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医療法人社団斗南会(秋野病院)理事長 秋野 貞子さん

2018年11月23日
秋野 貞子(あきの・さだこ) 1934年(昭和9年)福島県会津生まれ。会津若松市の竹田看護専門学校卒業後、看護師になり、精神科医の秋野睦氏と結婚。3人の子育てに追われながら73年に秋野氏が天童市に秋野病院を開設した際に事務長に就任。秋野氏死去後の84年に斗南会を設立して理事長に。以後これまでの間、介護老人保健施設「ラ・フォーレ天童」、健康増進施設「のぞみ」、ケアハウス「めぐみの里」、グループホーム「おあしす・はぴねす」、認知症デイケア「ポレポレ」などを整備、業容を拡大させている。84歳。
医療法人社団斗南会(秋野病院)理事長 秋野 貞子さん

志半ばで先立った主人
 悔しさをバネにやってきました

――女傑と伺ってます。
 「どなたが言われてるのかしら(笑)。私はただ前を向いて歩いているだけですよ」

斗南会の由来

――病院の屋上に天文台があるんですね。
 「『暗い』と思われがちな病院のイメージを打ち破り、開放的な施設にしたいからと主人がつくりました。星や宇宙が好きな人で、望遠鏡を通して想いを馳せていたのでしょうか」
 「そんな主人が病院ができて10年後に肝臓がんで51歳で他界して。斗南会というのは北斗七星にちなんで命名しました」
――ご夫婦とも県外のご出身ですよね。
 「私は会津、主人は新潟の佐渡島の生まれ。主人は弘前大医学部を出て同大の医局に属していましたから、勤務医として主に青森県内を転々と」
――どうして天童に?
 「主人が秋田に勤めていた時に当時の天童市長さんと懇意になり、『天童で開業して欲しい』と誘われたことがひとつのきっかけでした。同じころ山形大医学部が創設され、協力関係が築けそうだったことも主人の背中を押したようです」

未知の天童で開業

――ご苦労もあったと。
 「落下傘のように見ず知らずの土地に舞い降りたわけですから…。開業当初は患者さんがゼロという日が続きましたね」
 「専業主婦だった私も次第に事務を手伝うように。主人も私を頼りにしていたようです(笑)」
 「開業の翌年が第2次石油ショックで、患者さんや職員の暖をとるのに苦労して。経済的にも困窮しました」 

いろんな人に支えられ

――ご主人が亡くなった時は?
 「志半ばで『残念、無念』の言葉を残して逝った主人の想いがあるからこれまでやってこれたと思います」
 「いろんな方にご支援を賜ったことも忘れられない。特に山大精神科医局の先生方に支えられて今日があります」
――でも女手一つでここまで大きくされて。
 「アンテナを張り巡らせて、いろんな情報を収集するようにしてます。そうすれば進むべき方向が見えてきて、やらなきゃいけないことが次々に出てくる」
 「多様な生き方が重んじられている昨今、福祉に求められている役割も多岐にわたっています。それにどう応えていくかが大切だと思う」

働き方改革も

 「働き方改革にも力を入れています。去年は子育てをサポートする『くるみん認定』、今年は女性の活躍を推進する『えるぼし認定』もいただきました」
――やっぱり女傑なんでしょうね(苦笑)