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<荒井幸博のシネマつれづれ> 菊とギロチン

2018年7月13日
女相撲の発祥は天童!

 大正末期、関東大震災直後の日本。軍部が台頭する中、大正デモクラシーのような自由は失われ、人々は貧困と閉塞感にあえいでいた。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 菊とギロチン

 ある日、東京近郊に女相撲興行の一座がやって来る。力自慢の女力士に加え、元遊女や家出娘などが集まった一座には新人の花菊(木竜麻生)の姿も。貧しい農家の嫁だった花菊は夫の暴力に耐えかねて家出し、一座に加わっていたのだった。
 興行の日、観客の中にアナキスト集団・ギロチン社の姿があった。彼らは女力士たちの戦いに魅せられ、彼女たちと行動を共にするようになる。
 「差別のない世界で自由に生きたい」という共通の願いは、性別や年齢を越えアナキストと女力士らを強く結びつけていく。だが、彼らの前に厳しい現実が容赦なく立ちはだかるのだった――。

 当時、女相撲興行とギロチン社は実在していた。特に女相撲興行は天童市の石山兵四郎によって1880年(明治13年)に誕生し、1956年(昭和31年)まで続いた。メガホンをとった瀬々敬久監督は「山形発祥の女相撲興行がなければできなかった映画」と語る。
 瀬々監督と主演の木竜さんは7月4日、石山が女相撲絵馬を奉納した天童市高擶(たかだま)の清池八幡神社を訪れ、映画完成報告とヒットを祈願している。
 瀬々監督は「30年ほど前にギロチン社の存在を知りましたが、反社会的なイメージもあり、これだけでは映画にはできない。その後に知った女相撲興行と合体させれば鬱屈(うっくつ)した時代に理想郷を求める若者たちのドラマが描けるのではと考えました」と映画化を決めた舞台裏を明かしてくれた。

 木竜さんの真っ直ぐに相手を見つめ、真摯に話す姿は花菊そのもの。今後が楽しみな女優だ。ギロチン社のメンバーの1人を演じた寛一郎は佐藤浩市を父に持ち本作が初演技だが、信じる理想に殉じる青年を好演している。2人の長い俳優人生にとってエポックメイクな映画になるだろう。


<荒井幸博のシネマつれづれ> 菊とギロチン
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜15時)を担当。