徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

宮川 俊二(みやがわ・しゅんじ) 1947年(昭和22年)愛媛県宇和島市生まれ。宇和島東高から早稲田大学第一文学部に進み、卒業後の70年NHK入局。山形を振り出しに各地の放送局に勤務、93年チーフアナウンサーを最後にNHKを依願退職。94~2003年フジテレビと専属契約を結び多くのニュース番組でキャスターを務める。現在はフリーで報道、情報、バラエティーなど多方面で活躍しているほか、早大非常勤講師も務める。69歳。
2016年9月9日
飯野 憲一(いいの・けんいち)1947年(昭和22年)山形市生まれ。山形工業高卒業後、東京の大手ゼネコンに就職するも2年後にUターンし実家の製材会社へ。27歳で再び上京、東京の洋菓子業界で8年間修業を積み、帰郷後の85年に山形市高堂に洋菓子店「チュチュ」開業。一時は市内5店舗を構えたが、現在は本店に集約し、季節の果実や米粉を使った洋菓子で人気を集めている。69歳。
2016年8月26日
渡邉東英(わたなべ・はるひで) 2004年(平成16年)中山町出身。長崎小2年の時に将棋を覚え、天童市の天童少年少女将棋教室に毎週通うようになる。同小6年までに県小学生将棋名人戦3連覇、県小学生倉敷王将戦2連覇、テーブルマークこども大会優勝と頭角を現し、4日、将棋の中学生日本1を決める第37回全国中学生選抜将棋選手権大会で県勢初の優勝を果たす。12歳。
2016年8月12日
澁谷 良弥(しぶや・よしや) 1947年(昭和22年)山形市生まれ。日大山形高2年の63年夏に投手として甲子園出場。日大から社会人野球の金指造船(静岡)に進み、25歳の72年に日大山形の監督就任。73年春に県勢初のセンバツ初出場を果たし春夏を通じ甲子園初勝利、同夏も選手権初勝利を挙げるなど30年間で春夏通算14度の甲子園に導く。2002年に青森山田(青森)の監督に転じ、10年間で春夏通算8度の甲子園。12年に山形市スポーツアドバイザーと山形商監督就任。16年7月16日、山形商監督を勇退。69歳。
2016年7月22日
武田 靖子(たけだ・やすこ) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。山形西高から中央大文学部に進み、卒業後パレスホテル東京に就職。91年帰郷し家業の冠婚葬祭業・パレス平安(現ジョインセレモニー)へ。取締役室長を経て2014年から常務。県組織の「やまがた婚活応援団+(プラス)」副団長を務めたほか、山形県教育委員、日本ブライダル文化振興協会常任理事など公職多数。1男1女の母で、ご主人はジョインセレモニー社長の良和氏。46歳。
2016年7月8日
大向 誠(おおむかい・まこと) 1971年(昭和46年)青森県八戸市生まれ。秋田経済法科大(現ノースアジア大)卒業後、山形しあわせ銀(現きらやか銀)入行。同行野球部で主力選手として活躍、07年から監督。6月8日、第87回都市対抗野球第2次予選東北大会を制し、1952年(昭和27年)の創部以来初めて、県勢としては66年ぶりの本大会出場を決める。45歳。
2016年6月24日
佐々木智佳子(ささき・ちかこ) 1959年(昭和34年)新庄市生まれ。地元の県立高校を卒業後、78年に酒田市に本社を置く西奥羽ジャスコ(現マックスバリュ東北)へ。新庄店店長、商品本部山形商品部長、営業本部長、取締役商品本部長などを経て5月20日から現職。56歳。マックスバリュ東北は山形、青森、岩手、秋田で全95店を展開、年商は1000億円超。
2016年6月10日
布川 美里(ぬのかわ・みさと)1980年(昭和55年)西川町間沢出身。谷地高校から仙台デザイン専門学校に進み、山新建装に7年勤めた後、創業間もない山形コミュニティ新聞社へ。チーフデザイナーとして勤続8年。紙面製作の傍らルート営業もこなし、明るい性格から内外に多数の「布川ファン」をつくる。2015年12月に結婚、佐藤姓に。夏に第1子を出産予定で、やまコミは今号の制作を最後に退社。35歳。
2016年5月27日
菅野 高志(かんの・たかし) 1957年2月、南陽市生まれ。日大山形高から専修大経営学部に進み、同大卒業後、京都の和菓子の銘店「千本玉寿軒」で住み込み修業。5年後に郷里に戻り家業の杵屋本店へ。取締役営業部長などを経て2001年に社長就任。山形県洋菓子協会会長、全国洋菓子協会理事なども務める。59歳。
2016年5月13日
小嶋 寛之(おじま・ひろゆき) 1970年(昭和45年)山形市出身。山形東高から東京外大中国語学科へ進み、同大卒業後、94年に三井物産入社。東京本社、シンガポール支店での勤務を経て2000年に退社、家業の紙卸売業のオビサンへ。取締役、常務を経て12年に社長就任。46歳。
2016年4月22日
山川 恒一(やまかわ・こういち) 1954年(昭和29年)山形市生まれ。日大山形高から日大法学部に進み、同大卒業後、西友ストアー(現在の西友)入社。82年に帰郷して東原町で開業した「ばんこう花」は当初、ハンバーグやスパゲティ中心のメニューだったが、カレーの美味しさが口コミで広がり次第にカレー専門店に。一方で吟醸酒の奥深い世界に「ハマり」、仕事の合間をぬって全国の蔵元を廻る。夜の「ばんこう花」では各地から直接取り寄せた逸品の吟醸酒も提供している。61歳。
2016年3月25日
ケン・テリオ(けん・てりお) 1958年カナダ生まれ。カナダの小売会社を経て95年にコストコホールセールカナダ入社。98年コストコホールセールジャパン倉庫店運営部長、2006年コストコホールセールカナダ東部地区倉庫店運営部長を経て09年から現職。57歳。
2016年2月26日
本間 朋晃(ほんま・ともあき) 1976年(昭和51年)東根市生まれ。東根工業卒業後、上京してアニマル浜口ジムに入門。みちのく、大日本、全日本と渡り歩き、現在はフリーの立場で新日本に参加。2014年夏から日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」のコーナーにゲスト出演するようになり、独特のしゃがれ声から「ハスキー本間」と呼ばれ全国的に人気急上昇。プロレスの得意技はコーナーポスト最上段からのダイビング・ヘッドバット「こけし」で、この技を使う際は会場からこけしコールが沸き起こる。39歳。
2016年2月12日
ダニエル・カール(だにえる・かーる) 1960年、米カリフォルニア州モンロビア市生まれ。小学校時代から日本に興味を抱き、高校時代に奈良県五條市、大学時代に大阪府枚方市に各1年間留学。大学卒業後、文部省(現在の文部科学省)英語指導助手として山形県に赴任、3年間各地の中学校で英語を教えた。その後上京して翻訳会社を設立する一方、山形弁を駆使するマルチタレントとして活躍。東日本大震災の復興支援にも力を注いでいる。54歳。
2016年1月22日
栗原 健太(くりはら・けんた) 1982年(昭和57年)1月8日天童市生まれ。山口小、天童二中を経て日大山形高2年の夏に4番三塁で甲子園出場。99年のドラフト会議で3位指名を受け広島に入団。2006年から4年連続で20本塁打以上を放つなど4番として活躍、09年にはワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では日本代表として優勝メンバーにも。1軍通算成績は打率2割9分3厘、586打点、153本塁打。昨年、16年間を過ごした広島を退団、楽天へ。右投げ右打ち、183センチ、97キロ、34歳。
2016年1月8日
本郷 和枝(ほんごう・かずえ) 1938年(昭和13年)宮城県石巻市生まれ。宮城学院女子短大(仙台市、現在の宮城学院女子大)を卒業して1後、21歳の時に仙台市のコーヒー卸会社に勤務していた前社長の故・富也氏と結婚。22歳で出産、直後の60年12月に富也氏と山形市でコーヒー卸会社の東北萬国社を創業し、専務に。2004年社長就任。山形商工会議所女性会会長などを歴任したほか、現在も県関税会女性部会長、やまがた宮城県人会会長、やまがた特命観光・つや姫大使などを務める。77歳。
2015年12月25日
藤倉 晶(ふじくら・あきら) 1975年(昭和50年)南陽市生まれ。南陽高校から東京の専門学校に進み、帰郷後の96年からモンテディオ山形応援団体「クラージュ」に参加し、応援リーダーや会長を務める。現在は本町でバー「Bar12」を経営する傍ら、ゴール裏応援団体連合会「ULTRAS ACMY」代表。40歳。
2015年12月11日
諏訪 洋子(すわ・ようこ) 1963年(昭和38年)横浜市生まれ。8歳で上山市に移り住み、上山北中→山形中央高→尚絅女学院短大(仙台市、現・尚絅学院大)を経て山形新聞社入社。95年退社後、県スポーツ振興21世紀協会、自営業などを経て2011年5月~2015年4月山形市議。7月、山形藩主・最上義光の妹で、仙台藩主・伊達政宗の母・義姫を再評価しようと市民グループ「義姫の会」を設立。山形市在住、52歳。
2015年11月27日
小塩 孝明(こしお・たかあき) 1951年(昭和26年)神奈川県逗子市生まれ。慶応大経済学部卒業後、渡米してボストンカレッジビジネススクール終了(MBA取得)。76年日商岩井(現在の双日)入社、主に化学プラント及び通信事業畑を歩み、香港駐在、ジェトロ出向などを経てアセットマネジメント部プロジェクトマネジャーから2013年6月、「霞城セントラル」を管理する山形新都心開発の社長に。64歳。
2015年11月13日
上野 優華(うえの・ゆうか) 1998年(平成10年)徳島生まれ。小学4年からカラオケに親しみ、中学2年の2012年、キングレコードのオーディションで1万人超の応募者の中からファイナリスト最年少でグランプリを獲得。翌13年、映画「トイレの花子さん新劇場版」で主役をつとめ俳優デビュー、同時に主題歌「君といた空」で歌手デビューも果たす。歌手活動を中心に俳優、モデル、グラビアとマルチに活動中。7日から県内で公開される「いしゃ先生」に出演、主題歌「あたたかい場所」も歌っている。17歳。
2015年10月23日
小関 眞一(こせき・しんいち) 1957年(昭和32年)山形市生まれ。日大山形高から立正大学経済学部に進み、卒業後の79年、父親の善久氏が創業に参画した山形日産自動車グループの山形サニー入社。88年山形日産に転じ、取締役、常務、専務を経て99年社長就任。県自動車販売協会会長、県自動車販売健康保険組合理事長、日産自動車販売協会副会長、日本自動車販売協会連合会副会長なども務める。58歳。
2015年10月9日
佐藤 孝弘(さとう・たかひろ) 1975年(昭和50年)北海道函館市生まれ。小学校卒業後に東京に転居、都立日比谷高から東大法学部に進み、卒業後の2000年通商産業省(現経済産業省)へ。3年で同省退職、おにぎり専門店を起業するも挫折。日本経営合理化協会、東京財団研究員を経て11年、山形市長戦に自民党推薦で立候補、市川昭男市長に1万票余りの差で敗れた。直後に再挑戦を表明、市内に転居し政治活動や地域活動を続け、13日投開票の山形市長選で雪辱を果たす。39歳。
2015年9月25日
野川 喜弘(のがわ・よしひろ) 1962年(昭和37年)天童市生まれ。日大山形高から日大法学部に進み、卒業後、結婚式場の八芳園(東京都港区)へ。89年に家業で週末営業の「びっくり市」を展開する野川食肉食品センター(天童市)入社、2004年常務、05年専務、11年に社長就任。53歳。
2015年9月11日
黒木 あるじ(くろき・あるじ) 1976年(昭和51年)青森県弘前市出身。東奥義塾高から東北芸術工科大に進み、同大情報デザイン学科映像コースを卒業後、山形市内の映像製作会社へ。会社勤めの傍ら怪談の執筆を手がけるようになり、2009年「おまもり」でビーケーワン怪談大賞・佳作、「ささやき」で『幽』怪談実話コンテストブンまわし賞を受賞。10年「震(ふるえ)」でデビュー。現在は会社を退職して怪談作家として活動中。山形市在住。38歳。
2015年8月28日
高橋 利洋(たかはし・としひろ) 1983年(昭和58年)上山市生まれ。山形学院高卒業後、祖父が83年に興した観光果樹園「高橋フルーツランド」へ。本業のかたわら、2007年に奥さんと2人で農園内に開業したカフェ「HATAKE Cafe」が評判を呼び、今では行列もできる人気店に。今年5月には県の経営革新計画の承認を得て上山市金瓶の農産物直売所・ファーマーズマーケットトマト上山店の敷地内に2号店をオープンした。32歳。
2015年8月14日
與田貴博(よだ・たかひろ) 1975年(昭和50年)山形市生まれ。山形南高から米・南イリノイ州立大学に進み、卒業後の2000年、母親の叔父にあたる與田博利氏が興した山形ビルサービス入社。12年常務取締役。山形青年会議所には10年入会、13年から理事。39歳。
2015年7月24日
岩井 雅之(いわい・まさゆき) 1954年(昭和29年)群馬県富岡市生まれ。東海大海洋学部卒後、ホームセンターのいせや(前橋市、現ベイシア)へ。94年に独立してファームドゥ設立農業資材販売店「ファームドゥ農援’S」や農産物直売所「食の駅」「地産マルシェ」の多店舗展開に乗り出す。現在、3業態を合わせた店舗数は31。モンゴルやミャンマーでの海外事業や太陽光パネルを使った植物工場も手がけており、年間売上高は80億円。6月24日に山形市表蔵王の県観光物産会館内に「食の駅 山形蔵王店」を開業。60歳。
2015年7月10日
古山 利昭(ふるやま・としあき) 1970年(昭和45年)新潟市生まれ。中学1年から山形市に移り住み、日大山形高、日大法学部卒業後、93年山形銀行へ。2006年にヤマザワの創業者・山澤進会長の3女の真理さんと結婚、11年本部融資部調査役を最後に山銀を退職、ヤマザワ入社。12年取締役営業本部副本部長、13年副社長営業本部長を経て5月28日に社長就任。44歳。
2015年6月26日
大場 一夫(おおば・かずお) 1952年(昭和27年)上山市生まれ。上山農業高(現・上山明新館高)卒業後、実家の農業手伝い、地元卸会社勤務、当時県議だった遠藤利明氏(現・衆議院議員)の秘書などを経て90年に不動産業の「クリエイト礼文」設立。96年に住宅建築分野に参入、ローコスト住宅「UNITE(ユニテ)」を核に2009年から県内住宅着工実績首位を続けている。06年、世界最大の不動産仲介ネットワーク「センチュリー21」加盟。14年7月に県宅建業協会会長就任。62歳。
2015年6月12日
大城 誠司(おおき・せいじ) 1973年(昭和48年)上山市生まれ。山形中央高から山形大教育学部に進み、卒業後の97年山形銀行入行。米沢支店、県庁支店、酒田支店での勤務を経て2005年に同行退職、山形市内のCM・テレビ番組制作会社へ。07年に独立して広告代理店のエーディーバンクを起業。本業のかたわら14年10月「みんなの経済新聞ネットワーク」(本部・東京)に加盟、15年1月から「山形版」の記事を配信している。41歳。
2015年5月22日