徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

大竹 修一(おおたけ・しゅういち) 1958年(昭和33年)朝日町生まれ。山形東高から東北大医学部に進み、84年に卒業後、東北大病院、山大医学部附属病院を経て94年に東北中病院へ(いずれも放射線科)。現在は同病院放射線科部長。県禁煙問題研究会会長のほか、県医師会禁煙推進委員会委員、日本禁煙推進医師歯科医師連盟理事なども務める。54歳。
2012年4月13日
日向 孝吉(ひなた・こうきち) 1946年(昭和21年)鶴岡市藤島町生まれ。地元の大学を卒業後、71年に庄内ミサワホーム入社。80年、不動産業の栄地建(酒田市)の設立に参画して専務、96年社長に就任。2000年から山形県宅建協会会長、08年からは全国宅建協会副会長も務める。08年11月黄綬褒章受章。65歳。
2012年3月23日
手塚 忠仁(てづか・ただひと) 1939年(昭和14年)米沢市生まれ。上郷中学校(現在の米沢市立第七中学校)卒業後、駅弁の製造・販売を手がける山形市の森弁当部へ。19歳から山形駅構内で駅弁の立ち売りを始め、以来50年以上にわたって現役を続ける「山形駅の名物おじさん」。72歳。
2012年2月24日
渡辺 智史(わたなべ・さとし)1981年(昭和56年)鶴岡市生まれ。鶴岡南高校から東北芸術工科大学に進み、東北文化研究センターで民俗映像制作に参加。卒業後、上京して映画製作会社「アムール」に入社、映画監督の飯塚俊男氏に師事。2本のドキュメンタリー映画の撮影を担当した後にフリーとなって郷里に戻り、2008年「湯の里ひじおりー学校のある最後の1年」、10年「よみがえりのレシピ」で監督。30歳。
2012年2月10日
奥野 僚右(おくの・りょうすけ) 1968年(昭和43年)京都市生まれ。早大卒後93年に鹿島アントラーズに加入、センターバックとして90年代後半の鹿島黄金期を支えた。2002年に選手兼監督としてザスパ草津に移籍、チームを群馬1部リーグから日本フットボールリーグ(JFL)に昇格させた実績を持つ。04年から鹿島コーチに就任、強豪クラブの戦術を学んできた。山形へは奥さんとお子さん3人とともに移り住む予定。43歳。
2012年1月27日
矢野 秀弥(やの・ひでや) 1952年(昭和27年)山形市生まれ。山形東高から慶応大経済学部に進み、76年卒業後、岩手の小売り会社を経て80年に家業の山形丸魚入社。常務、専務を経て2006年に社長就任。07年からは山形商工会議所副会頭も務める。59歳。山形丸魚は水産物卸商としては県内最大で年間売上高は約240億円。
2011年12月23日
板垣 和幸(いたがき・かずゆき) 1975年(昭和50年)山形市生まれ。東海大山形高卒業後、食品スーパーなどを経て25歳で結婚し、奥さんの実家の板垣養鶏場(寒河江市)へ。奥さん、義母の3人で明治から続く老舗を切り盛りする。36歳。
2011年12月9日
斯波正樹(しば・まさき) 1986年(昭和61年)東京都生まれ。Uターンした両親とともに9歳の時に蔵王温泉に移り住みスノーボードを始める。蔵王一中時代にジュニア世界選手権で優勝して五輪を志し、山形南高校卒業後の2005年にカナダ留学。バンクーバー五輪代表の座は最終選考で逃すが、現在は各国で開催されるワールドカップ(W杯)を転戦して14年のソチ五輪出場を見据える。25歳。
2011年11月11日
晋道 純一(しんどう・じゅんいち) 1952年(昭和27年)中山町生まれ。日大山形高校を卒業後、山形市内の包装資材販売会社へ。87年に独立し、山形市上町に同業の「(有)進和」を設立して社長に。94年に上山市蔵王の森に本社を移転、96年に株式会社「進和ラベル印刷」に組織・社名変更。社業の傍ら倫理法人会活動にも精力を傾注、蔵王倫理法人会、上山倫理法人会の設立に携わって初代会長を務めたほか、現在は山形県倫理法人会の幹事長。59歳。
2011年10月28日
中村 松太郎(なかむら・まつたろう) 1928年(昭和3年)山形市生まれ。旧制山形第二中学(現在の山形南高校)から東北薬科大学に進み、同大卒業後、22歳で明治10年創業の萬屋薬局の3代目社長に就任。70年に県内初の調剤薬局「山形調剤薬局」を春日町にオープンしたのを皮切りに店舗網を拡大、現在は10店を構える。83歳。
2011年10月14日
笹川 五十次(ささがわ・いそじ) 1958年(昭和33年)富山市生まれ。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業後、95年からHawaii州立大学医学部で「雄性細胞の核移植(不妊治療)」について研究。2002年に「男子外性器異常の発症における分子生物学的解析」で「とやま賞」受賞。山形大学医学部助手などを経て04年に山形徳洲会病院副院長に就任、08年から現職。53歳。
2011年9月23日
鎌田 薫(かまた・かおる) 1948年(昭和23年)静岡県出身。70年早大法学部卒業後、修士課程、博士課程を経て73年に同大法学部助手、78年助教授、83年教授。2005年大学院法務研究科長。中央教育審議会の法科大学院特別委員会委員なども務める。10年11月から現職。63歳。
2011年9月9日
早坂 功(はやさか・いさお) 1942年(昭和17年)山形市生まれ。山形東高から東京教育大学(現在の筑波大学)教育学部芸術学科に進み、卒業後、岩手大学で7年間助手、講師を務める。山形大学に移り17年間講師、助教授を務め、92年に開学した東北芸術工科大学の教授に就任。昨年3月に退職するまでプロダクトデザイン教育に携わる。現在は同大名誉教授。69歳。
2011年8月26日
佐々木 則夫(ささき・のりお) 1958年(昭和33年)尾花沢市生まれ。小学校2年の時に埼玉県川口市に転居しサッカーを始め、帝京高3年の時に主将としてインターハイ優勝。明治大、NTT関東(大宮アルディージャの前身)でプレーを続け、90年に33歳で現役を引退後は指導者の道を歩み98年に大宮アルディージャの初代監督に就任。なでしこジャパン監督には2008年に就任、同年の北京五輪では4強入りを果たした。W杯ドイツ大会優勝で尾花沢市民栄誉賞、県スポーツ大賞、国民栄誉賞を受賞。53歳。
2011年8月12日
塩川 智恵美(しおかわ・ちえみ) 1986年(昭和61年)山形市生まれ。2005年に山形商業を卒業後、日本郵政公社(現在の日本郵政)入社。福島市、山形市旅籠町での郵便局勤務を経て去年8月から山形市の鈴川郵便局で窓口業務を担当。6月11日、8月5日~7日に開催される山形花笠まつりを盛り上げる「ミス花笠」に他3人と選ばれる。24歳。
2011年7月22日
山口スティーブ(やまぐち・すてぃーぶ) 1960年、米カンザス州生まれ。オクラホマ州立大学を卒業後、スタンフォード大大学院を経て自民党政治を研究するため85年に東大大学院に留学。87~93年、三菱商事勤務。94年、結婚を機に日本国籍を取得、奥さんの実家である山口建設(最上町)へ。岳父が亡くなって社長を務めるが、2007年に会社を整理し、新たにトラベル東北(同)を設立して社長に。51歳。
2011年7月8日
三浦 友加(みうら・ゆか) 1982年(昭和57年)鶴岡市生まれ。鶴岡北高卒業後、吉本興業の新人タレント養成所「東京NSC」へ。2004年からテレビ番組やライブ活動で活躍(?)。同期はオリエンタルラジオ、はんにゃ、フルーツポンチなど。吉本が全国47都道府県を対象に今年から始めた「あなたの街に住みますプロジェクト」の一環として5月から山形市に移り住み、各種イベントに参加中。29歳。
2011年6月24日
秋葉 勝(あきば・まさる) 1984年(昭和59年)上山市生まれ。上山市立南中学からモンテディオ山形ユースに進み、2002年に同ユース史上2人目のトップ昇格を果たす。在籍10年目で、今季のチームでは唯一の東北、山形出身。ポジションはミッドフィールダーで、豊富な運動量とタイミング良くゴール前に飛び出し相手ゴールを脅かすプレーが持ち味。27歳。
2011年5月27日
斉藤 長右衞門(さいとう・ちょうえもん) 1953年(昭和28年)山形市生まれ。山形東高校から慶応大工学部に進み、76年に卒業後、河合楽器へ。80年に帰郷、1665年(江戸期の寛文5年)創業の「わかまつや」社長に。今年4月から蔵王温泉観光協会会長に就任。58歳。
2011年5月13日
入間田 宣夫(いるまだ・のぶお) 1942年(昭和17年)宮城県涌谷町生まれ。68年東北大学大学院文学研究科国史学専攻博士課程中退、同年東北大文学部助手。山形大学助教授、東北大助教授、東北大東北アジア研究センター教授などを経て2005年に東北大を定年退職、06年から東北芸術工科大学教授。10年4月に同大大学院長、11年1月に東北文化研究センター所長に就任。専門は日本中世史。69歳。
2011年4月22日
久納雄二(くのう・ゆうじ) 1954年(昭和29年)東京都生まれ。78年防大卒、陸上自衛隊へ。陸幕監理部長、西部方面総監部幕僚長などを経て2010年7月から現職。陸将。56歳。陸自第6師団は南東北3県の防衛警備と災害派遣を任務とし、3県5駐屯地のうち司令部を東根市の神町駐屯地に置いている。隊員数約5800人、神町には2600人が駐屯している。
2011年4月8日
田中 諒(たなか・まこと) 1983年(昭和58年)福島県相馬市生まれ。地元で自動車整備を営むかたわらボランティアで消防団活動にも従事。東日本大震災による避難者が1092人と県内最多の山形市総合スポーツセンターで20日に発足した5つの自治組織のうち「1丁目2区」(160人)の区長を務める。28歳。
2011年3月25日
本名・斎藤恵未(さいとう・さとみ) 1986年(昭和61年)村山市生まれ。北村山高校卒業後、山形の伝統文化への憧れから山形伝統芸能振興株式会社(愛称・やまがた紅の会)に入社、舞子の世界へ。今年で7年目になる“ベテラン”で、7月からは7人のやまがた舞子で1番のお姉さんに。24歳。
2011年3月11日
船橋吾一(ふなばし・ごいち) 1971年(昭和46年)山形市生まれ。山形学院高から大阪経済法科大学に進み、95年に卒業後、東京都内の空調設備会社を経て99年に家業で総合設備の弘栄設備工業入社。2010年から副社長。山形JCには01年に入会、今年度から第56代理事長を務める。39歳。
2011年2月25日
黒田 吉隆(くろだ・よしたか) 1987年(昭和62年)山形市生まれ。蔵王一中3年の時にレーシングカートを始め、全国カート選手権で2度優勝。日大山形高卒業後、仙台市の自動車整備専門学校に通う傍らレーシングドライバー(レーサー)の資格を取得。2006年には単身ドイツに渡り名門レースチームで海外修行を積み、07年に帰国後は全日本F3選手権を舞台に活躍。今年はF1ドライバーという夢の実現に向け欧州シリーズへの参戦を目指している。24歳。
2011年2月11日
山本 絵里子(やまもと・えりこ) 山本学園グループの山本恒雄理事長の長女として大阪市で生まれる。9歳から山形市に移り住み、県立山形西高校から東海大工学部建築学科へ。卒業後、東京の設計事務所を経て1989年(平成元年)に帰省。現在はグループの要職のほか、市や県の幼稚園協会理事、県職業能力開発協会理事、文部科学省の専修学校教育の振興方策等に関する調査研究協力者会議委員など多数の公職を務める。
2011年1月28日
松尾 剛次(まつお・けんじ) 1954年(昭和29年)長崎県愛野町(現在の雲仙市)生まれ。1981年東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退、同年山形大学講師。85年助教授、94年に東大文学博士の学位を取得して98年に山大教授。この間、プリンストン大、ロンドン大、ニューヨーク州立大などで客員教授も務めた。専門は日本中世史、仏教史。07年から山大都市・地域学研究所所長を兼務。56歳。
2011年1月14日
仲野 益美(なかの・ますみ) 1964年(昭和36年)天童市生まれ。84年に東京農大農学部醸造学科を卒業後、旧国税庁醸造試験場、東京の酒類卸会社を経て87年に家業の出羽桜酒造へ。取締役、専務を経て父親の急逝に伴い2000年に39歳で社長就任。山形県酒造組合技術委員長、日本吟醸酒協会理事長、東京農大客員教授、東京大学非常勤講師、山形県行政支出点検・行政改革推進委員会委員なども務める。49歳。
2010年12月24日
本名・佐藤浩一(さとう・こういち) 1962年(昭和37年)山形市生まれ。日大山形高校卒業後に勤めた製造業を6年で退社、喫茶店、中華レストラン、パブなど接客業で働くかたわらYBCラジオ番組「芹川晴夫の土曜生生ランド」でリポーターを務めた。現在は山形市のフランス料理店「マチルダ・ベイ」支配人とYBCラジオ番組「ドンキーのいいのぉー庄内!」パーソナリティーの二足のわらじを履く。48歳。
2010年12月10日
宮下 直樹(みやした・なおき) 1956年(昭和31年)神奈川県大和市生まれ。東海大学バレーボール部でセッター、レシーバー、副将として活躍、79年に同大卒業後、朝日生命へ。男子バレーボール部で86年まで選手として在籍した後、2000年まで女子バレーボール部のコーチ、監督を務める。01年にカナダ女子代表コーチとして招かれ、06〜08年は監督。パイオニアレッドウィングス監督には6月1日付けで就任。54歳。
2010年11月26日