徹底して山形に密着したフリーペーパー

編集長インタビュー

前田 直之(まえた・なおゆき) 1972年(昭和47年)酒田市生まれ。酒田東高から東大経済学部に進み、卒業後、生活用品国内最大手の花王(東京)に就職。営業職を2年務め99年に帰郷、祖父が29年に創業したコンクリート製品製造の前田製管(酒田市)へ。経営企画室長、常務を経て入社4年目の2003年から社長。県コンクリート製品工業協組理事長、東北コンクリート製品協会会長なども兼任。酒田商工会議所青年部会長、日本商工会議所青年部日本創生委員会(政策提言系)委員長も務めた。9月25日で48歳に。
2020年9月25日
井上 周士(いのうえ・しゅうじ) 1973年(昭和48年)山形市生まれ。日大山形高から中央学院大経済学部に進み、卒業後、大宮総合食品地方卸売市場の荷受会社・大宮中央青果市場へ。3年後の99年に帰郷して家業の民設市場・丸勘山形青果市場入社。2007年専務、20年4月社長就任。13年に山形青年会議所理事長も務めた。47歳。
2020年9月11日
笹林 陽子(ささばやし・ようこ) 1966年(昭和41年)、1911年(明治44年)から続く山形市の老舗仏具店「長門屋」の創業家長女として生まれる。山形北高から青山学院女子短期大に進み、卒業後に日本鉱業(現在のENEOS)入社。24歳の時、同じ会社に勤める笹林修氏と結婚。2女に恵まれ、東京都内と北海道で専業主婦生活を送っていたが、家業を継ぐため2002年に一家4人で山形に戻り、2015年から社長を務める。54歳。
2020年8月28日
會津 圭一郎(あいづ・けいいちろう) 1964年(昭和39年)、45年に誕生した電気設備会社・東北電化工業の創業家長男として山形市で生まれる。日大山形高から日大生産工学部に進み、東京の土木コンサルタント会社を経て94年に東北電化へ。仙台営業所長、常務、専務を経て2006年から社長。県電業協会会長、県電気工事工業組合理事長、日本電設工業協会常任理事なども務める。55歳。
2020年8月14日
阿部 菜々実(あべ・ななみ) 2002年(平成14年)山形市生まれ。3歳から仙台市の芸能事務所に所属してアイドル活動を始め、小学6年で仙台を中心に活動するガールズユニット「パクスプエラ」のメンバーとしてメジャーデビュー。中学3年の時にテレビ朝日系列のオーディション番組「ラストアイドル」に挑戦者として出場して勝利し、以後、同名グルーブ39人のセンターとして活躍中。母方の実家は山形市の有名和菓子屋。今年からネッツトヨタ山形とサンコー食品のCMにも起用されている。市内在住、18歳。
2020年7月24日
塚田 莊一郎(つかだ・そういちろう) 1964年(昭和39年)東京で生まれ千葉県船橋市で育つ。船橋東高から専修大経営学部に進み、91年に同大卒業後、不動産会社、包装容器メーカーを経て94年に日東ベスト入社。神町工場長、取締役生産本部副部長、常務営業本部長などを経て18年専務、20年6月26日に社長就任。55歳。日東ベストは冷凍食品の製造を柱に年間売上高は県内5位の500億円超を誇る。
2020年7月10日
鈴木 徹郎(すずき・てつろう) 1965年(昭和40年)米沢市生まれ。米沢興譲館高から駒大法学部に進み、卒業後に広告代理業のウィネット(東京)へ。91年に帰郷して祖父が42年に創業に参画した山形丸魚入社、執行役員、常務、専務を経て2020年5月29日に社長就任。子ども3人は独立し、母、妻と山形市の自宅で3人暮らし。趣味はゴルフと料理。54歳。
2020年6月26日
森下 洋次郎(もりした・ようじろう) 1977年(昭和52年)奈良県生駒市生まれ。地元小学校を卒業後、鹿児島市で寮生活を送りながらラサール中・高で学ぶ。慶大商学部に進み、卒業後の2000年に会計事務所世界最大手のプライスウォーターハウスクーパース(PwC、本部ロンドン)へ。06年に独立しIT企業のバズー(東京)を設立して社長に。17年6月にランドリージロー(沖縄市)を創業、同社を2020年にフトン巻きのジロー(同)に改組して代表取締役会長就任。立命館大客員教授も務める。42歳。
2020年6月12日
大場 友和(おおば・ともかず) 1976年(昭和51年)上山市生まれ。日大山形高では野球部に所属、3年時は補欠ながら夏の甲子園出場を果たす。北東北大学野球連盟で最多の優勝回数を誇る青森大に進学するも2年時の97年、帰郷して父の一夫氏が創業に参画した住宅建設のクリエイト礼文(山形市)入社。建築、営業、首都圏企業への出向、常務、専務を経て4月に代表取締役CEO(最高経営責任者)に。44歳。
2020年5月22日
吉田美智子(よしだ・みちこ) 1953年(昭和28年)栃木県塩谷町生まれ。地元の専門学校を卒業後、美容室勤務などを経てミシン製造のシンガー日鋼(宇都宮市、2000年に解散)へ。生産ラインで働いている時に、同社に研修に来ていた吉田ミシン商会創業者の長男・正人氏と知り合い結婚、84年に山形へ。現在は義父母、正人氏、自身の4人で家業を切り盛りしている。66歳。
2020年5月8日
伊藤 聖(いとう・すぐる) 1982年(昭和57年)秋田市に生まれ、秋田高校から新潟大工学部に進む。在学中に蔵王温泉のおおみや旅館グループ総帥・伊藤八右衛門氏の長女で同大経済学部に在籍していた同じ年の好美さんと知り合い、卒業後に結婚。その後に上京して税理士資格を取得、各種サービス業で実務を経験して2008年におおみや旅館グループへ。17年専務、20年2月1日に社長就任。38歳。
2020年4月24日
森兼 啓太(もりかね・けいた) 1965年(昭和40年)神戸市生まれ。灘高から東大医学部に進み、卒業後、同付属病院や関連病院で外科医として勤務。2003年に国立感染症研究所に移り感染管理の専門に転じ、米疾病制御予防センター客員研究員などを経て09年に山大医学部付属病院検査・感染制御部副部長、10年から同部部長。09年に新型インフルエンザが世界的に流行した際は当時の舛添要一厚労大臣の私的アドバイザーとして対策行動計画の策定にも携わった。日本環境感染学会評議員、日本外科感染症学会理事も務める。55歳。
2020年4月10日
菅原 茂秋(すがわら・しげあき) 1970年東根市生まれ。地元中学卒業後、パイロットを目指し神奈川県横須賀市の陸上自衛隊少年工科学校(現・高等工科学校)、千葉市の同高射学校を経て陸上自衛隊入隊。4年後Uターン、自動車部品メーカーに7年勤めた後、2000年にティスコ運輸設立。現在までに保有トラック100台、従業員140人、営業エリアは県内を中心に東北から関東までを収める物流会社に成長させた。昨年1月に大型物流センターを稼働、3月から臨時休校の児童に社員食堂で「100円ランチ」の提供を始めたことでも話題を呼んだ。49歳。
2020年3月27日
金田 史生(かねだ・ふみお) 1967年(昭和42年)山形市生まれ。山形商業高卒業後、食肉大手の丸大食品(大阪府高槻市)入社。福島県でルートセールスの営業に携わり、「全国トップレベルの成績を挙げていた」(本人の弁)が、旅行好きが高じて2002年に同社退社、旅行代理業の山形E旅を創業。新規参入の壁に阻まれ悪戦苦闘を続けた後、巻き返しを狙って15年に5000万円を投じて東北初のプレミアムバス1台を導入、同バスを使った旅行商品に社運をかける。53歳。
2020年3月13日
笹原 史恵(ささはら・ふみえ) 1965年(昭和40年)米沢市生まれ。殖産銀行(現きらやか銀行)に勤める父親の転勤で長井市、新庄市、朝日町、山形市、山辺町、寒河江市などで少女時代を過ごし、山形北高へ。山大受験に失敗して殖産銀に就職し、10年務めた後、29歳の時に明治22年創業の老舗料亭「亀松閣」の跡取りだった笹原智美氏と結婚。女将として、料理長で後に社長になる智美氏と夫唱婦随で亀松閣を切り盛り。2017年4月に智美氏は急逝、以後、社長を継いでいる。54歳。
2020年2月28日
齋藤 繁喜(さいとう・しげき) 1977年(昭和52年)長井市生まれ。米沢商業から早稲田眼鏡専門学校(東京)に進み、高級宝飾品店ハナジマ(同)で2年間修業した後に帰郷、実家の宝飾品・眼鏡・時計販売のベルティーサイトウ(長井市)へ。取締役、専務を経て2016年から社長。14年に長井青年会議所理事長、17年に日本青年会議所東北地区山形ブロック協議会役員も務めた。山形市在住、42歳。
2020年2月14日
中村 明子(なかむら・あきこ) 1968年(昭和43年)東北萬国社を創業した本郷富也・和枝夫婦の二女として山形市で生まれる。山形西高から学習院大経済学部経営学科に進み、卒業後に西武百貨店へ。93年に帰郷して東北萬国社に入り、96年に結婚して中村姓に。常務だった2005年、夫の転勤で東京に転居、いったんは退社するも14年、父親で当時会長の富也氏の死去後ほどなく復帰、18年に社長就任。51歳。
2020年1月24日
岡崎 彌門(おがざき・やもん) 1988年(昭和63年)、蔵王温泉で創業300年を超える老舗旅館「高見屋」のオーナー家長男として生まれる。蔵王2中から玉川学園高等部(東京都町田市)に進み、玉川大学経営学部観光経営学科を卒業後、大手旅行代理店JTBの関連会社へ。2016年に帰郷して高見屋入社、17年副社長、18年7月から社長。高見屋は県外を含め積極的なM&A(合併・買収)を展開しており、現在の旅館数は14、物販・飲食施設は2を数える。31歳。
2020年1月10日
最上川 司(もがみがわ・つかさ) 河北町谷地出身。演歌好きだった父親の影響で3歳ごろから演歌を歌うようになり、地域のカラオケ大会にもたびたび出場。高校に入るとロックに目覚め、級友とバンドを組んでドラマーとして活躍。卒業後に上京し、2011年からビジュアル系ロックバンド「D’espairsRay」(現在は解散)、「THE MICRO HEAD 4N’S」のドラマーとして活躍する一方、15年にビジュアル系演歌歌手としてソロデビューを果たす。これまでに「まつぽいよ」(15年)、「ひとひらの桜」(16年)、「君の胸の中に」(16年)等をリリース。河北町の名物である冷たい肉そばのPR大使も務める。
2019年12月27日
髙橋 修(たかはし・おさむ) 1958年(昭和33年)、昭和元年創業の老舗書店・高陽堂書店のオーナー家の次男として山形市で生まれる。山形東高から慶大商学部に進み、卒業後、トヨタ自動車での2年半の勤務を経て83年にUターン、叔父の遠藤栄次郎氏を総帥とする遠藤商事グループのトヨタオート山形(現在のネッツトヨタ山形)へ。86年取締役、94年常務、2000年専務、05年副社長、09年から社長。趣味は読書で年間100冊を渉猟する。61歳。
2019年12月13日
阿部 江津子(あべ・えつこ) 1979年(昭和54年)山形市生まれ。山本学園を卒業後、市内の医療事務の仕事に携わった後に仙台市のネイル専門校に入学、市内のネイルサロン勤務を経て2015年に青田の自宅でネイルサロンを開業。17年4月に一般社団法人・日本保健福祉ネイリスト協会(東京)から「福祉ネイリスト」として県内初の認定を受け、主として宮城県の福祉施設に出向いて高齢者や障害者にネイルを施す活動を続けている。39歳。
2019年11月22日
佐藤 浩之(さとう・ひろゆき) 1974年(昭和49年)、明治創業の老舗精肉店「佐五郎」の3代目社長・佐藤充昭氏の長男として山形市で生まれる。日大山形高から新潟産業大学経済学部に進み、卒業後、食肉業の知識・技術を教える竹岸食肉専門学校(茨城県土浦市)で半年間学んだ後に東京・人形町の有名精肉店「日山」へ。2002年にUターンして佐五郎入社、03年専務、19年10月に4代目社長就任。45歳。
2019年11月8日
木村 雅英(きむら・まさひで) 1949年(昭和24年)大阪市生まれ。近畿大学(東大阪市)農学部を卒業後、72年に食品製造・卸の加藤産業(兵庫県西宮市)入社。一貫して開発・製造畑を歩み、90年に子会社で果実缶詰の製造を手掛ける和歌山産業(東根市)に常務として転籍、96年社長就任。2016年に退任するまでの間、同社の売上高を9億円から45億円まで飛躍的に拡大させた。退任直後に実質1人で蔵王ファクトリーを立ち上げ、「山形育ち」をキャッチフレーズに県産食材を使ったゼリー、ジャム、ジュースの販路拡大に奔走している。70歳。
2019年10月25日
押野 茂(おしの・しげる) 1978年(昭和53年)天童ホテル創業家の長男として天童市で生まれる。山形東高から東大農学部獣医学科に進み、東大付属動物医療センターなどで勤務医として働いた後、2009年に東京YMCA国際ホテル専門学校に入学、東京のホテルでの修業を経て13年に天童ホテルへ。15年から社長。ホテル業と「アンジェリーナ」でのブライダル業を指揮するかたわら、天童温泉街に屋台村「と横丁」を整備するプロジェクトの旗振り役も務める。3男の父で、奥さんの幸子さんも獣医師の資格を持つ。41歳
2019年10月11日
斎藤アロイシア(さいとう・あろいしあ) 1965年サモアの首都アピア生まれ。19歳の時に青年海外協力隊でサモアを訪れていた山形市出身のご主人と知り合い結婚、22歳の時に山形市に移り住む。3人の息子さんを育てながら老人ホームでの介護、英会話教師、歌手などとして幅広く活動している。今年で山形市在歴31年、孫は6人。2020年東京五輪・パラリンピックに向け山形市はサモアのホストタウンに選ばれており、「ホストタウン山形・サモア交流大使」も務めている。愛称「シアさん」。53歳。
2019年9月27日
霜田 清(しもだ・きよし) 1967年(昭和42年)長野市生まれ。早大法学部を卒業後、26歳の時に衆院選・長野1区に無所属で出馬して落選。3年後の96年に靴小売り店をチェーン展開するシューマート入社。2007年から社長を務め、同社を売上高100億円、業界ではABCマート、チヨダら最大手に続く2番手集団に育て上げた。17年から会長。18年2月、山形県内と仙台市で靴店を多店舗展開していた千足屋(山形市)の営業権をシューマートが取得して以降、週5日は山形市内に常駐して県内店舗運営を指揮している。52歳。
2019年9月13日
田中 正樹(たなか・まさき) 1969年(昭和44年)山形市生まれ。市立十小、三中、山形電波工業高(現在の創学館高)を経て中学生向け教材販売の信栄(栃木県足利市)入社。山形支店と仙台支店で全国トップのセールスマンとして活躍後、山形市の学習塾勤務を経て96年に中古車輸出を手がける「エムズ」を創業。これまでに中古車の国内販売を中心に民間車検場、緑ナンバーを取得しての貨物運送事業、レッカー・ロードサービス事業などに業容を拡大、業界ではカーサービス山形(山形市)に続く2番手グループの先頭を走る。50歳。
2019年8月23日
荒井 要雄(あらい・かなお) 1979年(昭和54年)山形市生まれ。鈴川小、市立第四中、山形中央高、山大工学部を経てあいおい損害保険(現あいおいニッセイ同和損害保険)へ。3年後に父親が創業した保険代理店のアシスト(現FP事務所TSプラザマネジメント)入社、常務を経て2015年社長。全世界の生命保険営業職のトップクラスメンバーで構成され、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織「MDRT」に8年連続で名を連ねる。山形青年会議所(山形JC)には26歳に入会、12年から理事、副理事長も3度務めた。40歳。
2019年8月9日
佐藤 啓(さとう・ひらく) 1966年(昭和41年)、コンクリート圧送業・ヤマコン(山形市)創業会長の佐藤勝彦氏の次男として山形市に生まれる。山形南高から専修大経営学部に進み、卒業後、専門商社の大沢商会(東京)へ。96年、ヤマコングループの自動車整備会社・ニッシン自動車に営業係長として入社。課長、専務を経て2012年から現職。ニッシン自動車は10年に車体メーカーの三栄自動工業と経営統合し、サニックスに社名変更した。県中小企業家同友会の共同求人委員長も務める。佐藤隆彦ヤマコン社長は実兄。53歳。
2019年7月26日
髙倉 正則(たかくら・まさのり) 1958年(昭和33年)山形市生まれ。山形東高定時制課程卒業後、77年に山形市役所へ。納税課を振り出しに教育委員会(公民館担当)、観光物産課、政策推進課、秘書課、広報課長、環境部長などを経て2017年に定年退職、同年、市文化振興事業団事務局長兼「山寺芭蕉記念館」館長、19年から現職。市都市振興公社理事長も兼ねる。61歳。
2019年7月12日