後、61年に索道会社の蔵王ロープウェイの設立に携わり社長に。亡父は衆議院議員や山形市長を務めた傳蔵氏。75歳。
2009年10月9日
伊藤 美代子(いとう・みよこ) 1948年(昭和23年)山形市生まれ。山形北高卒業後、73年に県内発行の月刊誌「婦人やまがた」の記者で就職、88年からは編集長を務める。経営悪化で2000年3月に同誌が廃刊になった後、同年5月に県内の介護事情や女性の社会参加をテーマにした月刊誌「ほいづん」を創刊。取材から営業までを1人でこなし、今年で10年目を迎える。
2009年9月11日
大石 奈緒(おおいし・なお) 1986年(昭和61年)天童市生まれ。小学生の時から家族でボウリングに親しみ、中学3年で全日本ボウリング協会(JBC)に所属。山形電波工高では1人で愛好会を作り、1年で全国新人大会4位、3年で国体4位入賞。同高卒業後の07年、県内で初めて全日本入りを果たし、人気女子ボウラーで作るPリーグに参戦、全国区の人気に。普段は山形ファミリーボウル(山形市)でインストラクターを務める。22歳。
2009年8月28日
高橋 正次(たかはし・しょうじ) 1933年(昭和8年)秋田県象潟町(現在のにかほ市)生まれ。酒田東高から明治大学商学部に進み、卒業後の56年に山形銀行入行。業務企画部長、取締役酒田支店長、常勤監査役などを経て2002年から現職。75歳。
2009年8月14日
村川 徹(むらかわ・とおる) 1937年(昭和12年)村山市生まれ、本名・高橋透。59年に日活入社。助監督として徐々に頭角を現し、72年公開の日活ロマンポルノ映画「白い指の戯れ」で監督デビュー。その後、日活を退社して山形に帰郷、岳父で先ごろ死去した人間国宝の鋳物職人・高橋敬典氏の下で働くかたわら、実兄の村川千秋氏による山形交響楽団設立運動に参加。76年、人気テレビドラマシリーズ「大都会」で監督復帰、78年からは故・松田優作を主演に起用した「最も危険な遊戯」「蘇る金狼」「野獣死すべし」などの作品で監督として不動の地位を獲得する。72歳。
2009年7月24日
野長瀬 裕二(のながせ・ゆうじ) 1961年(昭和36年)東京都生まれ。東大農卒後、電気メーカーに勤務するかたわら早大理工学研究科博士課程修了。関東学園大助教授、埼玉大助教授などを経て2005年9月から現職。この間、「地域産業ネットワーク学会」「ビジネスコーディネーター協会」「新都心イブニングサロン」等の産学官組織を結成。地域振興の実績が評価され経済産業省、総務省、文部科学省などの各種委員にも名を連ねる。「やまがたコミュニティ新聞」で創刊の06年9月から07年9月まで「やまがたの企業」を連載。48歳。
2009年7月10日
古田 久子(ふるた・ひさこ)1925年(大正14年)山形市生まれ。52年から自宅で料理教室を始め、70年に七日町で山形中央クッキングスクールを設立して校長に。これまでの間、料理研究家として郷土料理の普及、地産地消や食育運動の推進に尽力し、6月に内閣府が今年度創設した「食育推進ボランティア表彰」を受賞。07年1月から09年3月まで、やまがたコミュニティ新聞に料理コラム「古田久子のふるさとの味」を連載。
2009年6月26日