徹底して山形に密着したフリーペーパー

ユニバーサル山形(山形市)社長 土屋 和彦さん

2022年5月13日
土屋 和彦(つちや・かずひこ) 昭和51年(1976年)天童市生まれ。寒河江高から上武大学商学部(群馬県伊勢崎市)に進み、99年荘内銀行入行。山形南支店、山形営業部を経て2005年、03年に創業した訪問看護を手がけるユニバーサル山形に社長として入社。以来、業容を拡大させ、「在宅リハビリ看護ステーションつばさ」「居宅介護支援事業所つばさ」「グループホームつばさ」など18事業所を山形、天童、寒河江、米沢、仙台の各市で展開している。45歳。
ユニバーサル山形(山形市)社長 土屋 和彦さん

銀行勤務の知見を活かし
  人材にも恵まれて成長軌道に

――若くして銀行マンから経営者に!
 
銀行員から28歳で転職

 「荘内銀時代、ユニバーサル山形の創業をお手伝いしていました。2006年に訪問看護開設にこぎつけましたが、半年後、社長が会社に出勤できなくなる事態が発生して。役員が4人いましたが、常勤は社長だけで」
 「残った役員や社員の方々から『頼むから面倒を見てくれ』と懇願されて。当時、入行6年目の28歳。銀行の仕事に面白さも感じてたし、自分みたいな若造に社長が務まるのかという不安もありました。でも一方で」
――でも一方で?
 「やりようによっては面白いかなとも思ってしまって(苦笑)。子どもが2人いましたが、妻はわりと恬淡(てんたん)としていて。銀行の仲間や上司からは猛反対されましたけど」
――荘内銀行といえばいちおう地元名門企業で、普通、その若さなら辞めないよね(苦笑)

医療職で急成長

 「転職してまず取り組んだのが営業で、率先して介護事業所や医療機関に足を運びました。会計資料なんかも不備だらけで、そのあたりの態勢整備も急務でした」
 「営業や会計は銀行時代の経験が役に立ったかな。苦しかったのは資金繰り。何の実績もない赤字会社なので、銀行や信用保証協会の追加融資や保証は見込めず、個人的に借りるしかなかった」
――そんな苦しかった創業期を乗り越え、今や業界が刮目(かつもく)する存在に。
 「成長ペースは早い方ですかね。軌道に乗れたのは、専門性が求められる医療系で社会のニーズに応えられているからでしょうか」
 「職員は234人いますが、看護師、理学療法士、作業療法士といった医療職のウエイトが高く、キメ細かなサービスを心がけています」

子育て支援にも力

――やはり人材だと。
 「人材は会社の財産で、この点では恵まれました。介護業界は離職率の高さがネックとされますが、職員のちょっとした要求や不満も汲み取るようにしていて、業界の中でも離職率は低い方だと自負しています」
――10年前の12年には、山形労働局から中小企業としては県内初の「子育てサポート企業」にも認定されて。
 「職員は女性が大半で、社長就任時から出産や子育てを理由に離職することのないような環境整備を心がけてきました。それは今でも」

来年が創業20周年

――今後の目標とか。
 「来年8月が創業20周年。今後も地域に根を張り、社会に貢献できる会社であり続けたいですね」
――今となれば、銀行辞めて正解でしたね。