特集
昨年9月22日創刊の「徹底して山形に密着したフリーペーバー・やまがたコミュニティ新聞」は、皆様の御支援のおかげで1周年を迎えることができました。試行錯誤の毎日だったこの間、幾つかのコーナーやコラムが生まれては消えましたが、一貫して続いてきたのが巻末の「編集長インタビュー」。そこで今回の特集は編集長インタビューの過去1年の総集編!24人が一挙登場——。
2007年9月14日
まだまだ暑い日が続く山形ですが、この暑さを乗り切れば、待っているのは当たり前ですが秋。山形の秋といえば芋煮! そこで今号の特集は「芋煮のトリビア」——。
2007年8月24日
日本列島を猛暑が襲っている。16日には埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で気温40・9度を観測、1933年(昭和8年)7月25日に山形市で記録した40・8度を抜いて74年ぶりに国内最高気温を更新した。今年の夏、暑すぎ——。
2007年8月24日
地球温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)の排出削減を目指す取り組みが山形で本格化してきた。CO2の排出元としては「事業所」「家庭」「自動車」の3つが挙げられるが、山形は1世帯当たりの自動車台数が福井県に次いで全国2位という土地柄。それだけに、乗用車で、トラックで、いま「エコ」が重要なキーワードになっている。
2007年8月10日
急速に都市化の波が押し寄せる山形。こうした流れを加速させているのが県外企業の参入で、「やまコミ」でもこれまで特集記事として「スポーツクラブ」「葬祭場」「自動車教習所」「ガソリンスタンド」などにスポットを当ててきました。今号ではホットな話題が続く「ホテル」「ブライダル」を一挙特集——。
2007年7月27日
環境問題がクローズアップされるにつれ、脚光を浴びているのがリサイクル。そういわれてみれば、山形市周辺にも知らないうちに様々なリサイクルショップがあちこちに。そんなショップの中から話題の店、今後の注目株にスポットを当ててみた。
2007年7月13日
「めでためでた〜の若松さまよ〜」という花笠音頭の一節で有名な天童市の鈴立山若松寺が来年、開山1300年という大きな節目を迎えます。県内では山形市の山寺、鶴岡市の湯殿山神社などに比べやや地味な存在ですが、縁結びの観音様として全国的には「西の出雲、東の若松」と出雲大社と並び称されるほど霊験あらたかなお寺なのです。というわけで、今回は若松寺のトリビア——。
2007年6月22日
いよいよ夏本番。夏の風物詩「花火」は日本を代表する伝統文化。先人たちの努力に感謝しながら、さあ今年はどこの花火にでかけますか?
2007年6月22日
やまがたコミュニティ新聞のカッシーです。県内各地で咲き誇った桜もいつしか散り、何かしら心にポッカリと穴が開いたような今日このごろ。そんな心の空白を埋めようと県内の観光ガイドブックをながめていたら、あった、あった、ありました! 山形県の中央部に位置する村山市の「東沢バラ公園」。バラ園としては全国最大級の規模を持ち、しかも周辺は舟下りあり、ソバの名店、温泉ありと、まさに観光づくし。そんなわけで、私を村山に連れてって——。
2007年6月8日
山形コミュニティ新聞社のカッシーです。7月1日に山形新幹線が開業15周年を迎えるって、知ってました? 山形県民の夢と希望を乗せて走り続ける「つばさ」、私も東京に遊びに行く時に必ず利用しています。そんな山形新幹線、つばさに関するあんな話題、こんなトリビア、県外出身の編集長は知ってるかなーー。
2007年5月25日
山形コミュニティ新聞社のカッシーです。買い物で時々タクシーを利用している祖母から聞いたんですけど、タクシーの運賃が上がるらしいんですって。もし本当ならお年寄りとか、編集長みたいに夜の繁華街でヘベレケになって帰りにタクシーを使ってる人たち大ピンチ! 噂の真相を編集長に聞いてみました。
2007年5月11日
山形市が整備中の嶋土地区画整理事業地内(写真右)にこの秋、県内陸部では最大級のショッピングセンター(SC)が誕生する。食品スーパー、ホームセンター(HC)、衣料品、雑貨など出店する業種は多岐に及んでおり、中心街や他地区の郊外店舗に影響を及ぼすのは確実な情勢。特に隣接する馬見ケ崎周辺では既存店が嶋地区に移転して空洞化する事態にも見舞われそうで、さながら「地区のリストラ」が進行する見通しだ。
2007年4月27日
やまがたコミュニティ新聞のカッシーです。前号に掲載した「山形第一自動車学校、4月閉鎖へ」の記事を読んだ私の母、免許をとったのが山形第一だったらしくてショックを受けてました。山形の自動車教習所で今なにが起こっているのか、何でも知ってて頼りになる編集長に聞いてみました。
2007年4月13日
暖冬の影響もあって例年より早まりそうな県内の桜の開花時期。桜の名所は随所にあるが、中でも南部の置賜(おきたま)地方は樹齢500年以上の桜の古木、名木、巨木が多く、開花シーズンには首都圏や関西方面からも多数の観光客が押し寄せる。そうだ、置賜の桜に会いに行こう!
2007年3月23日
古くから残る農家や町家などを現代のライフスタイルに合わせて改修・改造する「古民家再生」が全国で静かなブームを呼んでいる。数十〜数百年の風雪に耐え抜いた太い梁(はり)、黒光りする柱などは独特の風合いを持ち、再生した家屋は重厚な存在感をみせつける。環境や健康を重視する生活スタイル「ロハス」(キーワード1)に通じる面もあり、古民家が各地に点在する山形でも再生ビジネスが活発化してきた。
2007年3月9日
やまがたコミュニティ新聞のカッシーです。私は通勤や仕事にマイカーを使っていて、ガソリンの値段はとても気になります。でもお店によって違ったり、地域によってもバラバラ。どうして違うのか、何でも知ってて頼りになる編集長に聞いてみました。
2007年2月23日
やまがたコミュニティ新聞のカッシーです。山形県は3世代同居世帯の比率が全国1位。山形市で生まれ育った私もご他聞にもれず、両親、祖母と暮らしています。84歳になる祖母は今は元気ですが、この先は心配。そこで介護保険制度について勉強しておこうと、何でも知ってて頼りになる編集長に聞いてみました。
2007年2月9日
山形県で最も多くの観光客を集める山寺。苦しい思いをして石段を登り、展望台(五大堂)まで行き着くと、山寺の門前町や遠くの山々を望む大パノラマが広がる──。と、ここまでは誰もが連想するところですが、文献を調べ、実際に登ってみると、意外な事実や新発見がいっぱい。今回は「山寺のトリビア!」
2007年1月26日
冬本番。肌を刺すような冷気で体ばかりか心までも冷え込んでしまいそうなこの時期、山形には力強い「お助けマン」がいる。温泉。そう、山形は県内の市町村すべてに温泉があるという文字通りの温泉王国。しかも低料金で利用できる日帰り温泉が山形市周辺だけでも随所に。そんな日帰り温泉を紹介していく「ちょっとそこまで・日帰り温泉」。新春1回目は「臥龍温泉」(青田)、「新左衛門の湯」(蔵王)の2施設を一挙紹介──。
2007年1月12日
山形市で葬祭事業を巡る競争が激化している。自宅や寺院での葬儀が中心だった山形市で本格的な葬祭場が増え始めたのはほんの5─6年前から。現在までにJAグループを含む複数の業者が続々と参入し、各地で葬祭場の建設ラッシュが続いている。各事業所はそれぞれサービスの違いを打ち出しており、顧客がニーズに合わせて葬儀を選べる時代になってきた。
2006年12月22日
「光のプロムナード」に誘われて七日町通りを北に進むと、美しくライトアップされた威風堂々とした建物が目に飛び込んでくる。ご存知、山形県郷土館「文翔館」──。ただこの文翔館、山形市のシンボル的存在にもかかわらず、あまりに身近すぎて「旧県庁」ぐらいの認識しかない人も多いのでは? そこで今回の特集は「文翔館のトリビア!」
2006年12月8日
山形市周辺のラーメン店が地元産の小麦「ゆきちから」を使ったラーメンの販売に力を入れている。「ゆきちから」で打った麺はコシが強く、のびにくいのが特徴。山形県はそばどころとして有名だが、地産地消型の新ラーメンを新たな山形名物に育てようという計画だ。
2006年11月24日
前号のアンケートで「山形県のいいところ」を読者にうかがったところ、圧倒的に多かった回答が、「米、蕎麦、果物といった食材が豊富」「酒がうまい」。食材にしろ、日本酒にしろ、そのおいしさの源は「水」。山形の水って?
2006年11月10日
郊外の大型店に押され、全国的に街の小売店に元気がない。駅前や中心街からは店がなくなったり、シャッターを下ろしたままというケースも目につく。だが、そんなハンディキャップを跳ね返し、知恵とやる気で存在感を発揮している小売店もある。頑張る山形市周辺の小売屋さんにスポットを当てた。
2006年10月27日
本紙記者 蜂谷の突撃レポート
それは、山形コミュニティ新聞社の編集部員、私こと蜂谷真紀と、鬼の編集長のこんな会話から始まりました。
それは、山形コミュニティ新聞社の編集部員、私こと蜂谷真紀と、鬼の編集長のこんな会話から始まりました。
2006年10月13日
酒どころとして名高い山形県。日本酒だけでなく良質のワインの産地としても全国から知られ、これからの季節は芋煮会、クリスマスや忘年会と、県民が美酒を堪能する機会は増える。一方で山形県の1人当たりの車両保有台数は全国トップクラス。新聞やテレビで「飲酒運転」がクローズアップされるなか、アルコールと車とのハンドルさばきは十分慎重に——。
2006年10月13日
「やまがたコミュニティ新聞」の発刊にあたり、16年ぶりに山形市に帰郷した豊田記者。七日町通りを歩けば、よみがえるのは活気あふれる商店街の思い出。往時と「今」との変化に戸惑いながら、最後に行き着いた実家の跡地で、ぼくは一つの決心をした。
2006年9月8日