徹底して山形に密着したフリーペーパー

サンコー食品 社長 遠藤 善也さん

2018年1月26日
遠藤善也(えんどう・ぜんや) 1941年(昭和16年)山形市落合町生まれ。山形南高を経て山大農学部へ。卒業後、実家で10年就農した後、73年に食品スーパーのヤマザワ入社。青果物バイヤー、店長、ブロック長などを務め、91年に子会社のサンコー食品(山形市)に出向。営業部長、常務、専務を経て99年社長。2007年にいったん顧問に退くも2年後に社長復帰。76歳。
サンコー食品 社長 遠藤 善也さん

美味しさや見た目、安さに加え
  無農薬や無添加にも挑戦したい

――経歴がユニークで。

農業からヤマザワに

 「実家は野菜農家。長男なので後を継ごうと大学で農業を学んで就農したところ、先進的なことに慎重な父親と対立し、最後は『出て行け!』だったかな(苦笑)」
 「32歳の時で、当時は30歳以上の中途採用なんてほとんどなく、唯一募集していたのがヤマザワ。当時社長だった山澤進会長が面接で『落合の農家の長男坊が何で?』と訝(いぶか)しがってましたね」
 「あのころのヤマザワは店舗数12、売上高は130億円ぐらい。青果物担当として最初に任されたのがJR山形駅前のニチイの地下店と七日町のジャスコの地下店。それからいろいろやって、49歳でサンコー食品に来て足かけ27年です」

会長とは不即不離で

 「社長になったのも山澤会長に頼まれて。65歳で顧問に退きましたが、2年後に会長が『もう1回(社長を)やってくれ』と。『エー!またですか!?』って感じで(苦笑)」
――それだけ信用されてるんでしょうね。
 「そうなのかなあ」
――グループで会長に直言できる唯一の人だと。
 「いやいや。ただ、みんなは会長への畏敬の念が強すぎるのかな。真正面からぶつかること、それに嘘をつかないこと。でないと会長は鋭いから見抜いちゃうんだよね」
――実はボクも会長の〝取り扱い〟は得意で(苦笑)
 「私は面と向かって1時間、思いの丈を聞いてもらったことも(笑)」
――その会長からサンコーをPRしてくれと。

円楽師匠、騒動で降板!

 「サンコーのCMといえば亡き宮尾すすむさんを起用した『サンコーで健康』がキャッチフレーズ。それを円楽師匠に代わっても引き継いでもらっていましたが、円楽師匠のあの騒動があり…」
――例のあれですか?
 「1年で2回もだから。消費者から『何であんな人をCMに』『不謹慎極まりない』なんて苦情が殺到して。やむなく昨年12月で契約を打ち切らせていただきました」
――エー!そうだったんですか!!

惣菜が変わりました!

 「それもあって現在は料理研究家の服部幸應さんと声楽家の池田美保さんがプロデュースした惣菜を全面に出し、『食育で健康!ヤマザワ食べて元気な!お惣菜』のCMを流してます」
 「これまでの美味しさや低価格に加え、無農薬や無添加を意識した安全・安心にもこだわっていきたい。『サンコーの惣菜は変わりました』ということを広く知っていただきたいですね」
 「4月からは『アル・ケッチャーノ』の奥田政行シェフ監修のお惣菜も提供していく予定です」