徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

片桐 繁雄(かたぎり・しげお) 1933年(昭和8年)山形市長谷堂生まれ。山大教育学部卒業後、県内の小中学校で教師や校長を務め、定年後は最上義光歴史館事務局長や上山市立図書館館長を務めながら最上義光研究を続ける。2009年「最上義光の風景」を上梓するなど斯界の第一人者。79歳。
2013年1月25日
阿部 昭次郎(あべ・しょうじろう) 1946年(昭和21年)山形市生まれ。山形商業卒業後、仙台市の百貨店・丸光(現在のさくら野百貨店)へ。3年間勤めた後、家業で1910年(明治43年)創業の仕出し料理店「エビスヤ楓味堂」へ。90年から社長。66歳。
2012年12月28日
長澤 豊(ながさわ・ゆたか) 1950年(昭和25年)山形市生まれ。上山農業高校(現在の上山明新館高校)から東京農業大学に進み、卒業後2年間、母校の上山農高で講師を務めた後、家業のブドウ農園を継ぐ。84年本沢農協理事。97年、本沢農協など山形市周辺の2市2町の農協が合併して誕生したJAやまがたの理事就任。常務、専務を経て2010年6月に組合長。12年6月、JA中央会、JA全農、JAバンク、JA共済連、JA農工連の県組織トップ「5連会長」に。62歳。
2012年11月23日
鈴木 吉徳(すずき・よしのり) 1962年(昭和37年)山形市生まれ。山形東高から一橋大商卒後、商工組合中央金庫(商工中金)入社。盛岡支店などを経て92年に退社、家業の山形トヨタ取締役就任。この間、慶大大学院でMBA(経営学修士)を取得し、95年から現職。県自動車販売店協会連合会(自販連)会長なども務める。50歳。
2012年11月9日
髙木 康典(たかき・やすのり) 1971年(昭和46年)河北町生まれ。日大山形高校から東北電子専門学校(仙台市)に進み、医薬品卸会社(同)を経て95年に家業の食品スーパー「たかき」へ。常務を経て2010年に社長就任。41歳。たかきは1900年創業の個人商店が前身で株式会社に移行したのは72年。河北町溝延、天童市交り江、寒河江市元町で食品スーパーを展開しており、直近の売上高は24億8000万円。
2012年10月26日
熊谷 勇(くまがい・いさむ) 1935年(昭和10年)大石田町生まれ。大石田高校(現在の北村山高校)卒業後、山形交通を経て69年に第一タクシーの設立に参画し、2000年から社長に。第一タクシーの保有車両は現在16台。このほか保有台数15台の蔵王タクシー、整備会社の山形モーターサービスの社長も兼任。県ハイヤー協会会長には2010年5月に就任、現在2期目。76歳。
2012年10月12日
山口美香(やまぐち・みか) 1971年(昭和46年)東京都足立区生まれ。東京で会社勤めをしていた父親がUターンして青果商「グリーンショップはらだ」を創業するのに伴い5歳で山形市に移り住み、上山高校(現在の上山明新館高校)卒業後、地元銀行などを経て93年家業に。2008年に日本野菜ソムリエ協会(東京)が認定する「ジュニア野菜ソムリエ(初級)」、09年「野菜ソムリエ(中級)」、今年7月に県内初となる「シニア野菜ソムリエ(上級)」に合格。40歳。
2012年9月28日
辻エイ子(つじ・えいこ) 1956年(昭和31年)福島県郡山市生まれ。県立安積女子高(現在の安積黎明高)卒業後、米ユタ州が本校のブリガムヤング大学ハワイ校へ。ハワイで2年、ユタで3年半の留学生活を経て帰国、郡山市でフラダンスを教えるようになり、94年には山形市にも「Hula Honi Ke Aloha(辻フラスクール)」を開校。仙台市にも教室があり、福島、山形、宮城で生徒数は延べ1000人に及ぶ。56歳。
2012年9月14日
鈴木 利規(すずき・としのり) 1944年(昭和19年)山形市生まれ。市立第四中学校を卒業後、地元の縫製会社、しみ抜き屋などを経て73年にクリーニング業の和光を創業。81年から県内陸部での多店舗展開に乗り出し、ピーク時の89年には直営店、取次店をあわせ「クリーニングWAKO」を150店まで拡大。一方で品質向上を目指した独自のクリーニング技術「SQCR(スキュア)システム」を開発、北海道から沖縄まで全国150同業他社を加盟させた。67歳。
2012年8月24日
武田 岳彦(たけだ・たけひこ) 1962年(昭和37年)最上町生まれ。日大山形高卒業後、5年間の海上自衛隊勤務を経て山形にUターン。地元の建設会社に勤めた後、老舗の北庄武田酒店に婿入りし2010年から社長。1男2女の父で、山形3小と5中のPTA会長、市や県のPTA連合会会長を歴任し、11年に日本PTA全国協議会副会長に就任、今年6月から現職。49歳。
2012年8月10日
荒井 幸博(あらい・ゆきひろ) 1957年(昭和32年)山形市生まれ。山形中央高校、東北学院大学を経て81年殖産相互銀行(現在のきらやか銀行)へ。86年同行を退職、翌87年に山形市の映画興行会社フォーラムに入社。95年に独立し、シネマパーソナリティとして映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。やまコミ「シネマつれづれ」のほか、FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜8時)を担当。54歳。
2012年7月27日
井上 弓子(いのうえ・ゆみこ) 1947年(昭和22年)東根市で生まれ1歳の時に山形市へ。山形西高から清泉女子大学に進み、卒業して2年後に大手広告代理店に勤めるご主人と結婚。東京で専業主婦として2人の子どもを社会に送り出した後の96年、請われて山形に戻り高島電機取締役に就任。2001年常務、03年社長、11年会長。商議所副会頭は6月30日付けで就任。このほか商議所女性会会長、みやぎ・やまがた女性交流機構会長なども務める。64歳。
2012年7月13日
半澤 清彦(はんざわ・きよひこ) 1958年(昭和33年)天童市生まれ。山形南高から専修大経営学部へ。同大を卒業した81年、Uターンして父親が創業した半澤鶏卵へ。2005年から社長。今年2月、市内の2社と取り組む新しい鶏肉加工食品の開発プロジェクトが国の農商工連携事業に認定されるなど積極的な事業展開で知られる。53歳。
2012年6月22日
佐久間 陽子(さくま・ようこ) 1985年(昭和60年)福島県伊達市生まれ。兄の影響で小学1年から剣道を始め、地元中学卒業後、親元を離れ強豪校として全国に知られる左沢高(大江町)へ。筑波大に進み学生選手権2連覇。卒業後の2008年に保健体育の教諭として寒河江高に赴任、今春から母校左沢高へ。剣道部を指導しながら5月26日にイタリアのノバラで行われた剣道世界選手権の女子個人で優勝。寒河江市在住、26歳。
2012年6月8日
鈴木 光雄(すずき・みつお) 1937年(昭和12年)中山町生まれ。山形中央高卒業後、豊田農協(現在の山形農協)へ。92年、購買課長を最後に55歳で同農協を退職。83年のNHK朝の連続テレビ小説「おしん」の撮影に使われた中山町岩谷地区の民家を修復しようと2001年に保存会を結成。会長に。75歳。
2012年5月25日
柴田 晋平(しばた・しんぺい) 1954年(昭和29年)兵庫県尼崎市生まれ。77年に東北大学理学部卒業後、同大理学研究科博士課程天文学専攻へ。83年理学博士の学位取得後、東北学院大非常勤講師、群馬高専講師などを経て86年に山形大学理学部助手に就任。95年助教授、2002年教授。同年NPO法人「小さな天文学者の会」を立ち上げて理事長に、翌03年に「星空案内人(星のソムリエ)」認定制度を創設して全国への普及を進めている。57歳。
2012年5月11日
山﨑 雅人(やまざき・まさと) 1981年(昭和56年)京都市生まれ。中学からサッカーを始め、久御山高校から国士舘大学に進み、卒業後の2004年に横浜F・マリノス入団。その後、大分トリニータ、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島を経て11年7月に得点力不足に悩むモンテに期限付き移籍、2度の決勝点を挙げる。12年からモンテに完全移籍、主将を務める。30歳。山形では奥さん、娘(2)、息子(1)の4人暮らし。
2012年4月27日
大竹 修一(おおたけ・しゅういち) 1958年(昭和33年)朝日町生まれ。山形東高から東北大医学部に進み、84年に卒業後、東北大病院、山大医学部附属病院を経て94年に東北中病院へ(いずれも放射線科)。現在は同病院放射線科部長。県禁煙問題研究会会長のほか、県医師会禁煙推進委員会委員、日本禁煙推進医師歯科医師連盟理事なども務める。54歳。
2012年4月13日
日向 孝吉(ひなた・こうきち) 1946年(昭和21年)鶴岡市藤島町生まれ。地元の大学を卒業後、71年に庄内ミサワホーム入社。80年、不動産業の栄地建(酒田市)の設立に参画して専務、96年社長に就任。2000年から山形県宅建協会会長、08年からは全国宅建協会副会長も務める。08年11月黄綬褒章受章。65歳。
2012年3月23日
手塚 忠仁(てづか・ただひと) 1939年(昭和14年)米沢市生まれ。上郷中学校(現在の米沢市立第七中学校)卒業後、駅弁の製造・販売を手がける山形市の森弁当部へ。19歳から山形駅構内で駅弁の立ち売りを始め、以来50年以上にわたって現役を続ける「山形駅の名物おじさん」。72歳。
2012年2月24日
渡辺 智史(わたなべ・さとし)1981年(昭和56年)鶴岡市生まれ。鶴岡南高校から東北芸術工科大学に進み、東北文化研究センターで民俗映像制作に参加。卒業後、上京して映画製作会社「アムール」に入社、映画監督の飯塚俊男氏に師事。2本のドキュメンタリー映画の撮影を担当した後にフリーとなって郷里に戻り、2008年「湯の里ひじおりー学校のある最後の1年」、10年「よみがえりのレシピ」で監督。30歳。
2012年2月10日
奥野 僚右(おくの・りょうすけ) 1968年(昭和43年)京都市生まれ。早大卒後93年に鹿島アントラーズに加入、センターバックとして90年代後半の鹿島黄金期を支えた。2002年に選手兼監督としてザスパ草津に移籍、チームを群馬1部リーグから日本フットボールリーグ(JFL)に昇格させた実績を持つ。04年から鹿島コーチに就任、強豪クラブの戦術を学んできた。山形へは奥さんとお子さん3人とともに移り住む予定。43歳。
2012年1月27日
矢野 秀弥(やの・ひでや) 1952年(昭和27年)山形市生まれ。山形東高から慶応大経済学部に進み、76年卒業後、岩手の小売り会社を経て80年に家業の山形丸魚入社。常務、専務を経て2006年に社長就任。07年からは山形商工会議所副会頭も務める。59歳。山形丸魚は水産物卸商としては県内最大で年間売上高は約240億円。
2011年12月23日
板垣 和幸(いたがき・かずゆき) 1975年(昭和50年)山形市生まれ。東海大山形高卒業後、食品スーパーなどを経て25歳で結婚し、奥さんの実家の板垣養鶏場(寒河江市)へ。奥さん、義母の3人で明治から続く老舗を切り盛りする。36歳。
2011年12月9日
斯波正樹(しば・まさき) 1986年(昭和61年)東京都生まれ。Uターンした両親とともに9歳の時に蔵王温泉に移り住みスノーボードを始める。蔵王一中時代にジュニア世界選手権で優勝して五輪を志し、山形南高校卒業後の2005年にカナダ留学。バンクーバー五輪代表の座は最終選考で逃すが、現在は各国で開催されるワールドカップ(W杯)を転戦して14年のソチ五輪出場を見据える。25歳。
2011年11月11日
晋道 純一(しんどう・じゅんいち) 1952年(昭和27年)中山町生まれ。日大山形高校を卒業後、山形市内の包装資材販売会社へ。87年に独立し、山形市上町に同業の「(有)進和」を設立して社長に。94年に上山市蔵王の森に本社を移転、96年に株式会社「進和ラベル印刷」に組織・社名変更。社業の傍ら倫理法人会活動にも精力を傾注、蔵王倫理法人会、上山倫理法人会の設立に携わって初代会長を務めたほか、現在は山形県倫理法人会の幹事長。59歳。
2011年10月28日
中村 松太郎(なかむら・まつたろう) 1928年(昭和3年)山形市生まれ。旧制山形第二中学(現在の山形南高校)から東北薬科大学に進み、同大卒業後、22歳で明治10年創業の萬屋薬局の3代目社長に就任。70年に県内初の調剤薬局「山形調剤薬局」を春日町にオープンしたのを皮切りに店舗網を拡大、現在は10店を構える。83歳。
2011年10月14日
笹川 五十次(ささがわ・いそじ) 1958年(昭和33年)富山市生まれ。富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業後、95年からHawaii州立大学医学部で「雄性細胞の核移植(不妊治療)」について研究。2002年に「男子外性器異常の発症における分子生物学的解析」で「とやま賞」受賞。山形大学医学部助手などを経て04年に山形徳洲会病院副院長に就任、08年から現職。53歳。
2011年9月23日
鎌田 薫(かまた・かおる) 1948年(昭和23年)静岡県出身。70年早大法学部卒業後、修士課程、博士課程を経て73年に同大法学部助手、78年助教授、83年教授。2005年大学院法務研究科長。中央教育審議会の法科大学院特別委員会委員なども務める。10年11月から現職。63歳。
2011年9月9日
早坂 功(はやさか・いさお) 1942年(昭和17年)山形市生まれ。山形東高から東京教育大学(現在の筑波大学)教育学部芸術学科に進み、卒業後、岩手大学で7年間助手、講師を務める。山形大学に移り17年間講師、助教授を務め、92年に開学した東北芸術工科大学の教授に就任。昨年3月に退職するまでプロダクトデザイン教育に携わる。現在は同大名誉教授。69歳。
2011年8月26日