徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

矢吹 清隆(やぶき・きよたか) 1955年(昭和30年)に仙台市で生まれ、3歳から山形市に。山形東高から順天堂大医学部に進み、卒業後、同大第一外科、同大伊豆長岡病院などを経て2003年、祖父・清氏が開院し、父・清一氏が継いだ矢吹病院(山形市本町)へ。翌04年2月から院長。以後、医療法人社団・清永会理事長として「天童温泉矢吹クリニック」「くわのまちデイサービス」「矢吹嶋クリニック」を開院。6月1日には「南陽矢吹クリニック」を開院予定。63歳。
2019年5月24日
大山 日出子(おおやま・ひでこ) 福島県いわき市出身。地元高校を卒業後、就職で上京し、長井市出身で電電公社(現NTT)勤務のご主人と知り合い22歳で結婚、直後にご主人の転勤で長井市に、7年後に山形市へ。2人の娘さんの子育てを終えた後、昭和から平成に元号が変わる1989年に銅町でスナック「平成」を開業。花小路に移ったのは10年前から。年齢は「企業秘密」。
2019年5月10日
平具蘭土 来安(ライアン・ヘイグランド) 1975年、アメリカ・オレゴン州出身。シアトルパシフィック大学卒業後、外国語青年招致事業(JETプログラム)に応募して真室川町の小中学校で英語指導助手として働く。3年後に山形学院に転じ、山大生だった真希さんとの結婚を経て2008年に東根市に英会話教室「マイ英語スクール」を開校。これまでの間、事業を拡大し、現在は県内に8教室、兵庫県川西市に2教室を構えるほか14年には県内初の認可外保育施設「バイリンガル学園」をオープン。東根市在住、3男の父、44歳。
2019年4月26日
小野木 重弥(おのき・しげや) 1968年(昭和43年)旧藤島町(現・鶴岡市)生まれ。札幌学院大商学部中退後、一関ミート(岩手県一関市)などを経て92年に父・覺氏が創業した食肉卸売業「肉の大商」(現在の大商金山牧場)へ。部長、専務を経て2009年社長就任。大商金山牧場は年商100億円超。父の覺会長は県商工会連合会会長なども務め、自身は県倫理法人会の普及拡大委員長としても奔走している。51歳。
2019年4月12日
川内 有緒(かわうち・ありお) 1972年(昭和47年)東京都生まれ。日大芸術学部卒業後、米ジョージタウン大で修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、フランスの国連機関などでの勤務を経て2010年にフリーライターに。13年、「バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌」で第33回新田次郎文学賞を受賞、18年11月に刊行した「空をゆく巨人」で第16回開高健ノンフィクション賞を受賞。ライターの夫、娘さんと都内で暮らす。46歳。
2019年3月22日
松原 英俊(まつばら・ひでとし) 1950年(昭和25年)青森市生まれ。青森東高から慶応大文学部に進み、卒業後、真室川町に住む鷹匠の故・沓沢朝治氏に弟子入りし鷹匠として歩み始める。真室川町の加無山(かぶやま)の麓の山小屋、鶴岡市田麦俣の山小屋、天童市田麦野の古民家と居を移しながら冬は鷹狩りに明け暮れる。昨年12月、「鷹と生きる~鷹使い・松原英俊の半生~」(谷山宏典著)が山と渓谷社から出版された。妻子あり、68歳。
2019年3月8日
大久保 義彦(おおくぼ・よしひこ) 1936年(昭和11年)東京都生まれ。59年中大法学部卒業後、翌年にテレビ放送開始を控えたラジオ山形(現在の山形放送)に入社し、報道、制作、総務などを幅広く担当。99年関連会社の東北映音常務を最後に定年退職、直後に職場の先輩だった故・田中邦太郎氏が編集・発行人を務めるタウン誌「やまがた街角」の編集に携わるようになり、田中氏の死後2008年から同誌編集・発行人に。市芸術文化協会会長、県芸術文化協会副会長、山形国際ドキュメンタリー映画祭理事長なども務める。父は山形市長を3期務めた故・大久保伝蔵氏。82歳。
2019年2月22日
伊藤 順哉(いとう・じゅんや) 1975年(昭和50年)尾花沢市生まれ。3歳の時に両親と天童市に転居、東海大山形高から仙台市の経理と介護の専門学校に進み、卒業後に地元の社会福祉施設に就職。2004年に29歳で起業、天童市小関にデイサービスセンターと居宅介護支援事業所を開設。以後「自立支援」を企業理念に業容を拡大、現在までにショートステイ、グループホーム、小規模多機能、特別養護老人ホーム、介護予防センターを加えた9施設を天童市で展開している。43歳。
2019年2月8日
山口 花(やまぐち・はな)1968年(昭和43年)新潟市生まれ。大学卒業後、地元の広告代理店に就職し、結婚を機に退職。ご主人の勤務地の鶴岡市で主婦業と子育てのかたわら2012年に出版した「犬から聞いた素敵な話」が累計30万部を超えるベストセラーに。以後も犬をテーマにした4作品を上梓、安定した売れ行きを記録している。昨年4月からはご主人の転勤に伴い山形市で夫婦2人暮らし。50歳。
2019年1月25日
本名・三浦弘也(みうら・こうや) 1979年(昭和54年)山辺町生まれ。山本学園高卒業後、97年日本クラウン「35周年記念ニューアーティストオーディション」に合格。翌98年に19歳で単身上京、アルバイトをしながら作曲家の新井利昌氏のもとでレッスンに励み、2006年「東京ロスト・ラブ」でデビュー。同年の「日本の歌フェスティバル」新人奨励賞、翌07年の日本クラウン新人ヒット賞を受賞。これまでに8曲を発売、最新作は15年の「かみのやま慕情」。今月21日で40歳に。
2019年1月11日
松岡 亮輔(まつおか・りょうすけ) 1984年(昭和59年)兵庫県西宮市生まれ。中学からセレッソ大阪ユースに所属し、阪南大学(大阪府松原市)卒業後の2007年にJ1のヴィッセル神戸入団、12年に同ジュビロ磐田に移籍後、14年モンテディオ山形に移籍。持ち前の守備力とハードワークを武器にレギュラーとして貢献、15年のJ1昇格の原動力になった。その後は若手の台頭やケガもあり出場機会が減少、今季でモンテとの契約が満了。山形市で奥さんと3人の娘さんと暮らす。34歳。
2018年12月28日
川﨑 禮子(かわさき・れいこ) 1945年(昭和20年)11月、蔵王温泉で160年続く老舗土産物店「緑屋」に生まれる。蔵王2中から山形西高に進み、青山学院大法学部卒業後、24歳で結婚、南陽市で専業主婦に。2人の娘を育てながら93年、実家が蔵王温泉で建設したリゾート施設「ル・ベール蔵王」の社長兼女将に就任。2015年から県内温泉旅館の女将で組織する「やまがた女将会」の会長を務めるほか、県スキー連盟の理事も。73歳。
2018年12月14日
秋野 貞子(あきの・さだこ) 1934年(昭和9年)福島県会津生まれ。会津若松市の竹田看護専門学校卒業後、看護師になり、精神科医の秋野睦氏と結婚。3人の子育てに追われながら73年に秋野氏が天童市に秋野病院を開設した際に事務長に就任。秋野氏死去後の84年に斗南会を設立して理事長に。以後これまでの間、介護老人保健施設「ラ・フォーレ天童」、健康増進施設「のぞみ」、ケアハウス「めぐみの里」、グループホーム「おあしす・はぴねす」、認知症デイケア「ポレポレ」などを整備、業容を拡大させている。84歳。
2018年11月23日
安部 幸一(あべ・こういち)1968年(昭和43年)、葉山温泉の「安部旅館」の長男として上山市で生まれる。74年、同旅館が「大野目温泉・旅館安部」として山形市平久保に移転したのに伴い市内に転居、千歳小、市立4中、日大山形高を経て実家でラーメン店「有頂天の元祖」を開業。2007年、有頂天の元祖の経営は実家に任せ、自らは荒楯町に「有頂天EVOLUTION(エボリューション)」を新規開業。現在は長井市と仙台市にも同名店舗を構える。50歳。
2018年11月9日
渡辺 晃(わたなべ・あきら) 1955年(昭和30年)山形市生まれ。山形南高から法政大経済学部へ。同大卒後、不動産鑑定士の2次試験に合格して帰郷、地元の不動産鑑定事務所に就職。2年間の実務を経て26歳で独立、自宅で不動産鑑定事務所を開業。90年に住宅・不動産業のクリエイト礼文(山形市)を設立、ローコスト住宅「UNITE(ユニテ)」を核に急成長を続けている。9月、家づくりのコツを記した「100年使える『箱の家』をつくる」を出版。63歳。
2018年10月26日
ピーター・バラカン 1951年、ロンドンでユダヤ系ポーランド人の父と、イギリス人とミャンマー人を両親に持つ母との間に生まれる。ロンドン大学日本語学科を卒業後、レコード店勤務を経て74年に来日、東京の音楽出版会社で働く。その後独立し、音楽に関する豊富な知識と流暢な日本語を生かしてラジオやテレビでDJ、司会などを幅広く務め、良質な音楽を紹介し続けているほか、時事問題にも鋭いメッセージを発信している。自ら名乗る「ブロードキャスター」は放送媒体で表現活動する人を意味する英語。日本人の奥さんを持ち、子ども2人は独立して現在は東京で夫婦2人暮らし。67歳。
2018年10月12日
井山 計一(いやま・けいいち) 1926年(大正15年)酒田市生まれ。酒田商業(現・酒田光陵高)卒業後、横浜市の東京芝浦電気(現・東芝)の軍需工場で働き、終戦の50年帰郷。社交ダンス教師などを経て55年にバー「ケルン」を開業し、以来62年もの長きにわたりカウンターでシェーカーを振り続ける。59年に創作カクテル「雪国」が壽屋(現・サントリー)主催の全国コンクールでグランプリに輝く。半生を描いたドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」が11月に県内、年明けに東京都内で上映される。92歳。
2018年9月28日
竹中 功(たけなか・いさお) 1959年(昭和34年)大阪市生まれ。同志社大学法学部卒業後、81年に吉本興業に入社して宣伝広報室を立ち上げ、芸人養成所「よしもとNSC」の設立にも携わる。長く広報担当として所属タレントの不祥事の事後処理を一手に引き受け、記者会見で謝罪することもしばしば。関連会社の専務、社長を経て2015年に吉本退社。現在は「謝罪マスター」として広報・危機管理に関するコンサルタント活動や執筆、講演、ラジオパーソナリティーと幅広く活躍中。月に1回、山形刑務所での教育活動も。59歳。
2018年9月14日
峯田 幸悦(みねた・こうえつ) 1957年(昭和32年)山辺町生まれ。山形中央高から東北福祉大社会福祉学部に進み、同大卒業後の80年、社会福祉法人・恩賜財団済生会支部山形県済生会へ。同会系の特別養護老人ホーム「愛日荘」生活指導員を経て2005年に同会系の特別養護老人ホーム「ながまち荘」施設長に就任。介護・福祉現場を知る第1人者として13年から県老人福祉施設協議会会長、17年から全国老人福祉施設協議会副会長も務める。60歳。
2018年8月24日
石川 竜也(いしかわ・たつや) 1979年(昭和54年)静岡県藤枝市生まれ。小学校からサッカーを始め、高校サッカーの名門・藤枝東高から筑波大に進学、在学時の99年、U-20日本代表として世界ユース選手権準優勝に貢献。同大卒業後、2002年に鹿島入団。東京ヴェルディを経て07年にモンテへ期限付き移籍、09年完全移籍。左足から繰り出す正確無比なキックで主力として活躍、2度のJ1昇格をけん引した。クラブ在籍11年に及んだ17年のシーズン終了後に現役を引退、翌年トップチームのコーチ就任。山形市で奥さん、長男(3)、長女(0)と4人暮らし。38歳。
2018年8月10日
高橋 一夫(たかはし・かずお) 1949年(昭和24年)山形市生まれ。山形商から慶大法学部に進み、卒業後、東京の不動産会社に就職。2年後に帰郷、地元の不動産会社や建設会社などを経て91年に不動産代理・仲介・管理のファースト興産を設立して社長に。2016年5月、県宅建協会会長に就任。68歳。
2018年7月27日
池田 佳貴(いけだ・よしき) 1987年(昭和62年)山形市生まれ。建築業を営んでいた祖父と父親の影響で職人の世界に憧れ、山形6中卒業後、市内の塗装会社へ。18歳で独立、1人で塗装業を始めるも、食うや食わずの毎日。20歳で一念発起し、22歳の時に社員1人を雇用して「池田塗研」を創業。その後は徐々に業容を拡大、現在は社員10人を抱え、年間売上高は1億2000万円に。弱冠30歳!
2018年7月13日
戸田 正宏(とだ・まさひろ) 1952年(昭和27年)山形市生まれ。山形市立5小、1中、山形商業高を出て日本菓子専門学校(東京)に進み、東京の洋菓子店で5年間修業した後に帰郷、家業の和洋菓子店「戸田屋」へ。95年に社長就任、この間、伝統を守りながら創造的な菓子を次々開発、全国・県内のコンテストで数々の賞を獲得してきた。6月13日、創業70周年を迎えたのを機に社長を長男の健志氏に譲り、自らは会長に退いた。65歳。
2018年6月22日
金平 芳己(かねひら・よしみ) 1947年(昭和22年)天童市生まれ。生家は代々続く農家で、県立村山農業高(現在の村山産業高)卒業後に就農、長ネギ、後に赤根ホウレンソウの栽培も手がける。2003年に天童市農業協同組合理事、15年から代表理事組合長。天童市農協の子会社のジェイエイてんどうフーズ、天童青果市場、くみあい燃料センター3社の代表取締役会長も勤める。70歳。
2018年6月8日
新田公孝(にった・きみたか) 1950年(昭和25年)新庄市生まれ。新庄北高から立教大社会学部に進み、卒業後の75年ニッカウヰスキー入社。一貫して営業畑を歩み、課長、部長を経て97年東北支社長。2002年に親会社のアサヒビールに転籍、2005年から08年まで山形支店長を務めた。10年7月、東北統括本部副本部長を最後にアサヒビールを退職、9月に山形県酒類卸専務就任、12年から社長。67歳。
2018年5月25日
加藤 登紀子(かとう・ときこ) 1943年(昭和18年)旧満州ハルビン市生まれ。2歳の時に実家が京都に引き揚げ、中学1年で東京に転居。駒場高から東大文学部に進み、在学中の65年に歌手デビュー、66年、2枚目のシングル「赤い風船」で日本レコード大賞新人賞受賞。その後「ひとり寝の子守唄」「知床旅情」「百万本のバラ」などのヒットを飛ばす。72年、学生運動指導者で今は亡き藤本敏夫氏と獄中結婚して話題を呼んだ。今年4月にベストアルバム「TOKIKO’S HISTORY」を発売し、自伝「運命の歌のジグソーパズル」を上梓した。6月3日、山形市のシベールアリーナでコンサート「花はどこへ行った」を開く。
2018年5月11日
本間 滿(ほんま・みつる) 1947年(昭和22年)鶴岡市生まれ。学校卒業後、長兄が67年に戸沢村で開業した「白糸の滝ドライブイン」を手伝うようになり、長兄の早世に伴い80年に同社社長に就任。以後、業容を拡大し、82年に鶴岡市に「米の粉の滝ドライブイン」を開業、鶴岡市のマリカや山形市の霞城セントラルで外食事業も手がける。チェリーランドさがえは設立時から社長。このほか東京の県アンテナショップ「おいしい山形プラザ」の物販部門や、県都市公園「最上川ふるさと公園」の運営にも携わる。71歳。
2018年4月27日
佐藤 一博(さとう・かずひろ) 1950年(昭和25年)、江戸期がルーツの大永建設(山形市)の7代目として山形市で生まれる。6小、6中、山形工業高を経て東京の地場ゼネコンに就職。4年後にUターン、県土木部に4年間勤務した後、77年に大永建設入社、97年に社長就任。この間、住宅建築を手がけるかたわら、87年に上山市で書籍店「本のビッグバン」の開業に携わり、事実上のオーナーを務める。同店は4月末で営業を終える予定。67歳。
2018年4月13日
華村 あすか(はなむら・あすか) 1999年(平成11年)米沢市生まれ。高畠高校から短大に入学が決まり、住まい探しのため原宿を歩いている時に現在の芸能事務所からスカウトされ、2017年春に芸能界へ。仕事に専念するため短大を中退した直後の同年夏、週刊「プレイボーイ」の表紙と巻頭グラビアに抜擢され話題に。これまでにテレビドラマや情報番組、モスバーガーのCMなどのほか、橋本マナミさんと山形県衆議院議員選挙告知のCMにも出演した。4月から放送されるTXドラマ25「宮本から君へ」、CBC「ボイメン新世紀 祭戦士ワッショイダー」に出演。19歳。
2018年3月23日
鍋倉 淳(なべくら・あつし) 1952年(昭和27年)山辺町生まれ。日大山形高卒業後、父親が創業した機械商社の鍋倉機工へ。87年、ドイツ製編み機専門の商社として山形市でナックを立ち上げ、社長に。2001年から外食業界に参入、現在は山形市の荒楯町と江俣でトンカツ・カツ丼専門店「かつや」、南四番町で定食店「南四番町食堂」、飯田西と仙台市で高齢者専門弁当「宅配クックワン・ツゥ・スリー」を手がける。65歳。
2018年3月9日
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