徹底して山形に密着したフリーペーパー

謝罪マスター 竹中 功さん

2018年9月14日
竹中 功(たけなか・いさお) 1959年(昭和34年)大阪市生まれ。同志社大学法学部卒業後、81年に吉本興業に入社して宣伝広報室を立ち上げ、芸人養成所「よしもとNSC」の設立にも携わる。長く広報担当として所属タレントの不祥事の事後処理を一手に引き受け、記者会見で謝罪することもしばしば。関連会社の専務、社長を経て2015年に吉本退社。現在は「謝罪マスター」として広報・危機管理に関するコンサルタント活動や執筆、講演、ラジオパーソナリティーと幅広く活躍中。月に1回、山形刑務所での教育活動も。59歳。
謝罪マスター 竹中 功さん

「戻ってきたらあきませんよ~」
  山形刑務所で笑いをとってます

――吉本興業で長く広報を務められた竹中さんが、どんな縁で山形に?

山形は月1レギュラー

 「2014年から山形刑務所で満期釈放者の社会復帰に向けた講師をやらせてもらってます」
 「13年から2年間、吉本の『東北住みます専務』として仙台と会津に住んでまして、秋田刑務所で講演したのがきっかけです。それが好評で山形刑務所からお声がかかって、今では月1本のレギュラー(笑)。交通費と宿泊費で足が出ますが、今日も講演を終えた〝ムショ帰り〟ですわ」
 「塀の中と外なんて紙一重。社会に戻るうえでコミュニケーションがどれだけ大事かを笑いを交えながら話してます。刑務所に戻らない人間を1人でも増やしたい。今後も続けてくつもりです」
――今では誰もが知る吉本興業ですが。

「何ちゅう会社やねん」

 「ボクが入社した当時はまだ漫才ブームの前で吉本なんてほとんど無名。マスコミに行きたかったんですが、新聞社は難しい試験があるし、テレビ局はコネっていうやないですか。大学に(吉本の)求人票が貼ってあったので、そんなに悪いところでもないやろと」
 「入社したらいきなり『広報がないからお前つくれ』って言われて、それで3カ月したら今度は『芸人が足りんからお前がつくれ』ですわ。入社1年もたってないのにNSCつくって面接官やらされて…。何ちゅう会社やねんと(苦笑)」
――NSCの1期生がダウンタウンですよね。

ダウンタウン、謝罪

 「松本と浜田が高校を卒業して受けに来て、採用したのが入社2年目のボク。だから今でも「俺はお前らの兄さんやぞ」と言ってやります。あいつらはそうは思ってないでしょうけど(笑)」
――所属芸人の不祥事では矢面に立って。
 「いろいろありましたわ。傷害事件を起こした○○、不純異性交遊やらかした××、生活保護の不正受給疑惑で世間を騒がせた△△…。ほとんどの謝罪会見でボクが同席して頭下げてました」
 「吉本での仕事は充実してたけど、忙しすぎて自分の時間が持てなかった。それで56歳の時に会社人生をリセットして自分を見つめ直そうと」
――でも吉本での経験が退社後に生きてくる。

大切なリスク管理

 「『よい謝罪』という本を出させていただいたのが契機になり、〝謝罪マスター〟の肩書きで活動させてもらってます」
 「謝罪の要諦は頭を下げる角度とか時間じゃなく、謝罪をしなくて済むリスク管理を徹底すること。そのうえで広報が適切に対応することが大事やと思いますね」