徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

荒木準也(あらき・じゅんや) 1971年(昭和46年)寒河江市生まれ。陵南中学から日大山形校に進み、88年夏に外野手として甲子園出場。卒業後、東北福祉大、プリンスホテルで野球を続け、アトランタ五輪日本代表の最終候補にも。プリンス野球部が解散する2000年に郷里に戻り家業の鋼材リサイクル会社へ。02年から現職。06年夏に県勢初の甲子園8強入り、13年夏に4強入りを果たす。41歳。
2013年9月13日
横山 林沙(よこやま・りさ) 1991年(平成3年)山形市生まれ。山大附属幼稚園、同小、同中、山形西高を経て現在は青山学院大文学部フランス文学科4年。今年1月、約3000人の応募者の中から5人の「ミス日本」に選ばれる。趣味は読書、神社仏閣めぐり。県内ではきらやか銀行のイメージガールも務めている。22歳。
2013年8月23日
トモ:本名・石澤智幸(いしざわ・ともゆき) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山大附属幼稚園、同小、同中を経て日大山形高から日大芸術学部演劇学科へ。卒業後、歌手やお笑いタレントとして活動を始め、98年に大学時代に知り合った滋賀県出身の中本哲也さん(テツ)とお笑いコンビ「テツandトモ」を結成。赤と青のジャージを着て連呼する「なんでだろ~」は一世を風靡し、2003年の流行語大賞にも選ばれた。43歳。
2013年8月9日
大江 文彦(おおえ・ふみひこ) 1975年(昭和50年)天童市生まれ。日大山形高校中退後、塗装会社での修業を経て20歳で塗装業の大堀興業を設立、2001年にリフォームや店舗の内装なども手掛けるオオホリ建託(山形市)に改組して社長に。県内や仙台で居酒屋「和楽」「亀円」「焔蔵」「大黒」など8店の展開も。38歳。
2013年7月26日
髙橋倫子(たかはし・りんこ) 1991年(平成3年)山形市生まれ。山形北高卒業後、伊藤吉明公認会計士事務所(山形市)に就職して4年目。6月15日、8月5日~7日に開催される山形花笠まつりを盛り上げる「ミス花笠」4人の1人に選ばれる。22歳。
2013年7月12日
長岡幹夫(ながおか・みきお) 1931年(昭和6年)山形市生まれ。山大教育学部を卒業後、県内各地の中学校で英語教師を務め、93年に母校の鈴川小の教諭を最後に退職。鈴川郷土研究会には75年から名を連ね、2007年から事務局長を務める。82歳。同研究会は会員数180人と市内の郷土(史)研究会では最大で、年3回の会報発行、歴史マップの作成など幅広く活動している。
2013年6月28日
志鎌 直人(しかま・なおと) 1963年(昭和38年)山形市生まれ。日大山形高校、専修大経済学部を経て仙台市の食品スーパー・エンドーチェーン(現在の西友)へ。5年後の91年に山形に戻り、家業でお茶の製造・販売を手掛ける志鎌園に入社。営業本部長、常務を経て現職。高校時代はサッカー部で活躍し、高校選手権初戦突破、インターハイ2回戦突破などに貢献。49歳。
2013年6月14日
高橋 健二(たかはし・けんじ) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。日大山形高時代の87年、全国高校サッカー選手権で県勢初のベスト16入りに貢献、大会優秀選手に選ばれる。国士舘大学に進み、アルゼンチンへの留学を経てジャパンフットボールリーグ(JFL)への昇格を決めたばかりのNEC山形(現在のモンテディオ山形)へ。2006年の引退まで13年間をモンテ一筋でプレー、「ミスター・モンテディオ」の愛称で親しまれた。08年にはクラブ運営に携わり、09年からモンテアカデミーでコーチを務め、12年から現職。42歳。
2013年5月24日
柴田 徹(しばた・とおる) 1968年(昭和43年)山形市生まれ。山形東高、東北大文学部卒業後、90年NHK入局。アナウンサーとして青森、仙台、神戸、名古屋、東京での勤務を経て放送部副部長として2006年6月NHK山形放送局へ。翌年1月、自らの発案で山形弁だけで最後まで通すバラエティ番組「今夜はなまらナイト」を県内のラジオ第1で放送したところ絶賛の嵐。「なまらナイト」は総合テレビでも放送される人気番組になり、月1回のラジオを含め過去からの全番組の企画、進行役を務める。愛称「親方」。45歳。
2013年5月10日
山口 敦史(やまぐち・あつし)1971年(昭和46年)天童市生まれ。山形南高、専修大経営学部を経て94年に家業「ほほえみの宿・滝の湯」へ。2001年常務、07年専務。これまでに全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部副部長、天童商工会議所青年部会長、山形県商工会議所青年部連合会副会長、東北ブロック商工会議所青年部連合会副会長なども歴任。4月25日に全旅連青年部長に就任。41歳。
2013年4月26日
朝倉 さや(あさくら・さや)1992年(平成4年)山形市生まれ。小学2年から民謡、小学4年から三味線を習い、小学6年と中学2年の時に「民謡民舞少年少女全国大会」で2度の優勝を果たすなど数々の賞を総ナメ。山形商業高校を卒業後、上京して歌手を目指し、今年1月にテレビ朝日系列で放送された「あの名曲を方言で熱唱!新春全日本なまりうたトーナメント」に出演して人気に。20歳。
2013年4月12日
児珠 藍(こだま・あい) 1984年(昭和59年)朝日町生まれ。山辺高専攻科(衛生看護)卒業後、千葉県にある順天堂大医学部付属病院の看護師に。2年後テレビで見たトリノ五輪スノーボードクロス競技に触発され、新潟県のウインタースポーツ専門学校に入校、2年半でプロ資格取得。夏場は山形市で看護師として働きながら来年のソチ五輪出場を目指して国内最高レベルの戦いを続けている。28歳。
2013年3月8日
峯田 季志(みねた・ひでじ) 1951年(昭和26年)山辺町生まれ。山形工業を卒業後、パナソニックショップ(旧ナショナルショップ)の後継者育成を目指す松下幸之助商学院へ。71年に家業の峯田電器入社、91年から社長。県電機商業組合理事長、県パナソニックショップ連合会会長などのほか山辺町商工会会長なども務める。61歳。長男はミュージシャンで俳優の峯田和伸さん。
2013年2月8日
片桐 繁雄(かたぎり・しげお) 1933年(昭和8年)山形市長谷堂生まれ。山大教育学部卒業後、県内の小中学校で教師や校長を務め、定年後は最上義光歴史館事務局長や上山市立図書館館長を務めながら最上義光研究を続ける。2009年「最上義光の風景」を上梓するなど斯界の第一人者。79歳。
2013年1月25日
阿部 昭次郎(あべ・しょうじろう) 1946年(昭和21年)山形市生まれ。山形商業卒業後、仙台市の百貨店・丸光(現在のさくら野百貨店)へ。3年間勤めた後、家業で1910年(明治43年)創業の仕出し料理店「エビスヤ楓味堂」へ。90年から社長。66歳。
2012年12月28日
長澤 豊(ながさわ・ゆたか) 1950年(昭和25年)山形市生まれ。上山農業高校(現在の上山明新館高校)から東京農業大学に進み、卒業後2年間、母校の上山農高で講師を務めた後、家業のブドウ農園を継ぐ。84年本沢農協理事。97年、本沢農協など山形市周辺の2市2町の農協が合併して誕生したJAやまがたの理事就任。常務、専務を経て2010年6月に組合長。12年6月、JA中央会、JA全農、JAバンク、JA共済連、JA農工連の県組織トップ「5連会長」に。62歳。
2012年11月23日
鈴木 吉徳(すずき・よしのり) 1962年(昭和37年)山形市生まれ。山形東高から一橋大商卒後、商工組合中央金庫(商工中金)入社。盛岡支店などを経て92年に退社、家業の山形トヨタ取締役就任。この間、慶大大学院でMBA(経営学修士)を取得し、95年から現職。県自動車販売店協会連合会(自販連)会長なども務める。50歳。
2012年11月9日
髙木 康典(たかき・やすのり) 1971年(昭和46年)河北町生まれ。日大山形高校から東北電子専門学校(仙台市)に進み、医薬品卸会社(同)を経て95年に家業の食品スーパー「たかき」へ。常務を経て2010年に社長就任。41歳。たかきは1900年創業の個人商店が前身で株式会社に移行したのは72年。河北町溝延、天童市交り江、寒河江市元町で食品スーパーを展開しており、直近の売上高は24億8000万円。
2012年10月26日
熊谷 勇(くまがい・いさむ) 1935年(昭和10年)大石田町生まれ。大石田高校(現在の北村山高校)卒業後、山形交通を経て69年に第一タクシーの設立に参画し、2000年から社長に。第一タクシーの保有車両は現在16台。このほか保有台数15台の蔵王タクシー、整備会社の山形モーターサービスの社長も兼任。県ハイヤー協会会長には2010年5月に就任、現在2期目。76歳。
2012年10月12日
山口美香(やまぐち・みか) 1971年(昭和46年)東京都足立区生まれ。東京で会社勤めをしていた父親がUターンして青果商「グリーンショップはらだ」を創業するのに伴い5歳で山形市に移り住み、上山高校(現在の上山明新館高校)卒業後、地元銀行などを経て93年家業に。2008年に日本野菜ソムリエ協会(東京)が認定する「ジュニア野菜ソムリエ(初級)」、09年「野菜ソムリエ(中級)」、今年7月に県内初となる「シニア野菜ソムリエ(上級)」に合格。40歳。
2012年9月28日
辻エイ子(つじ・えいこ) 1956年(昭和31年)福島県郡山市生まれ。県立安積女子高(現在の安積黎明高)卒業後、米ユタ州が本校のブリガムヤング大学ハワイ校へ。ハワイで2年、ユタで3年半の留学生活を経て帰国、郡山市でフラダンスを教えるようになり、94年には山形市にも「Hula Honi Ke Aloha(辻フラスクール)」を開校。仙台市にも教室があり、福島、山形、宮城で生徒数は延べ1000人に及ぶ。56歳。
2012年9月14日
鈴木 利規(すずき・としのり) 1944年(昭和19年)山形市生まれ。市立第四中学校を卒業後、地元の縫製会社、しみ抜き屋などを経て73年にクリーニング業の和光を創業。81年から県内陸部での多店舗展開に乗り出し、ピーク時の89年には直営店、取次店をあわせ「クリーニングWAKO」を150店まで拡大。一方で品質向上を目指した独自のクリーニング技術「SQCR(スキュア)システム」を開発、北海道から沖縄まで全国150同業他社を加盟させた。67歳。
2012年8月24日
武田 岳彦(たけだ・たけひこ) 1962年(昭和37年)最上町生まれ。日大山形高卒業後、5年間の海上自衛隊勤務を経て山形にUターン。地元の建設会社に勤めた後、老舗の北庄武田酒店に婿入りし2010年から社長。1男2女の父で、山形3小と5中のPTA会長、市や県のPTA連合会会長を歴任し、11年に日本PTA全国協議会副会長に就任、今年6月から現職。49歳。
2012年8月10日
荒井 幸博(あらい・ゆきひろ) 1957年(昭和32年)山形市生まれ。山形中央高校、東北学院大学を経て81年殖産相互銀行(現在のきらやか銀行)へ。86年同行を退職、翌87年に山形市の映画興行会社フォーラムに入社。95年に独立し、シネマパーソナリティとして映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。やまコミ「シネマつれづれ」のほか、FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜8時)を担当。54歳。
2012年7月27日
井上 弓子(いのうえ・ゆみこ) 1947年(昭和22年)東根市で生まれ1歳の時に山形市へ。山形西高から清泉女子大学に進み、卒業して2年後に大手広告代理店に勤めるご主人と結婚。東京で専業主婦として2人の子どもを社会に送り出した後の96年、請われて山形に戻り高島電機取締役に就任。2001年常務、03年社長、11年会長。商議所副会頭は6月30日付けで就任。このほか商議所女性会会長、みやぎ・やまがた女性交流機構会長なども務める。64歳。
2012年7月13日
半澤 清彦(はんざわ・きよひこ) 1958年(昭和33年)天童市生まれ。山形南高から専修大経営学部へ。同大を卒業した81年、Uターンして父親が創業した半澤鶏卵へ。2005年から社長。今年2月、市内の2社と取り組む新しい鶏肉加工食品の開発プロジェクトが国の農商工連携事業に認定されるなど積極的な事業展開で知られる。53歳。
2012年6月22日
佐久間 陽子(さくま・ようこ) 1985年(昭和60年)福島県伊達市生まれ。兄の影響で小学1年から剣道を始め、地元中学卒業後、親元を離れ強豪校として全国に知られる左沢高(大江町)へ。筑波大に進み学生選手権2連覇。卒業後の2008年に保健体育の教諭として寒河江高に赴任、今春から母校左沢高へ。剣道部を指導しながら5月26日にイタリアのノバラで行われた剣道世界選手権の女子個人で優勝。寒河江市在住、26歳。
2012年6月8日
鈴木 光雄(すずき・みつお) 1937年(昭和12年)中山町生まれ。山形中央高卒業後、豊田農協(現在の山形農協)へ。92年、購買課長を最後に55歳で同農協を退職。83年のNHK朝の連続テレビ小説「おしん」の撮影に使われた中山町岩谷地区の民家を修復しようと2001年に保存会を結成。会長に。75歳。
2012年5月25日
柴田 晋平(しばた・しんぺい) 1954年(昭和29年)兵庫県尼崎市生まれ。77年に東北大学理学部卒業後、同大理学研究科博士課程天文学専攻へ。83年理学博士の学位取得後、東北学院大非常勤講師、群馬高専講師などを経て86年に山形大学理学部助手に就任。95年助教授、2002年教授。同年NPO法人「小さな天文学者の会」を立ち上げて理事長に、翌03年に「星空案内人(星のソムリエ)」認定制度を創設して全国への普及を進めている。57歳。
2012年5月11日
山﨑 雅人(やまざき・まさと) 1981年(昭和56年)京都市生まれ。中学からサッカーを始め、久御山高校から国士舘大学に進み、卒業後の2004年に横浜F・マリノス入団。その後、大分トリニータ、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島を経て11年7月に得点力不足に悩むモンテに期限付き移籍、2度の決勝点を挙げる。12年からモンテに完全移籍、主将を務める。30歳。山形では奥さん、娘(2)、息子(1)の4人暮らし。
2012年4月27日