徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

山岸 範宏(やまぎし・のりひろ) 1978年(昭和53年)埼玉県熊谷市生まれ。熊谷高校から中京大学に進み、卒業後の2001年浦和レッズ入団。同クラブには14年在籍し、正GKとしてリーグ優勝などに貢献、06年には日本代表にも選ばれる。14年6月出場機会を求め、新天地の山形に期限付き移籍。GKとしてだけでなくゲームキャプテンとしても選手たちを牽引し、J1昇格、天皇杯準優勝の立役者となった。185センチ、88キロ、36歳。
2014年12月26日
那須 丈雄(なす・たけお) 1977年(昭和52年)長井市生まれ。長井北中、長井高から日本眼鏡専門学校(東京)へ。卒業後、東京都内の眼鏡店勤務を経て25歳の時にUターン、家業で48年創業の眼鏡店・金栄堂へ。自らのスポーツ体験をいかしてスポーツ用眼鏡、スポーツ用サングラスの品ぞろえ強化に努め、「まちのメガネ屋」だった同社は斯界では全国でも知られる存在に。家族は妻と3人の子。37歳。
2014年12月12日
横山 雄哉(よこやま・ゆうや) 1994年(平成6年)中山町出身。長崎小2年から野球を始め、中山中を経て山形中央高へ。1年春からベンチ入りし、2年の春夏にエースとして2度甲子園に出場するも、いずれも初戦敗退。3年時にプロ志望届を提出するもドラフト指名されず、新日鉄住金鹿島へ。3年目の今年は最速147キロの直球を武器にエースとして活躍、11月の21U(21歳以下)ワールドカップ日本代表にも選ばれ、日本の準優勝にも貢献。10月23日のドラフト会議で阪神が1位指名。183センチ、85キロ。左投左打。20歳。
2014年11月28日
石川 直也(いしかわ・なおや) 1996年(平成8年)旧・余目町(現・庄内町)生まれ。小3で野球を始め、余目中では軟式野球部で投手として東北大会に出場、「みちのくのダルビッシュ」と称された。山形中央では1年からベンチ入り。2013年春の甲子園では2試合に登板、今夏の甲子園では3試合に登板し、自己・大会最速の148キロを記録した。10月のプロ野球ドラフト会議で日本ハムが4位指名、11月10日に入団仮契約。191センチ、78キロ。右投右打。18歳。
2014年11月14日
佐藤 友紀(さとう・とものり) 1964年(昭和39年)天童市生まれ。山形商業卒業後、名古屋市、東京での会社勤めを経て92年にUターン、実家の「米の百萬石」へ。94年、父親の佐藤清治氏が創業した大判焼き製造・販売の「あじまん」入社。翌95年、父親の急逝に伴い30歳で社長就任。49歳。
2014年10月24日
大浦 正人(おおうら・まさと) 1956年(昭和31年)高畠町生まれ。高畠高校から国際商科大学商学部に進み、卒業後の78年たいようパン(高畠町)入社。主に営業畑を歩み、1994年常務、2013年から社長。58歳。
2014年10月10日
田中 幸(たなか・さち) 1988年(昭和63年)山形市出身。小学校5年生からマラソンを始め、市立6中では全国中学校駅伝に出場。山形城北高時代はジュニアオリンピック陸上競技大会で5位入賞、全国高校駅伝と全国都道府県対抗女子駅伝に3度出場。順天堂大卒業後の2010年、山形市に帰郷し山形県スポーツ振興21世紀協会へ。12年には陸上のアジア選手権大会に日本代表として出場経験も。150センチ、26歳。
2014年9月26日
ミッチーチェン 本名・大江通成(おおえ・みちなり)。1977年(昭和52年)天童市生まれ。日大山形高から帝京大文学部へ。同大卒業後、4年間のニート生活を経て家業の陶器販売業「陶美苑」(天童市)に入社。2008年、吉本興業主催のピン芸人コンクール「R-1ぐらんぷり」に出場したのを機に“ご当地芸人”としての活動も開始、コント、ものまね、司会業などをこなす。37歳。
2014年9月12日
花輪 敏男(はなわ・としお) 1950年(昭和25年)天童市生まれ。寒河江高から山大教育学部に進み障害者教育を専攻。公立小学校教諭、指導主事、教頭を経て2000年から04年まで国立特殊教育総合研究所情緒障害教育研究室室長を務める。その後、上山高等養護学校校長、山形聾学校校長などを経て退職後、10年に発達障害や不登校等について調査・研究・相談を行うFR教育臨床研究所(天童市)を立ち上げる。64歳。
2014年8月22日
矢野 佳伸(やの・よしのぶ) 1940年(昭和15年)山形市生まれ。山形東高から山大文理学部に進み、卒業後の63年に第一貨物入社。同社常務を経て2006年東北第一物流社長、11年会長。12年5月に約380社が加盟する山形県トラック協会会長に就任、現在2期目。74歳。
2014年8月8日
深町 秋生(ふかまち・あきお) 1975年(昭和50年)南陽市生まれ。山形中央高から専修大経済学部に進み、卒業後の99年協同薬品工業(長井市)入社。会社勤めの傍ら山形新聞の「山新文学賞」への投稿を続け、2004年「果てしなき渇き」で第3回「このミステリーがすごい!」大賞受賞。同作は50万部突破のベストセラーになり、中島哲也監督により「渇き。」のタイトルで映画化され現在公開中。08年協同薬品を退社して専業作家になり、「組織犯罪対策課八神瑛子シリーズ」は累計40万部を突破。山辺町在住、38歳。
2014年7月25日
金澤 愛実(かなざわ・まなみ) 1993年(平成5年)山形市銅町生まれ。山形北高から山大人文学部に進み、現在3年に在学中。6月28日、8月の山形花笠まつりを盛り上げる「ミス花笠」4人の1人に選ばれる。20歳。
2014年7月11日
笑福亭 笑助(しょうふくてい・しょうすけ) 1976年(昭和51年)大阪府八尾市生まれ。小学校時代からお笑いタレントや落語家に憧れ、国立奈良工業高等専門学校を3年で修了して20歳の時に上京、笑福亭笑瓶に弟子入り。本格的に落語に傾斜するのは25歳からで、持ちネタは古典、新作合わせて60席以上。吉本興業が2011年から始めた「あなたの街に住みますプロジェクト」の一環で、4月から「東北住みます落語家」として山形市を拠点に活動中。37歳。
2014年6月27日
土居 聖真(どい・しょうま) 1992年(平成4年)山形市八日町生まれ。長崎小学校(中山町)を卒業後、鹿島アントラーズジュニアユース、同ユースを経て2011年にトップチームに昇格。2013年夏からレギュラーに定着、9月21日のジュビロ磐田戦でプロ初ゴールを決める。14年、大迫勇也選手の海外移籍に伴いトップ下(いわゆる司令塔)のポジションを務め、これまで4得点。22歳。
2014年6月13日
小山 清人(こやま・きよひと) 1949年(昭和24年)和歌山県すさみ町生まれ。和歌山県立田辺高校から山大工学部繊維工業科に進み、同大大学院修士課程を修了し74年工学部助手、92年教授。2004年~07年に工学部長、07年~今年3月に理事・副学長を務め、4月1日に学長就任。65歳。
2014年5月23日
工藤 あやの(くどう・あやの)本名・工藤綾乃。1994年(平成6年)山形市生まれ。歌手だった母・郁子さんの影響で子どものころから民謡に親しみ、県民謡王座決定大会少年少女の部で2度優勝、「NHKのど自慢」ではチャンピオンに。上山明新館高校1年の時に作曲家の弦哲也さんが行った新人歌手発掘オーディションで初代大賞に輝き、高校卒業を機に歌手を目指して上京。1月29日、「さくらんぼ 恋しんぼ」で歌手デビュー。5月7日が20歳の誕生日。
2014年5月9日
鈴木 豊喜芳(すずき・ほうきほう)本名・鈴木芳子(すずき・よしこ) 1948年山形市生まれ。父親の転勤で3歳の時に広島市に移り住み、広島市内の高校を卒業後、家族で山形市に戻る。母親(山形県民踊協会の鈴木豊喜与会長)のもとで踊りの研鑽を積み、名取、準師範を経て師範、県民踊協会副会長に。日本民踊研究会山形県支部長、山形市レクリエーション協会副会長なども務める。65歳。
2014年4月25日
佐藤 正宏(さとう・まさひろ) 1958年(昭和33年)天童市生まれ、日大山形高から日大法学部へ。2年で中退、劇団ヴォードヴィルショーを経て84年、喰始、久本雅美、柴田理恵らとともにWAHAHA本舗を設立し、2009年まで25年間にわたり座長を務めた。舞台、映画、テレビなどで活躍、4月からはさくらんぼテレビの新番組「昼ドキ!TV やまがたチョイす」(土曜昼12時放送)に出演中。55歳。
2014年4月11日
佐野 宏美(さの・ひろみ) 1957年(昭和32年)天童市生まれ。日大山形高から日大法学部に進み、卒業後の81年、家業の酒類小売業「さのや」入社。84年専務、2008年社長。同年、天童市内の11商店街を束ねる天童市商店街連合会会長と天童商工会議所商業部会会長に就任し、現在3期目。56歳。
2014年3月28日
福島 弘己(ふくしま・ひろみ) 1957年(昭和32年)福島県南相馬市生まれ。2008年、50歳の時に地元農協を脱サラし奥さんと2人で園芸会社を起業。年商1億円までこぎつけた矢先の11年3月11日、震災で会社は津波に流され、2日後に南陽市に避難。6月、失った会社と同名の「ガーデン四季」を上山市中山に設立、同地に住所も移し再起を目指して奮闘中。56歳。
2014年3月14日
安部 英子(あべ・えいこ) 1935年(昭和10年)大石田町の旧家の長女として生まれ、地元高校を卒業して山形大の事務職員に。昭和40年代から最上川流域の旧家を訪ねて蔵に埋もれた雛人形の公開を呼び掛ける「開箱運動」を始め、これが契機になって今では県内ほぼすべての市町村で雛飾りが公開されるように。山形市在住。県芸術文化協会名誉会員、市芸術文化協会常任理事も務める。78歳。
2014年2月28日
矢萩 長兵衛(やはぎ・ちょうべえ) 1947年(昭和22年)天童市生まれ。村山農業高校卒業後、江戸時代末期の文久元年(1861年)創業の天童市の老舗そば店「水車生そば」の5代目当主に。約30年前、そばの材料をベースにした独自のラーメン「鳥中華」を考案、鳥中華は今では山形のご当地ラーメンとして全国から注目を浴びる。天童市麺類食堂組合組合長、山形県麺類飲食生活衛生同業組合理事長も務める。66歳。
2014年2月14日
渡部 有(わたなべ・なお) 1998年(昭和63年)旧余目町(現在の庄内町)生まれ。酒田東高から大妻女子大比較文化学部に進学、大学4年の時、読売巨人軍のマスコットガール「チームヴィーナス」メンバーに。卒業後の2010年テレビュー山形(TUY)にアナウンサーとして入社。担当は土曜午後4時54分から放送される情報バラエティ番組「どよまん」。25歳。
2014年1月24日
石﨑 信弘(いしざき・のぶひろ) 1958年(昭和33年)広島市生まれ。広島工高、東京農大、東芝でDFとしてプレー。95~98年にNEC山形(後のモンテディオ山形)を率いて監督人生をスタート、以後J2最多の372試合で指揮をとり、最多の192勝を挙げる。2006年に柏、11年には札幌のJ1昇格を果たし「昇格請負人」の称号も。昨年は中国・杭州緑城U-18の監督を務めた。55歳。
2014年1月10日
結城 章夫(ゆうき・あきお) 1948年(昭和23年)村山市生まれ。山形東高から東大工学部に進み、卒業後の71年、科学技術庁に入庁。主に原子力安全や研究開発行政に携わり、中央省庁再編で文部科学省発足後は初代大臣官房長、文部科学審議官を経て2005年1月、旧科学技術庁出身者では初の事務次官に。07年7月退任、同年9月から現職。教養教育の充実や重粒子線がん治療施設の誘致などに道筋をつけ、来年3月31日に任期満了で退任予定。65歳。
2013年12月27日
奥村 展征(おくむら・のぶゆき)1995年(平成7年)滋賀県湖南市生まれ。小学1年から野球を始め、中学時代は草津リトルシニア・パンサーズで活躍。父親で滋賀県立甲西高野球部監督の伸一氏の勧めもあり、伸一氏が社会人野球のプリンスホテルで共にプレーした荒木準也氏が野球部監督を務める日大山形高へ。1年春からレギュラー、今夏の甲子園では主将として県勢初の4強入りを果たす。10月のドラフト会議で巨人に4位指名されプロの道に。177センチ、72キロ。右投げ左打ち。18歳。
2013年12月13日
戸澤 勉(とざわ・つとむ) 1966年(昭和41年)茨城県笠間市生まれ。高校から始めたバレーを日大進学後も続け、卒業後、母校を含む3つの高校で約20年間コーチや監督を務め全国高校総体準優勝なども経験。2011年プレミアリーグのデンソーのコーチに。12年8月コーチとしてパイオニアに加わり、退任した宮下直樹前監督の後任として今年6月1日付でパイオニア監督に就任。奥さんと長男(高3)、長女(中3)を愛知県岡崎市に残して天童市で単身赴任生活を送る。47歳。
2013年11月22日
角屋 由美子(すみや・ゆみこ) 1959年(昭和34年)米沢市生まれ。国学院大学文学部史学科卒業後、地元に戻り小中学校の非常勤講師などを経て米沢市上杉博物館の学芸員に。米沢藩史研究の第一人者とされ、これまでの間、越後国絵図、長尾上杉氏印章などの重要文化財指定、洛中洛外図と上杉家文書の国宝指定などに携わる。
2013年11月8日
齋野 國昭(さいの・くにあき) 1944年(昭和19年)上山市生まれ。山形商業卒業後、山形市内の酒類卸を経て家業の酒類卸「斎野酒店」入社。70年父親の死去に伴い25歳で社長就任。81年社名を「そめこや本店」に改称、90年からコンビニエンスストアの展開を始め、現在は上山市と山形市でセブンイレブンを4店展開。2011年社長を息子の国誉氏に譲り自らは会長に。12年5月、上山商工会7代目会長に就任。69歳。
2013年10月25日
早坂 孝(はやさか・たかし) 1946年(昭和21年)山形市生まれ。山形商業でレスリング部に所属、東北大会優勝や全国高校総体3位に輝く。卒業後は母校の外部コーチに招かれ、べにばな国体の開催を翌年に控えた91年に成年監督就任(~2003年)。退任後の05年、山形市体育協会会長、山形県体育協会副会長に。日本社会人レスリング連盟会長も務め、11年から現職も兼ねる。12年に県教育功労賞受賞。67歳。
2013年9月27日