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モンテディオ山形 MF・背番号7 松岡 亮輔選手

2018年12月28日
松岡 亮輔(まつおか・りょうすけ) 1984年(昭和59年)兵庫県西宮市生まれ。中学からセレッソ大阪ユースに所属し、阪南大学(大阪府松原市)卒業後の2007年にJ1のヴィッセル神戸入団、12年に同ジュビロ磐田に移籍後、14年モンテディオ山形に移籍。持ち前の守備力とハードワークを武器にレギュラーとして貢献、15年のJ1昇格の原動力になった。その後は若手の台頭やケガもあり出場機会が減少、今季でモンテとの契約が満了。山形市で奥さんと3人の娘さんと暮らす。34歳。
モンテディオ山形 MF・背番号7 松岡 亮輔選手

山形でお世話になった5年間
 この経験を無駄にはしたくない

――まっちゃん、いなくなっちゃうんだね。
 「在籍してた5年間、サポーターやファンの皆さんには温かく応援してもらって、本当にありがとうございました」

忘れられない2014年

――契約満了を告げられた時って?
 「最終節の1週間前でした。今季は3試合しか出てないので覚悟はしてましたが、プロ12年間で〝クビ〟は初めてでしたから、グサっときましたね。積み重ねてきたものが失われたような…」
 「でも、ここから這い上がらないと。とりあえず現役続行を考えていて、今は行く先を模索してます。先日もトライアウトを受けてきました」
――「歴代で最も愛された選手」って聞いてる。
 「ホンマですか?嬉しいなあ」
 「5年間の1番の思い出はやっぱり2014年のプレーオフ決勝戦と翌週の天皇杯決勝戦。大勢の観客の中で試合に出れた高揚感が凄くて、あの1週間は生涯忘れられない幸せな時間でした」
 「特に天皇杯。試合前に流れた『君が代』に身震いしたことを今でも覚えてます」

ナンバー7を背負って

――サービス精神もハンパなかった(笑)
 「ボクはサービスしてるつもりは全然ないんですよ。ただ応援してくれる人たちに自然に接してただけで、それでみんなが喜んでくれたら嬉しいし、こっちも明るくなってパワーをもらえるし」
――ナンバーセブンを背負ってました。
 「7番は〝ミスターモンテ〟と言われた高橋健二さん(現・湘南ヘッドコーチ)がつけてた栄光の背番号。最初は『ボクでいいのかな』という戸惑いがありましたけど」
 「チームになじみ、山形という地域にも溶け込んでいくうちに『自分からは7番を返上しない』と心に決めてましたね」

骨を埋めたかった

――モンテで骨を埋めようと。泣けるなあ。
 「いい条件や、上のカテゴリーを目指すべきプロとしてはどうだったんでしょうかね。モンテでは初めて自分のチャント(応援歌)もつくってもらいました。背番号7とチャントが人生の2大トピックスで、チームを離れても持って行きたいぐらい(笑)」
――将来はモンテの社長にもなってみたいと。

モンテ社長も魅力

 「選手の延長としてコーチや監督を目指すのが普通でしょうが、チームじゃなくクラブを経営してみたいという思いはありますね。未知の世界に興味があるっていうか」
――まだ34歳、いろんな可能性を求めて「てっぺん」を目指そう!
 「お笑いの世界にいったりして(笑)」