徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

土居 聖真(どい・しょうま) 1992年(平成4年)山形市八日町生まれ。長崎小学校(中山町)を卒業後、鹿島アントラーズジュニアユース、同ユースを経て2011年にトップチームに昇格。2013年夏からレギュラーに定着、9月21日のジュビロ磐田戦でプロ初ゴールを決める。14年、大迫勇也選手の海外移籍に伴いトップ下(いわゆる司令塔)のポジションを務め、これまで4得点。22歳。
2014年6月13日
小山 清人(こやま・きよひと) 1949年(昭和24年)和歌山県すさみ町生まれ。和歌山県立田辺高校から山大工学部繊維工業科に進み、同大大学院修士課程を修了し74年工学部助手、92年教授。2004年~07年に工学部長、07年~今年3月に理事・副学長を務め、4月1日に学長就任。65歳。
2014年5月23日
工藤 あやの(くどう・あやの)本名・工藤綾乃。1994年(平成6年)山形市生まれ。歌手だった母・郁子さんの影響で子どものころから民謡に親しみ、県民謡王座決定大会少年少女の部で2度優勝、「NHKのど自慢」ではチャンピオンに。上山明新館高校1年の時に作曲家の弦哲也さんが行った新人歌手発掘オーディションで初代大賞に輝き、高校卒業を機に歌手を目指して上京。1月29日、「さくらんぼ 恋しんぼ」で歌手デビュー。5月7日が20歳の誕生日。
2014年5月9日
鈴木 豊喜芳(すずき・ほうきほう)本名・鈴木芳子(すずき・よしこ) 1948年山形市生まれ。父親の転勤で3歳の時に広島市に移り住み、広島市内の高校を卒業後、家族で山形市に戻る。母親(山形県民踊協会の鈴木豊喜与会長)のもとで踊りの研鑽を積み、名取、準師範を経て師範、県民踊協会副会長に。日本民踊研究会山形県支部長、山形市レクリエーション協会副会長なども務める。65歳。
2014年4月25日
佐藤 正宏(さとう・まさひろ) 1958年(昭和33年)天童市生まれ、日大山形高から日大法学部へ。2年で中退、劇団ヴォードヴィルショーを経て84年、喰始、久本雅美、柴田理恵らとともにWAHAHA本舗を設立し、2009年まで25年間にわたり座長を務めた。舞台、映画、テレビなどで活躍、4月からはさくらんぼテレビの新番組「昼ドキ!TV やまがたチョイす」(土曜昼12時放送)に出演中。55歳。
2014年4月11日
佐野 宏美(さの・ひろみ) 1957年(昭和32年)天童市生まれ。日大山形高から日大法学部に進み、卒業後の81年、家業の酒類小売業「さのや」入社。84年専務、2008年社長。同年、天童市内の11商店街を束ねる天童市商店街連合会会長と天童商工会議所商業部会会長に就任し、現在3期目。56歳。
2014年3月28日
福島 弘己(ふくしま・ひろみ) 1957年(昭和32年)福島県南相馬市生まれ。2008年、50歳の時に地元農協を脱サラし奥さんと2人で園芸会社を起業。年商1億円までこぎつけた矢先の11年3月11日、震災で会社は津波に流され、2日後に南陽市に避難。6月、失った会社と同名の「ガーデン四季」を上山市中山に設立、同地に住所も移し再起を目指して奮闘中。56歳。
2014年3月14日
安部 英子(あべ・えいこ) 1935年(昭和10年)大石田町の旧家の長女として生まれ、地元高校を卒業して山形大の事務職員に。昭和40年代から最上川流域の旧家を訪ねて蔵に埋もれた雛人形の公開を呼び掛ける「開箱運動」を始め、これが契機になって今では県内ほぼすべての市町村で雛飾りが公開されるように。山形市在住。県芸術文化協会名誉会員、市芸術文化協会常任理事も務める。78歳。
2014年2月28日
矢萩 長兵衛(やはぎ・ちょうべえ) 1947年(昭和22年)天童市生まれ。村山農業高校卒業後、江戸時代末期の文久元年(1861年)創業の天童市の老舗そば店「水車生そば」の5代目当主に。約30年前、そばの材料をベースにした独自のラーメン「鳥中華」を考案、鳥中華は今では山形のご当地ラーメンとして全国から注目を浴びる。天童市麺類食堂組合組合長、山形県麺類飲食生活衛生同業組合理事長も務める。66歳。
2014年2月14日
渡部 有(わたなべ・なお) 1998年(昭和63年)旧余目町(現在の庄内町)生まれ。酒田東高から大妻女子大比較文化学部に進学、大学4年の時、読売巨人軍のマスコットガール「チームヴィーナス」メンバーに。卒業後の2010年テレビュー山形(TUY)にアナウンサーとして入社。担当は土曜午後4時54分から放送される情報バラエティ番組「どよまん」。25歳。
2014年1月24日
石﨑 信弘(いしざき・のぶひろ) 1958年(昭和33年)広島市生まれ。広島工高、東京農大、東芝でDFとしてプレー。95~98年にNEC山形(後のモンテディオ山形)を率いて監督人生をスタート、以後J2最多の372試合で指揮をとり、最多の192勝を挙げる。2006年に柏、11年には札幌のJ1昇格を果たし「昇格請負人」の称号も。昨年は中国・杭州緑城U-18の監督を務めた。55歳。
2014年1月10日
結城 章夫(ゆうき・あきお) 1948年(昭和23年)村山市生まれ。山形東高から東大工学部に進み、卒業後の71年、科学技術庁に入庁。主に原子力安全や研究開発行政に携わり、中央省庁再編で文部科学省発足後は初代大臣官房長、文部科学審議官を経て2005年1月、旧科学技術庁出身者では初の事務次官に。07年7月退任、同年9月から現職。教養教育の充実や重粒子線がん治療施設の誘致などに道筋をつけ、来年3月31日に任期満了で退任予定。65歳。
2013年12月27日
奥村 展征(おくむら・のぶゆき)1995年(平成7年)滋賀県湖南市生まれ。小学1年から野球を始め、中学時代は草津リトルシニア・パンサーズで活躍。父親で滋賀県立甲西高野球部監督の伸一氏の勧めもあり、伸一氏が社会人野球のプリンスホテルで共にプレーした荒木準也氏が野球部監督を務める日大山形高へ。1年春からレギュラー、今夏の甲子園では主将として県勢初の4強入りを果たす。10月のドラフト会議で巨人に4位指名されプロの道に。177センチ、72キロ。右投げ左打ち。18歳。
2013年12月13日
戸澤 勉(とざわ・つとむ) 1966年(昭和41年)茨城県笠間市生まれ。高校から始めたバレーを日大進学後も続け、卒業後、母校を含む3つの高校で約20年間コーチや監督を務め全国高校総体準優勝なども経験。2011年プレミアリーグのデンソーのコーチに。12年8月コーチとしてパイオニアに加わり、退任した宮下直樹前監督の後任として今年6月1日付でパイオニア監督に就任。奥さんと長男(高3)、長女(中3)を愛知県岡崎市に残して天童市で単身赴任生活を送る。47歳。
2013年11月22日
角屋 由美子(すみや・ゆみこ) 1959年(昭和34年)米沢市生まれ。国学院大学文学部史学科卒業後、地元に戻り小中学校の非常勤講師などを経て米沢市上杉博物館の学芸員に。米沢藩史研究の第一人者とされ、これまでの間、越後国絵図、長尾上杉氏印章などの重要文化財指定、洛中洛外図と上杉家文書の国宝指定などに携わる。
2013年11月8日
齋野 國昭(さいの・くにあき) 1944年(昭和19年)上山市生まれ。山形商業卒業後、山形市内の酒類卸を経て家業の酒類卸「斎野酒店」入社。70年父親の死去に伴い25歳で社長就任。81年社名を「そめこや本店」に改称、90年からコンビニエンスストアの展開を始め、現在は上山市と山形市でセブンイレブンを4店展開。2011年社長を息子の国誉氏に譲り自らは会長に。12年5月、上山商工会7代目会長に就任。69歳。
2013年10月25日
早坂 孝(はやさか・たかし) 1946年(昭和21年)山形市生まれ。山形商業でレスリング部に所属、東北大会優勝や全国高校総体3位に輝く。卒業後は母校の外部コーチに招かれ、べにばな国体の開催を翌年に控えた91年に成年監督就任(~2003年)。退任後の05年、山形市体育協会会長、山形県体育協会副会長に。日本社会人レスリング連盟会長も務め、11年から現職も兼ねる。12年に県教育功労賞受賞。67歳。
2013年9月27日
荒木準也(あらき・じゅんや) 1971年(昭和46年)寒河江市生まれ。陵南中学から日大山形校に進み、88年夏に外野手として甲子園出場。卒業後、東北福祉大、プリンスホテルで野球を続け、アトランタ五輪日本代表の最終候補にも。プリンス野球部が解散する2000年に郷里に戻り家業の鋼材リサイクル会社へ。02年から現職。06年夏に県勢初の甲子園8強入り、13年夏に4強入りを果たす。41歳。
2013年9月13日
横山 林沙(よこやま・りさ) 1991年(平成3年)山形市生まれ。山大附属幼稚園、同小、同中、山形西高を経て現在は青山学院大文学部フランス文学科4年。今年1月、約3000人の応募者の中から5人の「ミス日本」に選ばれる。趣味は読書、神社仏閣めぐり。県内ではきらやか銀行のイメージガールも務めている。22歳。
2013年8月23日
トモ:本名・石澤智幸(いしざわ・ともゆき) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山大附属幼稚園、同小、同中を経て日大山形高から日大芸術学部演劇学科へ。卒業後、歌手やお笑いタレントとして活動を始め、98年に大学時代に知り合った滋賀県出身の中本哲也さん(テツ)とお笑いコンビ「テツandトモ」を結成。赤と青のジャージを着て連呼する「なんでだろ~」は一世を風靡し、2003年の流行語大賞にも選ばれた。43歳。
2013年8月9日
大江 文彦(おおえ・ふみひこ) 1975年(昭和50年)天童市生まれ。日大山形高校中退後、塗装会社での修業を経て20歳で塗装業の大堀興業を設立、2001年にリフォームや店舗の内装なども手掛けるオオホリ建託(山形市)に改組して社長に。県内や仙台で居酒屋「和楽」「亀円」「焔蔵」「大黒」など8店の展開も。38歳。
2013年7月26日
髙橋倫子(たかはし・りんこ) 1991年(平成3年)山形市生まれ。山形北高卒業後、伊藤吉明公認会計士事務所(山形市)に就職して4年目。6月15日、8月5日~7日に開催される山形花笠まつりを盛り上げる「ミス花笠」4人の1人に選ばれる。22歳。
2013年7月12日
長岡幹夫(ながおか・みきお) 1931年(昭和6年)山形市生まれ。山大教育学部を卒業後、県内各地の中学校で英語教師を務め、93年に母校の鈴川小の教諭を最後に退職。鈴川郷土研究会には75年から名を連ね、2007年から事務局長を務める。82歳。同研究会は会員数180人と市内の郷土(史)研究会では最大で、年3回の会報発行、歴史マップの作成など幅広く活動している。
2013年6月28日
志鎌 直人(しかま・なおと) 1963年(昭和38年)山形市生まれ。日大山形高校、専修大経済学部を経て仙台市の食品スーパー・エンドーチェーン(現在の西友)へ。5年後の91年に山形に戻り、家業でお茶の製造・販売を手掛ける志鎌園に入社。営業本部長、常務を経て現職。高校時代はサッカー部で活躍し、高校選手権初戦突破、インターハイ2回戦突破などに貢献。49歳。
2013年6月14日
高橋 健二(たかはし・けんじ) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。日大山形高時代の87年、全国高校サッカー選手権で県勢初のベスト16入りに貢献、大会優秀選手に選ばれる。国士舘大学に進み、アルゼンチンへの留学を経てジャパンフットボールリーグ(JFL)への昇格を決めたばかりのNEC山形(現在のモンテディオ山形)へ。2006年の引退まで13年間をモンテ一筋でプレー、「ミスター・モンテディオ」の愛称で親しまれた。08年にはクラブ運営に携わり、09年からモンテアカデミーでコーチを務め、12年から現職。42歳。
2013年5月24日
柴田 徹(しばた・とおる) 1968年(昭和43年)山形市生まれ。山形東高、東北大文学部卒業後、90年NHK入局。アナウンサーとして青森、仙台、神戸、名古屋、東京での勤務を経て放送部副部長として2006年6月NHK山形放送局へ。翌年1月、自らの発案で山形弁だけで最後まで通すバラエティ番組「今夜はなまらナイト」を県内のラジオ第1で放送したところ絶賛の嵐。「なまらナイト」は総合テレビでも放送される人気番組になり、月1回のラジオを含め過去からの全番組の企画、進行役を務める。愛称「親方」。45歳。
2013年5月10日
山口 敦史(やまぐち・あつし)1971年(昭和46年)天童市生まれ。山形南高、専修大経営学部を経て94年に家業「ほほえみの宿・滝の湯」へ。2001年常務、07年専務。これまでに全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部副部長、天童商工会議所青年部会長、山形県商工会議所青年部連合会副会長、東北ブロック商工会議所青年部連合会副会長なども歴任。4月25日に全旅連青年部長に就任。41歳。
2013年4月26日
朝倉 さや(あさくら・さや)1992年(平成4年)山形市生まれ。小学2年から民謡、小学4年から三味線を習い、小学6年と中学2年の時に「民謡民舞少年少女全国大会」で2度の優勝を果たすなど数々の賞を総ナメ。山形商業高校を卒業後、上京して歌手を目指し、今年1月にテレビ朝日系列で放送された「あの名曲を方言で熱唱!新春全日本なまりうたトーナメント」に出演して人気に。20歳。
2013年4月12日
児珠 藍(こだま・あい) 1984年(昭和59年)朝日町生まれ。山辺高専攻科(衛生看護)卒業後、千葉県にある順天堂大医学部付属病院の看護師に。2年後テレビで見たトリノ五輪スノーボードクロス競技に触発され、新潟県のウインタースポーツ専門学校に入校、2年半でプロ資格取得。夏場は山形市で看護師として働きながら来年のソチ五輪出場を目指して国内最高レベルの戦いを続けている。28歳。
2013年3月8日
峯田 季志(みねた・ひでじ) 1951年(昭和26年)山辺町生まれ。山形工業を卒業後、パナソニックショップ(旧ナショナルショップ)の後継者育成を目指す松下幸之助商学院へ。71年に家業の峯田電器入社、91年から社長。県電機商業組合理事長、県パナソニックショップ連合会会長などのほか山辺町商工会会長なども務める。61歳。長男はミュージシャンで俳優の峯田和伸さん。
2013年2月8日