徹底して山形に密着したフリーペーパー

<荒井幸博のシネマつれづれ> 劔岳(つるぎだけ) 点の記

2009年6月12日
リアリズムで観客圧巻

 今から100年ちょっと前、日本地図は未完成だった。立山連峰の標高2999メートルの劔岳だけがその険しさ故に未踏峰で、測量できないままでいたのだ。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 劔岳(つるぎだけ) 点の記

未踏峰測量の命が—。

 1906年(明治39年)、国防のため日本地図の完成を急いでいた大日本帝国陸軍は劔岳初登頂と測量を測量手の柴崎芳太郎(浅野忠信)に命じる。翌年、柴崎をリーダーとする測量隊は地元の宇治長次郎(香川照之)を案内人として登頂を試みるが、切り立った尾根、雪崩や暴風雨などが次々と彼らを迎え撃つ。それは凄絶な闘いの始まりだった——。

監督は名カメラマン

 「八甲田山」「駅STATION」「鉄道員」など邦画史に残る名作の撮影を担当したカメラマン、木村大作が新田次郎の同名小説の映画化を企画して自ら初メガホンをとった。俳優陣は延べ1年半にわたって200日拘束され、重い荷物を背負って3000メートル級の山に登り、体感温度氷点下40度という過酷な状況下での撮影に耐えた。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 劔岳(つるぎだけ) 点の記
CG、空撮は排除 

 100年前に実際に測量隊が登った足跡を忠実にたどるというリアリティを追求し、CGや空撮は一切排した。スクリーンに拡がる立山連峰の光景には目を見張らされ、圧倒される。
 木村監督は70歳の一歩手前。撮影と監督だけでなく、映画のPRにも年齢を感じさせない情熱を傾けている。真っ赤な新車を自費で購入して車体に「劔岳 点の記」のラッピングを施し、自ら運転して1月から全国キャンペーン行脚を敢行。山形県は44番目に訪れる。撮影現場と同様に張りのある大きな声で映画への想いを熱く語る姿に100年前に偉業を達成した柴崎芳太郎が重なる。  

主人公は大石田出身!

 柴崎芳太郎が山形県の大石田町の出身という事実に驚き、知らなかった不明を恥じる。演じた浅野忠信は昨年公開された山田洋次監督の「母べえ」でも鶴岡市出身者を演じており、いっそう親しみがわく。 

ゴジラ産みの親も輩出

 山形出身といえば今年が生誕50年の「ゴジラ」の産みの親である故・本多猪四郎監督も山形県鶴岡市出身。ゴジラシリーズだけでなく円谷英二と組んだ東宝特撮作品は世界的な人気を誇る。
 6月20日、シベールアリーナで山形国際ドキュメンタリー映画祭とシベール地域文化支援デビジョン共催による本多監督4作品の上映会が開かれる。世界に冠たる映画監督を山形県が輩出していたことに感激——。