徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

土屋 和彦(つちや・かずひこ) 昭和51年(1976年)天童市生まれ。寒河江高から上武大学商学部(群馬県伊勢崎市)に進み、99年荘内銀行入行。山形南支店、山形営業部を経て2005年、03年に創業した訪問看護を手がけるユニバーサル山形に社長として入社。以来、業容を拡大させ、「在宅リハビリ看護ステーションつばさ」「居宅介護支援事業所つばさ」「グループホームつばさ」など18事業所を山形、天童、寒河江、米沢、仙台の各市で展開している。45歳。
2022年5月13日
南 浩史(みなみ・ひろし) 創業100有余年の歴史を持つ赤湯温泉の老舗旅館「瀧波」創業家の末っ子として1963年(昭和38年)南陽市で生まれる。米沢興譲館高から東大に進み、在学中に国家公務員上級職試験に合格。90年同大卒業後に建設省(現国土交通省)へ。97年近畿地方建設局課長を最後に退官、前年に結婚した奥さんの実家が経営する大島造船所(長崎県西海市)に転籍、2009年社長就任。14年、経営破綻した実家の瀧波の社長に転じ、約5億円をかけた大規模改修や客単価の見直しなどで経営を軌道に乗せる。東京に自宅があるが、現在は旅館内で事実上の〝単身赴任〟。58歳。
2022年4月22日
八巻 雅敏(やまき・まさとし) 1962年(昭和37年)米沢市生まれ。81年に米沢工業卒業後、東北パイオニア入社、同年から稼働した米沢事業所に配属。2005年OLED(有機EL)製造部長、10年同営業部長、18年同事業部長兼米沢事業所長などを経て19年取締役。22年1月、東北パイオニアが米沢事業所を100%出資の完全子会社「ソアー」に改組したのに伴い、同社初代社長に就任。米沢市在住、59歳。
2022年4月8日
渡邊 秀賢(わたなべ・ひでたか) 1975年(昭和50年)南陽市生まれ。長井高から明海大不動産学部(千葉県浦安市)に進み、98年卒業後、祖父が創業し父親が経営する不動産会社へ。2004年に山形第一不動産に改組する際に父親とともに共同代表、06年から代表取締役社長。社業のかたわら、空き家や空き地の利活用に取り組むNPO法人の設立に奔走、19年設立の「かみのやまランドバンク」理事長を務める。
2022年3月25日
佐藤 正幸(さとう・まさゆき) 1947年(昭和22年)酒田市で生まれ、中学1年から山形市に移り住む。山形商を卒業後、北海道浦河町の競走馬牧場・オーシャンファームへ。2年後に帰郷、義兄の父親が42年に大手町で創業した実験器具販売の山形成瀬器械店(現ナルセ)入社。部長、専務を経て94年から3代目社長。2014~18年に東北科学機器協会理事長も務めた。74歳。
2022年3月11日
佐藤 矩昭(さとう・のりあき) 1944年(昭和19年)に中国厦門市で生まれ、翌年、両親の郷里・山形市に居を移す。市立四小、山形商業を経て日大経済学部に進み、卒業後に帰郷して父親が51年に創業したパン製造のライオンパン宝生堂入社。専務を経て86年から社長。78歳。
2022年2月25日
西村さくら(にしむら・さくら) 1986年(昭和61年)米沢市生まれ。米沢興譲館高から東海大海洋学部に進み、岐阜県羽島市の食品卸会社に2年間勤務した後に帰郷、実家の食品・飲料卸のにしむらへ。営業・総務課長を経て2016年に28歳で4代目社長に就任。35歳。
2022年2月11日
加賀 健一(かが・けんいち) 1983年(昭和58年)秋田県潟上市生まれ。10歳でサッカーを始め、秋田商業高を経て2002年にジュビロ磐田に入団。05年から2年間のコンサドーレ札幌へのレンタル移籍後に磐田に復帰、スピードと1対1の強さを武器にセンターバックでレギュラーとして定着。頸椎骨折などのケガに泣かされながらもFC東京、浦和レッズを経て17年にモンテディオ山形入団。同年7月、第24節湘南戦で相手GKの手元で鋭く落ちるミドルシュートを決め、公式戦6年ぶりの得点を記録した。20年ブラウブリッツ秋田移籍。奥さんと2人のお子さんを山形市に残し、秋田市で単身赴任生活を送る。38歳。
2022年1月28日
中野 拓夢(なかの・たくむ) 1996年(平成8年)天童市生まれ。天童北部小で3年生から軟式野球を始め、天童二中から日大山形高へ。2年夏に「2番・二塁手」として甲子園大会に出場、県勢初のベスト4入りに貢献。その後、東北福祉大、三菱自動車岡崎を経て2020年にドラフト6位で阪神に入団。21年シーズンは30盗塁でセ・リーグ盗塁王に輝いたほか、新人特別賞も受賞した。171センチ、69キロ。右投げ左打ち。25歳。
2022年1月14日
深瀬 毅(ふかせ・たけし) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。南沼原小から十中を経て日大山形高に進み、卒業後、市内の自動車雑誌発行会社で広告営業を担当。6年後に寒河江市の車の板金・整備会社に転職、中古車取り扱いのノウハウを積んだ後、25歳の時に独立、自宅で個人商店の中古車販売店を起業。96年にヴィヴィットコレクションに改組して漆山の県道大森中野線沿いに、2001年に漆山の国道13号沿いに移転して現在に至る。51歳。
2021年12月24日
尾﨑美聡(おざき・みさと) 1987年(昭和62年)米沢市生まれ。地元の学校を卒業後、日本生命などでの勤務を経て、1894年(明治27年)創業の老舗牛肉店・登起波(米沢市)の5代目店主・尾﨑仁さんと結婚。専務・若女将として家業を支えながら、中学2年から1歳までの5人の男の子の母親もこなす。34歳。
2021年12月10日
小川 一喜(おがわ・かずよし) 1974年(昭和49年)山形市生まれ。市立五小→同一中→山形商を経て薬品卸、ハウスメーカーなどに勤めた後、2013年に造園や外構工事を手掛けるグリーン・ワーク・コーポレーションを設立して社長に。社会の高齢化やコロナ禍などにより、20年から顧客からの要望に応える形で庭じまい、不用品の回収など〝つなぐ〟サービスの提供に乗り出している。47歳。
2021年11月26日
海谷 康裕(かいや・やすひろ) 1982年(昭和57年)山形市生まれ。蔵王二小、蔵王一中から日大山形高に進み、卒業後、県内の食品メーカーでの営業の仕事を経て2006年に実家の山里菜(さんりな)へ。15年専務、18年から社長。コロナ禍による苦境脱却と地域活性化を目指し、山形市初の蔵王発クラフトビール(地ビール)の醸造事業に取り組んでいる。39歳。
2021年11月12日
●(トゥシャール・パイヌリ) 1993年、インド北部の都市デラドゥーン生まれ。地元の中学校を卒業後、日本でカレー専門店「ロイヤルインドレストラン」の展開を始めた父親と暮らすため2009年に家族で初来日、広島市のインターナショナルスクールへ。卒業後、イギリスのバーミンガム大で経営学を学び、卒業後の16年に再来日、父親の事業を手伝うように。新天竺(しんてんじく)はロイヤルインドレストラン全23店のうち南東北4店を束ねる。20年に東北大大学院修士課程修了。千葉市在住で月1回のペースで山形に足を運ぶ。28歳。
2021年10月22日
伊藤 徹(いとう・とおる) 1961年(昭和36年)山形市生まれ。市立二小→同三中→上山農業高(現在の上山明新館高)→福井工業大工学部と進み、同大卒業後、仙台市の住宅メーカーや電子機器販売会社に勤務後、2002年に山形市飯沢で牛タン専門店「音炭(おんたん)」を開業。60歳。
2021年10月8日
小野 和行(おの・かずゆき) 1962年(昭和37年)朝日町生まれ。日大山形高から日大工学部に進み、卒業後の85年、営業の修業を積むためトヨタカローラ山形(山形市)入社、7年後の92年に小野建設へ。営業課長、開発部長、常務を経て2008年社長就任。一級建築士、華道小原流一級家元脇教授の免状を持つほか、小学4年から始めた剣道は教士七段の腕前で、県剣道連盟理事、市スポーツ協会副会長、市スポーツ少年団本部長なども務める。21~22年山形北ロータリークラブ会長。59歳。
2021年9月24日
山本 陽史(やまもと・はるふみ) 1959年(昭和34年)和歌山市生まれ。横浜翠嵐高から東大文学部に進み、同大大学院修士課程修了後1988年に山形大教養部講師に。助教授から2000年に明海大(千葉県浦安市)に転じ、07年再び山大へ。現在は教授としてエンロールメント・マネジメント部に所属。専攻は日本文学・文化論。著書に「山東京伝」「江戸見立本の研究」「東北から見える日本」「なせば成る!探究学習」など。やまコミで「判官びいきの系譜 南雲忠一」を連載中。趣味はトランペット演奏。米沢市在住、62歳。
2021年9月10日
佐藤浩至(さとう・こうし) 1962年(昭和37年)仙台市生まれ。仙台育英高から東北福祉大を経て東京のスポーツウエアメーカーに入社。2年後にUターンして総合スポーツクラブ「グラン・スポール」(仙台市)へ。98年、36歳で独立、スポーツクラブの運営請け負いやトレーニングマシンなどを販売するジーズニューコンセプトを設立、社長に。2018年からフィットネスクラブ「アッティーボジム」の展開を開始、現在は首都圏と東北などで11店を展開、県内では山形市馬見ケ崎と鶴岡市荒井京田に店舗を構える。59歳。
2021年8月27日
公平雅士(こうへい・まさし) 1983年(昭和58年)山形市生まれ。市立9小、5中、山形学院高を出て函館短期大食物栄養学科に進み、卒業後に帰郷。地元の飲食店勤務を経て2007年に宅配弁当・総菜などを手がけるエイムカイワ(山形市)入社。20年から常務。山形商工会議所青年部には14年に入会、9月19日開催予定の「第33回日本一の芋煮会フェスティバル」実行委員長を務める。38歳。
2021年8月13日
井上 尚(いのうえ・たかし) 1954年(昭和29年)寒河江市生まれ。左沢高から足利工業大に進み、4年時に中退して帰郷、実家で井上工業の前身である井上砂利へ。現場で作業経験を積み、同社の解体工事進出を主導。88年社長就任。2016年に全国解体工事業団体連合会会長に就任するのにあたり同社会長に。他に県解体工事業協会代表理事も務める。66歳。
2021年7月23日
ノーレン 千草(のーれん・ちぐさ) 1968年(昭和43年)山形市蔵王温泉生まれ。蔵王三小→蔵王二中→山形西高から跡見学園女子大(埼玉県新座市、現在は東京都文京区)に進み、卒業後に郷里に帰郷。1年半のグアム語学留学などを経て30歳の時に英語を使う職場を求めて青森県三沢市の米軍基地へ。そこで国防省職員のカルビン・ノーレン氏と知り合い34歳で結婚。夫の転勤に伴い米テキサス州フォートワース、横田基地と移り住み、実母の看病のため2010年に再び帰郷。18年に常務を務めていた実の兄が急逝、翌19年に社長だった実父の死去に伴い同年から社長。52歳。
2021年7月9日
遠藤 優子(えんどう・ゆうこ) 1966年(昭和41年)米沢市生まれ。米沢商業卒業後、地元の繊維製品卸会社を経て88年にシルキーリビング入社。経理、総務など一貫して事務畑を歩み、課長、部長、専務を経て2015年から社長。米沢市で実母、ご主人、次男の4人暮らし。54歳。
2021年6月25日
川越 浩司(かわごえ・こうじ) 1963年(昭和38年)寒河江市生まれ。日大山形高から拓殖大商学部に進み、卒業後の87年に山形相互銀行(後の山形しあわせ銀、現在のきらやか銀)入行。山辺支店を振り出しに新潟支店、法人営業部、東京事務所長、経営企画部長、寒河江支店長、執行役員、常務執行役員、取締役を経て2019年6月からじもとホールディングス(HD、仙台市)常務。6月24日にきらやか銀頭取、じもとHD会長に就任予定。57歳。
2021年6月11日
柴田 士朗(しばた・しろう) 1950年(昭和24年)山形市生まれ。日大山形高を卒業し、大阪市の模型問屋で2年間勤めた後、父親の冨太郎さん(故人)が50年に創業した模型小売店「シバタモデル」へ。常務を経て、2代目を継いだ長兄の一宇(かずいえ)さんの急逝に伴い2009年から3代目社長を務める。同店はプラモデルや鉄道模型などの豊富な品ぞろえで人気を博したが、後継者不在で5月31日で閉店、70有余年の歴史に幕を下ろす。71歳。
2021年5月28日
堀江 龍弘(ほりえ・りゅうこう) 1984年(昭和59年)飯豊町生まれ。長井高から新潟大工学部建設学科に進み、卒業後、積水ハウスへ。3年後の2010年退社、木造住宅を手掛ける実家のホリエに入社、翌11年、自社ブランド住宅「シエルホームデザイン」を立ち上げる。14年に一級建築士の免許を取得、同年専務。本業の傍ら17年グロービス経営大学院を卒業してMBA(経営学修士)取得。19年社長。今年4月、新入社員3人がパラグライダーで空を飛ぶ入社式を南陽スカイパークで行い話題を呼んだ。36歳。
2021年5月14日
細川 博之(ほそかわ・ひろゆき) 1971年(昭和45年)山形市生まれ。日大山形高から日大法学部を経て、農業資材を取り扱う福農産業(兵庫県三木市)へ。2年後の94年に帰郷、実家の農業資材の製造卸・花楯産業に専務として入社。2017年社長就任。花楯産業はグループに包装資材卸の山形パック(山形市)、中華料理店の東龍花(同五十鈴)を抱える。51歳。
2021年4月23日
花園 朋一(はなぞの・ともいち) 1953年(昭和28年)山形市七日町生まれ。山形商高から専修大商学部に進み、4年時にはフローリスト専門学校の夜間クラスにも通う。76年に専修大と専門学校を卒業後、生花店大手の花弘(東京)を経て79年に実家の生花店ハナゾノへ。父親で先代社長の克之介氏の急逝に伴い83年、30歳で社長就任。これまでの間、山形生花商組合理事、旭銀座のれん会専務理事なども務めた。フラワー装飾技能士1級の資格を持つ。67歳。
2021年4月9日
中村 祥之(なかむら・よしゆき) 1973年(昭和48年)、13年(大正2年)から続く老舗食品卸・マルナカ中村商店の創業家長男として生まれる。山大附属小・中学校、山形東高から横浜市大商学部に進み、卒業後、首都圏の食品関係企業を経て2001年から家業へ。05年常務、13年専務を経て14年社長就任。県小麦粉卸商組合会長、山形市蔵王倫理法人会副会長、山大附属中同窓会幹事長なども務める。48歳。
2021年3月26日
斯波 郁子(しば・いくこ) 1959年(昭和34年)、化粧合板を製造する徳正合板(山形市)創業者の徳正国雄氏の長女として山形市で生まれる。山形北高から専門学校に進み、市内の印刷会社で1年間OLを務めた後、21歳で東京在住の斯波久一郎氏と結婚、2人の男の子に恵まれる。95年に一家4人で山形に帰郷、義父母が蔵王温泉で経営するレンタルスキー店「しばスキー」へ。96年から専務、併設する軽食喫茶「しばママのお店」の店長も務める。スノーボードで平昌五輪にも出場した斯波正樹選手は次男。61歳。
2021年3月12日
佐藤 博之(さとう・ひろゆき) 1965年(昭和40年)東京生まれ。81年に寒河江市出身の父親が北日本白衣を起業するに際し家族で山形市に転居、市立6小、6中、山形商を経て横浜商科大へ。大学時代はバンド活動にのめり込み、3年時に中退。アルバイトをしながらプロデビューを目指すも3年で挫折、帰郷して家業に入り、2011年から社長。これまでに山形青年会議所副理事長(02年)、山形大花火大会実行委員長(04年)などを務めたほか、現在は山形市PTA連合会と山形県PTA連合会の会長も務める。56歳。
2021年2月26日