徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

矢萩 長兵衛(やはぎ・ちょうべえ) 1947年(昭和22年)天童市生まれ。村山農業高校卒業後、江戸時代末期の文久元年(1861年)創業の天童市の老舗そば店「水車生そば」の5代目当主に。約30年前、そばの材料をベースにした独自のラーメン「鳥中華」を考案、鳥中華は今では山形のご当地ラーメンとして全国から注目を浴びる。天童市麺類食堂組合組合長、山形県麺類飲食生活衛生同業組合理事長も務める。66歳。
2014年2月14日
渡部 有(わたなべ・なお) 1998年(昭和63年)旧余目町(現在の庄内町)生まれ。酒田東高から大妻女子大比較文化学部に進学、大学4年の時、読売巨人軍のマスコットガール「チームヴィーナス」メンバーに。卒業後の2010年テレビュー山形(TUY)にアナウンサーとして入社。担当は土曜午後4時54分から放送される情報バラエティ番組「どよまん」。25歳。
2014年1月24日
石﨑 信弘(いしざき・のぶひろ) 1958年(昭和33年)広島市生まれ。広島工高、東京農大、東芝でDFとしてプレー。95~98年にNEC山形(後のモンテディオ山形)を率いて監督人生をスタート、以後J2最多の372試合で指揮をとり、最多の192勝を挙げる。2006年に柏、11年には札幌のJ1昇格を果たし「昇格請負人」の称号も。昨年は中国・杭州緑城U-18の監督を務めた。55歳。
2014年1月10日
結城 章夫(ゆうき・あきお) 1948年(昭和23年)村山市生まれ。山形東高から東大工学部に進み、卒業後の71年、科学技術庁に入庁。主に原子力安全や研究開発行政に携わり、中央省庁再編で文部科学省発足後は初代大臣官房長、文部科学審議官を経て2005年1月、旧科学技術庁出身者では初の事務次官に。07年7月退任、同年9月から現職。教養教育の充実や重粒子線がん治療施設の誘致などに道筋をつけ、来年3月31日に任期満了で退任予定。65歳。
2013年12月27日
奥村 展征(おくむら・のぶゆき)1995年(平成7年)滋賀県湖南市生まれ。小学1年から野球を始め、中学時代は草津リトルシニア・パンサーズで活躍。父親で滋賀県立甲西高野球部監督の伸一氏の勧めもあり、伸一氏が社会人野球のプリンスホテルで共にプレーした荒木準也氏が野球部監督を務める日大山形高へ。1年春からレギュラー、今夏の甲子園では主将として県勢初の4強入りを果たす。10月のドラフト会議で巨人に4位指名されプロの道に。177センチ、72キロ。右投げ左打ち。18歳。
2013年12月13日
戸澤 勉(とざわ・つとむ) 1966年(昭和41年)茨城県笠間市生まれ。高校から始めたバレーを日大進学後も続け、卒業後、母校を含む3つの高校で約20年間コーチや監督を務め全国高校総体準優勝なども経験。2011年プレミアリーグのデンソーのコーチに。12年8月コーチとしてパイオニアに加わり、退任した宮下直樹前監督の後任として今年6月1日付でパイオニア監督に就任。奥さんと長男(高3)、長女(中3)を愛知県岡崎市に残して天童市で単身赴任生活を送る。47歳。
2013年11月22日
角屋 由美子(すみや・ゆみこ) 1959年(昭和34年)米沢市生まれ。国学院大学文学部史学科卒業後、地元に戻り小中学校の非常勤講師などを経て米沢市上杉博物館の学芸員に。米沢藩史研究の第一人者とされ、これまでの間、越後国絵図、長尾上杉氏印章などの重要文化財指定、洛中洛外図と上杉家文書の国宝指定などに携わる。
2013年11月8日
齋野 國昭(さいの・くにあき) 1944年(昭和19年)上山市生まれ。山形商業卒業後、山形市内の酒類卸を経て家業の酒類卸「斎野酒店」入社。70年父親の死去に伴い25歳で社長就任。81年社名を「そめこや本店」に改称、90年からコンビニエンスストアの展開を始め、現在は上山市と山形市でセブンイレブンを4店展開。2011年社長を息子の国誉氏に譲り自らは会長に。12年5月、上山商工会7代目会長に就任。69歳。
2013年10月25日
早坂 孝(はやさか・たかし) 1946年(昭和21年)山形市生まれ。山形商業でレスリング部に所属、東北大会優勝や全国高校総体3位に輝く。卒業後は母校の外部コーチに招かれ、べにばな国体の開催を翌年に控えた91年に成年監督就任(~2003年)。退任後の05年、山形市体育協会会長、山形県体育協会副会長に。日本社会人レスリング連盟会長も務め、11年から現職も兼ねる。12年に県教育功労賞受賞。67歳。
2013年9月27日
荒木準也(あらき・じゅんや) 1971年(昭和46年)寒河江市生まれ。陵南中学から日大山形校に進み、88年夏に外野手として甲子園出場。卒業後、東北福祉大、プリンスホテルで野球を続け、アトランタ五輪日本代表の最終候補にも。プリンス野球部が解散する2000年に郷里に戻り家業の鋼材リサイクル会社へ。02年から現職。06年夏に県勢初の甲子園8強入り、13年夏に4強入りを果たす。41歳。
2013年9月13日
横山 林沙(よこやま・りさ) 1991年(平成3年)山形市生まれ。山大附属幼稚園、同小、同中、山形西高を経て現在は青山学院大文学部フランス文学科4年。今年1月、約3000人の応募者の中から5人の「ミス日本」に選ばれる。趣味は読書、神社仏閣めぐり。県内ではきらやか銀行のイメージガールも務めている。22歳。
2013年8月23日
トモ:本名・石澤智幸(いしざわ・ともゆき) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山大附属幼稚園、同小、同中を経て日大山形高から日大芸術学部演劇学科へ。卒業後、歌手やお笑いタレントとして活動を始め、98年に大学時代に知り合った滋賀県出身の中本哲也さん(テツ)とお笑いコンビ「テツandトモ」を結成。赤と青のジャージを着て連呼する「なんでだろ~」は一世を風靡し、2003年の流行語大賞にも選ばれた。43歳。
2013年8月9日
大江 文彦(おおえ・ふみひこ) 1975年(昭和50年)天童市生まれ。日大山形高校中退後、塗装会社での修業を経て20歳で塗装業の大堀興業を設立、2001年にリフォームや店舗の内装なども手掛けるオオホリ建託(山形市)に改組して社長に。県内や仙台で居酒屋「和楽」「亀円」「焔蔵」「大黒」など8店の展開も。38歳。
2013年7月26日
髙橋倫子(たかはし・りんこ) 1991年(平成3年)山形市生まれ。山形北高卒業後、伊藤吉明公認会計士事務所(山形市)に就職して4年目。6月15日、8月5日~7日に開催される山形花笠まつりを盛り上げる「ミス花笠」4人の1人に選ばれる。22歳。
2013年7月12日
長岡幹夫(ながおか・みきお) 1931年(昭和6年)山形市生まれ。山大教育学部を卒業後、県内各地の中学校で英語教師を務め、93年に母校の鈴川小の教諭を最後に退職。鈴川郷土研究会には75年から名を連ね、2007年から事務局長を務める。82歳。同研究会は会員数180人と市内の郷土(史)研究会では最大で、年3回の会報発行、歴史マップの作成など幅広く活動している。
2013年6月28日
志鎌 直人(しかま・なおと) 1963年(昭和38年)山形市生まれ。日大山形高校、専修大経済学部を経て仙台市の食品スーパー・エンドーチェーン(現在の西友)へ。5年後の91年に山形に戻り、家業でお茶の製造・販売を手掛ける志鎌園に入社。営業本部長、常務を経て現職。高校時代はサッカー部で活躍し、高校選手権初戦突破、インターハイ2回戦突破などに貢献。49歳。
2013年6月14日
高橋 健二(たかはし・けんじ) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。日大山形高時代の87年、全国高校サッカー選手権で県勢初のベスト16入りに貢献、大会優秀選手に選ばれる。国士舘大学に進み、アルゼンチンへの留学を経てジャパンフットボールリーグ(JFL)への昇格を決めたばかりのNEC山形(現在のモンテディオ山形)へ。2006年の引退まで13年間をモンテ一筋でプレー、「ミスター・モンテディオ」の愛称で親しまれた。08年にはクラブ運営に携わり、09年からモンテアカデミーでコーチを務め、12年から現職。42歳。
2013年5月24日
柴田 徹(しばた・とおる) 1968年(昭和43年)山形市生まれ。山形東高、東北大文学部卒業後、90年NHK入局。アナウンサーとして青森、仙台、神戸、名古屋、東京での勤務を経て放送部副部長として2006年6月NHK山形放送局へ。翌年1月、自らの発案で山形弁だけで最後まで通すバラエティ番組「今夜はなまらナイト」を県内のラジオ第1で放送したところ絶賛の嵐。「なまらナイト」は総合テレビでも放送される人気番組になり、月1回のラジオを含め過去からの全番組の企画、進行役を務める。愛称「親方」。45歳。
2013年5月10日
山口 敦史(やまぐち・あつし)1971年(昭和46年)天童市生まれ。山形南高、専修大経営学部を経て94年に家業「ほほえみの宿・滝の湯」へ。2001年常務、07年専務。これまでに全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部副部長、天童商工会議所青年部会長、山形県商工会議所青年部連合会副会長、東北ブロック商工会議所青年部連合会副会長なども歴任。4月25日に全旅連青年部長に就任。41歳。
2013年4月26日
朝倉 さや(あさくら・さや)1992年(平成4年)山形市生まれ。小学2年から民謡、小学4年から三味線を習い、小学6年と中学2年の時に「民謡民舞少年少女全国大会」で2度の優勝を果たすなど数々の賞を総ナメ。山形商業高校を卒業後、上京して歌手を目指し、今年1月にテレビ朝日系列で放送された「あの名曲を方言で熱唱!新春全日本なまりうたトーナメント」に出演して人気に。20歳。
2013年4月12日
児珠 藍(こだま・あい) 1984年(昭和59年)朝日町生まれ。山辺高専攻科(衛生看護)卒業後、千葉県にある順天堂大医学部付属病院の看護師に。2年後テレビで見たトリノ五輪スノーボードクロス競技に触発され、新潟県のウインタースポーツ専門学校に入校、2年半でプロ資格取得。夏場は山形市で看護師として働きながら来年のソチ五輪出場を目指して国内最高レベルの戦いを続けている。28歳。
2013年3月8日
峯田 季志(みねた・ひでじ) 1951年(昭和26年)山辺町生まれ。山形工業を卒業後、パナソニックショップ(旧ナショナルショップ)の後継者育成を目指す松下幸之助商学院へ。71年に家業の峯田電器入社、91年から社長。県電機商業組合理事長、県パナソニックショップ連合会会長などのほか山辺町商工会会長なども務める。61歳。長男はミュージシャンで俳優の峯田和伸さん。
2013年2月8日
片桐 繁雄(かたぎり・しげお) 1933年(昭和8年)山形市長谷堂生まれ。山大教育学部卒業後、県内の小中学校で教師や校長を務め、定年後は最上義光歴史館事務局長や上山市立図書館館長を務めながら最上義光研究を続ける。2009年「最上義光の風景」を上梓するなど斯界の第一人者。79歳。
2013年1月25日
阿部 昭次郎(あべ・しょうじろう) 1946年(昭和21年)山形市生まれ。山形商業卒業後、仙台市の百貨店・丸光(現在のさくら野百貨店)へ。3年間勤めた後、家業で1910年(明治43年)創業の仕出し料理店「エビスヤ楓味堂」へ。90年から社長。66歳。
2012年12月28日
長澤 豊(ながさわ・ゆたか) 1950年(昭和25年)山形市生まれ。上山農業高校(現在の上山明新館高校)から東京農業大学に進み、卒業後2年間、母校の上山農高で講師を務めた後、家業のブドウ農園を継ぐ。84年本沢農協理事。97年、本沢農協など山形市周辺の2市2町の農協が合併して誕生したJAやまがたの理事就任。常務、専務を経て2010年6月に組合長。12年6月、JA中央会、JA全農、JAバンク、JA共済連、JA農工連の県組織トップ「5連会長」に。62歳。
2012年11月23日
鈴木 吉徳(すずき・よしのり) 1962年(昭和37年)山形市生まれ。山形東高から一橋大商卒後、商工組合中央金庫(商工中金)入社。盛岡支店などを経て92年に退社、家業の山形トヨタ取締役就任。この間、慶大大学院でMBA(経営学修士)を取得し、95年から現職。県自動車販売店協会連合会(自販連)会長なども務める。50歳。
2012年11月9日
髙木 康典(たかき・やすのり) 1971年(昭和46年)河北町生まれ。日大山形高校から東北電子専門学校(仙台市)に進み、医薬品卸会社(同)を経て95年に家業の食品スーパー「たかき」へ。常務を経て2010年に社長就任。41歳。たかきは1900年創業の個人商店が前身で株式会社に移行したのは72年。河北町溝延、天童市交り江、寒河江市元町で食品スーパーを展開しており、直近の売上高は24億8000万円。
2012年10月26日
熊谷 勇(くまがい・いさむ) 1935年(昭和10年)大石田町生まれ。大石田高校(現在の北村山高校)卒業後、山形交通を経て69年に第一タクシーの設立に参画し、2000年から社長に。第一タクシーの保有車両は現在16台。このほか保有台数15台の蔵王タクシー、整備会社の山形モーターサービスの社長も兼任。県ハイヤー協会会長には2010年5月に就任、現在2期目。76歳。
2012年10月12日
山口美香(やまぐち・みか) 1971年(昭和46年)東京都足立区生まれ。東京で会社勤めをしていた父親がUターンして青果商「グリーンショップはらだ」を創業するのに伴い5歳で山形市に移り住み、上山高校(現在の上山明新館高校)卒業後、地元銀行などを経て93年家業に。2008年に日本野菜ソムリエ協会(東京)が認定する「ジュニア野菜ソムリエ(初級)」、09年「野菜ソムリエ(中級)」、今年7月に県内初となる「シニア野菜ソムリエ(上級)」に合格。40歳。
2012年9月28日
辻エイ子(つじ・えいこ) 1956年(昭和31年)福島県郡山市生まれ。県立安積女子高(現在の安積黎明高)卒業後、米ユタ州が本校のブリガムヤング大学ハワイ校へ。ハワイで2年、ユタで3年半の留学生活を経て帰国、郡山市でフラダンスを教えるようになり、94年には山形市にも「Hula Honi Ke Aloha(辻フラスクール)」を開校。仙台市にも教室があり、福島、山形、宮城で生徒数は延べ1000人に及ぶ。56歳。
2012年9月14日