徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

鈴木 利規(すずき・としのり) 1944年(昭和19年)山形市生まれ。市立第四中学校を卒業後、地元の縫製会社、しみ抜き屋などを経て73年にクリーニング業の和光を創業。81年から県内陸部での多店舗展開に乗り出し、ピーク時の89年には直営店、取次店をあわせ「クリーニングWAKO」を150店まで拡大。一方で品質向上を目指した独自のクリーニング技術「SQCR(スキュア)システム」を開発、北海道から沖縄まで全国150同業他社を加盟させた。67歳。
2012年8月24日
武田 岳彦(たけだ・たけひこ) 1962年(昭和37年)最上町生まれ。日大山形高卒業後、5年間の海上自衛隊勤務を経て山形にUターン。地元の建設会社に勤めた後、老舗の北庄武田酒店に婿入りし2010年から社長。1男2女の父で、山形3小と5中のPTA会長、市や県のPTA連合会会長を歴任し、11年に日本PTA全国協議会副会長に就任、今年6月から現職。49歳。
2012年8月10日
荒井 幸博(あらい・ゆきひろ) 1957年(昭和32年)山形市生まれ。山形中央高校、東北学院大学を経て81年殖産相互銀行(現在のきらやか銀行)へ。86年同行を退職、翌87年に山形市の映画興行会社フォーラムに入社。95年に独立し、シネマパーソナリティとして映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。やまコミ「シネマつれづれ」のほか、FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜8時)を担当。54歳。
2012年7月27日
井上 弓子(いのうえ・ゆみこ) 1947年(昭和22年)東根市で生まれ1歳の時に山形市へ。山形西高から清泉女子大学に進み、卒業して2年後に大手広告代理店に勤めるご主人と結婚。東京で専業主婦として2人の子どもを社会に送り出した後の96年、請われて山形に戻り高島電機取締役に就任。2001年常務、03年社長、11年会長。商議所副会頭は6月30日付けで就任。このほか商議所女性会会長、みやぎ・やまがた女性交流機構会長なども務める。64歳。
2012年7月13日
半澤 清彦(はんざわ・きよひこ) 1958年(昭和33年)天童市生まれ。山形南高から専修大経営学部へ。同大を卒業した81年、Uターンして父親が創業した半澤鶏卵へ。2005年から社長。今年2月、市内の2社と取り組む新しい鶏肉加工食品の開発プロジェクトが国の農商工連携事業に認定されるなど積極的な事業展開で知られる。53歳。
2012年6月22日
佐久間 陽子(さくま・ようこ) 1985年(昭和60年)福島県伊達市生まれ。兄の影響で小学1年から剣道を始め、地元中学卒業後、親元を離れ強豪校として全国に知られる左沢高(大江町)へ。筑波大に進み学生選手権2連覇。卒業後の2008年に保健体育の教諭として寒河江高に赴任、今春から母校左沢高へ。剣道部を指導しながら5月26日にイタリアのノバラで行われた剣道世界選手権の女子個人で優勝。寒河江市在住、26歳。
2012年6月8日
鈴木 光雄(すずき・みつお) 1937年(昭和12年)中山町生まれ。山形中央高卒業後、豊田農協(現在の山形農協)へ。92年、購買課長を最後に55歳で同農協を退職。83年のNHK朝の連続テレビ小説「おしん」の撮影に使われた中山町岩谷地区の民家を修復しようと2001年に保存会を結成。会長に。75歳。
2012年5月25日
柴田 晋平(しばた・しんぺい) 1954年(昭和29年)兵庫県尼崎市生まれ。77年に東北大学理学部卒業後、同大理学研究科博士課程天文学専攻へ。83年理学博士の学位取得後、東北学院大非常勤講師、群馬高専講師などを経て86年に山形大学理学部助手に就任。95年助教授、2002年教授。同年NPO法人「小さな天文学者の会」を立ち上げて理事長に、翌03年に「星空案内人(星のソムリエ)」認定制度を創設して全国への普及を進めている。57歳。
2012年5月11日
山﨑 雅人(やまざき・まさと) 1981年(昭和56年)京都市生まれ。中学からサッカーを始め、久御山高校から国士舘大学に進み、卒業後の2004年に横浜F・マリノス入団。その後、大分トリニータ、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島を経て11年7月に得点力不足に悩むモンテに期限付き移籍、2度の決勝点を挙げる。12年からモンテに完全移籍、主将を務める。30歳。山形では奥さん、娘(2)、息子(1)の4人暮らし。
2012年4月27日
大竹 修一(おおたけ・しゅういち) 1958年(昭和33年)朝日町生まれ。山形東高から東北大医学部に進み、84年に卒業後、東北大病院、山大医学部附属病院を経て94年に東北中病院へ(いずれも放射線科)。現在は同病院放射線科部長。県禁煙問題研究会会長のほか、県医師会禁煙推進委員会委員、日本禁煙推進医師歯科医師連盟理事なども務める。54歳。
2012年4月13日
日向 孝吉(ひなた・こうきち) 1946年(昭和21年)鶴岡市藤島町生まれ。地元の大学を卒業後、71年に庄内ミサワホーム入社。80年、不動産業の栄地建(酒田市)の設立に参画して専務、96年社長に就任。2000年から山形県宅建協会会長、08年からは全国宅建協会副会長も務める。08年11月黄綬褒章受章。65歳。
2012年3月23日
手塚 忠仁(てづか・ただひと) 1939年(昭和14年)米沢市生まれ。上郷中学校(現在の米沢市立第七中学校)卒業後、駅弁の製造・販売を手がける山形市の森弁当部へ。19歳から山形駅構内で駅弁の立ち売りを始め、以来50年以上にわたって現役を続ける「山形駅の名物おじさん」。72歳。
2012年2月24日
渡辺 智史(わたなべ・さとし)1981年(昭和56年)鶴岡市生まれ。鶴岡南高校から東北芸術工科大学に進み、東北文化研究センターで民俗映像制作に参加。卒業後、上京して映画製作会社「アムール」に入社、映画監督の飯塚俊男氏に師事。2本のドキュメンタリー映画の撮影を担当した後にフリーとなって郷里に戻り、2008年「湯の里ひじおりー学校のある最後の1年」、10年「よみがえりのレシピ」で監督。30歳。
2012年2月10日
奥野 僚右(おくの・りょうすけ) 1968年(昭和43年)京都市生まれ。早大卒後93年に鹿島アントラーズに加入、センターバックとして90年代後半の鹿島黄金期を支えた。2002年に選手兼監督としてザスパ草津に移籍、チームを群馬1部リーグから日本フットボールリーグ(JFL)に昇格させた実績を持つ。04年から鹿島コーチに就任、強豪クラブの戦術を学んできた。山形へは奥さんとお子さん3人とともに移り住む予定。43歳。
2012年1月27日
矢野 秀弥(やの・ひでや) 1952年(昭和27年)山形市生まれ。山形東高から慶応大経済学部に進み、76年卒業後、岩手の小売り会社を経て80年に家業の山形丸魚入社。常務、専務を経て2006年に社長就任。07年からは山形商工会議所副会頭も務める。59歳。山形丸魚は水産物卸商としては県内最大で年間売上高は約240億円。
2011年12月23日
板垣 和幸(いたがき・かずゆき) 1975年(昭和50年)山形市生まれ。東海大山形高卒業後、食品スーパーなどを経て25歳で結婚し、奥さんの実家の板垣養鶏場(寒河江市)へ。奥さん、義母の3人で明治から続く老舗を切り盛りする。36歳。
2011年12月9日
斯波正樹(しば・まさき) 1986年(昭和61年)東京都生まれ。Uターンした両親とともに9歳の時に蔵王温泉に移り住みスノーボードを始める。蔵王一中時代にジュニア世界選手権で優勝して五輪を志し、山形南高校卒業後の2005年にカナダ留学。バンクーバー五輪代表の座は最終選考で逃すが、現在は各国で開催されるワールドカップ(W杯)を転戦して14年のソチ五輪出場を見据える。25歳。
2011年11月11日
晋道 純一(しんどう・じゅんいち) 1952年(昭和27年)中山町生まれ。日大山形高校を卒業後、山形市内の包装資材販売会社へ。87年に独立し、山形市上町に同業の「(有)進和」を設立して社長に。94年に上山市蔵王の森に本社を移転、96年に株式会社「進和ラベル印刷」に組織・社名変更。社業の傍ら倫理法人会活動にも精力を傾注、蔵王倫理法人会、上山倫理法人会の設立に携わって初代会長を務めたほか、現在は山形県倫理法人会の幹事長。59歳。
2011年10月28日
中村 松太郎(なかむら・まつたろう) 1928年(昭和3年)山形市生まれ。旧制山形第二中学(現在の山形南高校)から東北薬科大学に進み、同大卒業後、22歳で明治10年創業の萬屋薬局の3代目社長に就任。70年に県内初の調剤薬局「山形調剤薬局」を春日町にオープンしたのを皮切りに店舗網を拡大、現在は10店を構える。83歳。
2011年10月14日
笹川 五十次(ささがわ・いそじ) 1958年(昭和33年)富山市生まれ。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業後、95年からHawaii州立大学医学部で「雄性細胞の核移植(不妊治療)」について研究。2002年に「男子外性器異常の発症における分子生物学的解析」で「とやま賞」受賞。山形大学医学部助手などを経て04年に山形徳洲会病院副院長に就任、08年から現職。53歳。
2011年9月23日
鎌田 薫(かまた・かおる) 1948年(昭和23年)静岡県出身。70年早大法学部卒業後、修士課程、博士課程を経て73年に同大法学部助手、78年助教授、83年教授。2005年大学院法務研究科長。中央教育審議会の法科大学院特別委員会委員なども務める。10年11月から現職。63歳。
2011年9月9日
早坂 功(はやさか・いさお) 1942年(昭和17年)山形市生まれ。山形東高から東京教育大学(現在の筑波大学)教育学部芸術学科に進み、卒業後、岩手大学で7年間助手、講師を務める。山形大学に移り17年間講師、助教授を務め、92年に開学した東北芸術工科大学の教授に就任。昨年3月に退職するまでプロダクトデザイン教育に携わる。現在は同大名誉教授。69歳。
2011年8月26日
佐々木 則夫(ささき・のりお) 1958年(昭和33年)尾花沢市生まれ。小学校2年の時に埼玉県川口市に転居しサッカーを始め、帝京高3年の時に主将としてインターハイ優勝。明治大、NTT関東(大宮アルディージャの前身)でプレーを続け、90年に33歳で現役を引退後は指導者の道を歩み98年に大宮アルディージャの初代監督に就任。なでしこジャパン監督には2008年に就任、同年の北京五輪では4強入りを果たした。W杯ドイツ大会優勝で尾花沢市民栄誉賞、県スポーツ大賞、国民栄誉賞を受賞。53歳。
2011年8月12日
塩川 智恵美(しおかわ・ちえみ) 1986年(昭和61年)山形市生まれ。2005年に山形商業を卒業後、日本郵政公社(現在の日本郵政)入社。福島市、山形市旅籠町での郵便局勤務を経て去年8月から山形市の鈴川郵便局で窓口業務を担当。6月11日、8月5日~7日に開催される山形花笠まつりを盛り上げる「ミス花笠」に他3人と選ばれる。24歳。
2011年7月22日
山口スティーブ(やまぐち・すてぃーぶ) 1960年、米カンザス州生まれ。オクラホマ州立大学を卒業後、スタンフォード大大学院を経て自民党政治を研究するため85年に東大大学院に留学。87~93年、三菱商事勤務。94年、結婚を機に日本国籍を取得、奥さんの実家である山口建設(最上町)へ。岳父が亡くなって社長を務めるが、2007年に会社を整理し、新たにトラベル東北(同)を設立して社長に。51歳。
2011年7月8日
三浦 友加(みうら・ゆか) 1982年(昭和57年)鶴岡市生まれ。鶴岡北高卒業後、吉本興業の新人タレント養成所「東京NSC」へ。2004年からテレビ番組やライブ活動で活躍(?)。同期はオリエンタルラジオ、はんにゃ、フルーツポンチなど。吉本が全国47都道府県を対象に今年から始めた「あなたの街に住みますプロジェクト」の一環として5月から山形市に移り住み、各種イベントに参加中。29歳。
2011年6月24日
秋葉 勝(あきば・まさる) 1984年(昭和59年)上山市生まれ。上山市立南中学からモンテディオ山形ユースに進み、2002年に同ユース史上2人目のトップ昇格を果たす。在籍10年目で、今季のチームでは唯一の東北、山形出身。ポジションはミッドフィールダーで、豊富な運動量とタイミング良くゴール前に飛び出し相手ゴールを脅かすプレーが持ち味。27歳。
2011年5月27日
斉藤 長右衞門(さいとう・ちょうえもん) 1953年(昭和28年)山形市生まれ。山形東高校から慶応大工学部に進み、76年に卒業後、河合楽器へ。80年に帰郷、1665年(江戸期の寛文5年)創業の「わかまつや」社長に。今年4月から蔵王温泉観光協会会長に就任。58歳。
2011年5月13日
入間田 宣夫(いるまだ・のぶお) 1942年(昭和17年)宮城県涌谷町生まれ。68年東北大学大学院文学研究科国史学専攻博士課程中退、同年東北大文学部助手。山形大学助教授、東北大助教授、東北大東北アジア研究センター教授などを経て2005年に東北大を定年退職、06年から東北芸術工科大学教授。10年4月に同大大学院長、11年1月に東北文化研究センター所長に就任。専門は日本中世史。69歳。
2011年4月22日
久納雄二(くのう・ゆうじ) 1954年(昭和29年)東京都生まれ。78年防大卒、陸上自衛隊へ。陸幕監理部長、西部方面総監部幕僚長などを経て2010年7月から現職。陸将。56歳。陸自第6師団は南東北3県の防衛警備と災害派遣を任務とし、3県5駐屯地のうち司令部を東根市の神町駐屯地に置いている。隊員数約5800人、神町には2600人が駐屯している。
2011年4月8日