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《セピア色の風景帖》 第127回 関山隧道

2019年3月8日
 周辺を山に囲まれ、他県に行くにはどこを通っても難渋を余儀なくされる山形県では隧道(すいどう)(トンネル)は不可欠だった。
《セピア色の風景帖》 第127回 関山隧道

 宮城県に通じる関山峠も当時の県令・三島通庸の大号令のもと、1880年(明治13年)から2年をかけて隧道が開削されることとなった。

 福島県境の栗子隧道ほどの難工事ではなかったものの、開削直後に工事に伴う大爆発事故を起こし、男女23名の死者と7名の重傷者を出した。慰霊碑が国道48号沿い「大滝ドライブイン」前に建てられている。
 完成直後は荷馬車の通行で賑わったものの、1901年(明治34年)に鉄道が山形まで伸び、37年(昭和12年)には仙山線が開通したこともあって不遇の時代が続くが、モータリゼーション化を見越して14年に拡幅工事が行われると峠は再び賑わいを取り戻した。

《セピア色の風景帖》 第127回 関山隧道

 ただ急カーブが多いことから多くの事故が発生し、「幽霊が出る」との騒ぎまで起きたため、43年に標高を70メートル切り下げた現在のルートが完成した。 (F)