徹底して山形に密着したフリーペーパー

戸田屋 代表取締役会長 戸田 正宏さん

2018年6月22日
戸田 正宏(とだ・まさひろ) 1952年(昭和27年)山形市生まれ。山形市立5小、1中、山形商業高を出て日本菓子専門学校(東京)に進み、東京の洋菓子店で5年間修業した後に帰郷、家業の和洋菓子店「戸田屋」へ。95年に社長就任、この間、伝統を守りながら創造的な菓子を次々開発、全国・県内のコンテストで数々の賞を獲得してきた。6月13日、創業70周年を迎えたのを機に社長を長男の健志氏に譲り、自らは会長に退いた。65歳。
戸田屋 代表取締役会長 戸田 正宏さん

皆様のおかげをもちまして
 今年、創業70周年を迎えます

――今年が創業70周年と伺いました。

小姓町に根を張って

 「戸田屋は父と母が始めた会社で、2人が結婚した1948年(昭和23年)6月13日を創業記念日にしてます。父は江戸初期から続く尾花沢のうろこや総本店の次男坊で、終戦後に小姓町のこの地に移り住みました」
 「当時は戦後復興で菓子は作れば売れた。私は生まれも育ちも小姓町で、両親が多忙で構ってもらえなかった記憶はありますが、周囲には木造3階建ての遊郭がいっぱいあった。幼少期はそんな華やいだ雰囲気の中で過ごしました(苦笑)」
――有名なキャバレー「ソシュウ」も確か…。
 「ソシュウなんてうちの裏。懐かしいなあ」
――家業はその後?

卸から小売りにシフト

 「もとは製造と卸が中心の会社だったんですよ。でも卸は規模が小さくて儲からない。私が修業から戻って小売りにシフトしていきましたが、やり方の違いによる父への反発や私の力不足などで苦労続きでしたね」
 「転機は社長になって3年後に出した『景気好転まんじゅう』。当時は平成不況の真っただ中で、経営者を鼓舞するため縁起物の小判をデザインしたまんじゅうを出したところ大ヒット。あれは救いの神でした」

「磯部理念」との出会い

 「食品コンサルタントの故・磯部晶策先生との出会いも大きかった」
――磯部理念ですね。
 「『安全・安心』『ごまかしのない』『味がいい』『妥当な価格』が磯部理念が掲げる食品の備えるべき4条件。磯部先生に出会う以前、自分なりに同じようなことは心がけてきたつもりでしたが、全然違った」
 「結局は1人よがりだったんですね。それ以来、磯部理念に共感する仲間と勉強会や見学会を繰り返し、切磋琢磨しながら歩んできたというのがこれまでの歴史です」
――でも小姓町の1店舗だけ、お菓子の製造と小売りで年商1億円って、凄いですよね。
 「私の中で年商1億円はひとつの目標ではありましたね」
――でも65歳で楽隠居って早くないですか?

孫はアイドル!

 「親バカと言われそうですが、息子は私より能力がある。和菓子職人の技能の認定制度で県内初の賞を受けたり、歌舞伎俳優の松本幸四郎さんの襲名記念の和菓子を創作したり。みんなからはトビがタカを生んだんじゃないかと(苦笑)」
――お孫さんはアイドルを目指されていると。
 「阿部菜々実と申しまして、テレビ朝日系列の『ラストアイドル』なんかに出演中です。よろしくお願いします(笑)」