徹底して山形に密着したフリーペーパー

ジョイ 社長 阿部 恵 氏

2008年8月8日
阿部 恵(あべ・さとし)1954年(昭和29年)鶴岡市生まれ。鶴岡南高から立命館大文学部を経て旧山形相互銀行(のち山形しあわせ銀行、現在きらやか銀行)に入行。一貫して企業融資畑を歩み、2005年1月、業績不振に陥っていたホームセンターのジョイ立て直しのため同社社長に就任。ジョイは同年2月に産業活力再生特別措置法の適用を受け、06年にはジャスコを核とするイオングループ入りして再建がスタート。54歳。
ジョイ 社長 阿部 恵 氏

受け継いだDNA「企業再生はロマン」

——業績、好調ですね。
 
黒字化、出店も再開

 「2005年2月から今年1月までの3年間、不採算店の閉鎖や食品売り場の廃止などリストラを進めてきました。その甲斐あって今年は黒字に。過去3年は店舗閉鎖ばかりでしたが、5月には藤島店(鶴岡市)を再開、秋には温海町(同)に新店を出します」 
 「再建が軌道に乗ったのは一つには国のスキームや金融機関の支援を受けて従業員の士気が高まったことが大きい。あとイオングループに入って効率的な仕入れができるようになったり、ハイレベルな社員教育ができるようになったことも見逃せません」
 
励みになった地元の支持

 ——3年前はダメだと思いましたけどね(苦笑)。旧しあわせ銀も阿部サンも貧乏クジ引いたなって。

 「ボクもそう思った(笑)。でも有難いことに、これ絶対に書いといて欲しいんだけど、ジョイって思った以上に地元から支持されてたの。なんで分ったかっていうと、品ぞろえとかサービスとかで問題があったりすると必ずクレームが来るのね」
 「クレームっていうのは地元の人がジョイを身近に感じ、期待してくれていることの証(あかし)で、「何やってるの」「しっかりしなさい」っていう応援のメッセージなんだ。クレームがなくなったら終わり。『何言ってもムダ』って見捨てられてるわけだからね」
 「地元の支持を感じられたことがボクにも、社員にもすごく自信になった。3年前は会社存亡の危機だったけど、地元が変わらずに支持してくれることが分れば『よし、裏切らないようにしよう』ってなるじゃない」
 
理屈っぽい情熱家(?)
 
——「理論派」「理屈っぽい」っていうのがボクの持ってた阿部サンのイメージだったんですけど、「浪花節」的なところもあるんだ(笑)

 「オヤジも旧しあわせ銀で企業再生に携わってたし、そんなオヤジを見て育ったボクも企業再生にはロマンを感じる。銀行にいて再建プランを練る場合もあるけど、ボクは企業の中に入って従業員といっしょに汗を流すやり方が好きだな」
 
艱難辛苦をともに

 「今回はジョイに転籍して骨を埋めるつもりだけど、過去にも融資先企業に出向したことあるし。要は地元企業と艱難辛苦(かんなんしんく)をともにするっていう相互銀行とオヤジのDNAをそのまま受け継いじゃったんだろうね」。

——阿部サン、実はいい人だったんですね(笑)