徹底して山形に密着したフリーペーパー

シンガーソングライター 絢音さん

2018年1月12日
本名・金子絢音(かねこ・あやね)。1992年(平成4年)山形市生まれ。市立三中から山形商高に進み、3年間を首席で通して卒業後、小さいころから憧れていた歌手を目指して専門学校のデジタルアーツ仙台へ。同校1年の時に「第5回全日本アニソングランプリ」で応募者1万223組の中から決勝13人に選ばれ、19歳で同校を中退して上京。路上ライブやクラブハウスでシンガーソングライターとしての活動を開始。Jポップ界では、絹のようなシルキーボイスと歌唱力を兼ね備えた本格派シンガーとの評も。25歳。
シンガーソングライター 絢音さん

自分の歌を大勢の人に届けたい
  その目標に向かって頑張ってます

――山商で3年間首席っていうのがスゴい! 

歌手を目指して山商?

 「暗記が得意なだけだったんですけど…。ただ最後は代表して卒業証書も頂きました(笑)」
――一流大学にも難なく行けたろうに。
 「担任の先生からも進学を強く勧められました。でも自分の性格上、大学に行けば勉強にも力を入れて、歌の方が疎かになっちゃうだろうと思って。最後は先生も背中を押してくれました」
 「高校進学時に山商を選んだのも、歌手で成功できなかった場合に備え何か資格を持っておいた方がいいんじゃないかなと(笑)。山商の同学年には歌手で活躍中の朝倉さやちゃんがいました」
――それほどまで歌手になりたかったと。
 「私が好きなのはJポップ。山形出身の歌手だと、さやちゃんは基本が民謡、工藤あやのちゃんは演歌、林部智史さんはJポップですね」
 
転機は路上ライブ

 「上京して、歌手としても人生にとっても転機になったのは路上ライブ。審査員の方々の前で歌っていた時と違い、私を知らない、歌にも興味がない人たちの前で歌って聴いてもらわなきゃいけないじゃないですか」
 「1年半、ほぼ毎日路上ライブを重ねることで、どうしたらみんなが私の歌を聴いてくれるのか、自分が何のために歌うのかが分かるようになった気がします」
――今はどんな活動を?
 「基本は東京と山形を1週間おきに行き来して、東京ではライブ、山形ではいろんなイベントで歌ってます」

東京と山形、被災地も

 「昔は歌手をやるなら東京しかないと思ってたけど、ネット社会になって、どこの場所にいても音楽は届けられる時代になりましたから」
 「ただ、地元の山形ではまだまだ名前が知られてなくて…(苦笑)。この記事で存在を知ってもらい、『絢音』を検索して歌を聴いてもらえれば嬉しいです」
――宮城県南三陸町でも活動されてますよね。
 「南三陸町職員で、自分の命を顧みず、スピーカーで住民に避難を呼びかけ続けた遠藤未希さんに捧げる『天使の声』を2014年にリリースしたのがきっかけです」
 「それ以来、南三陸町には定期的に足を運んでいて、昨年11月にも福興市に参加してきました」
――今後の抱負とか。

応援してください!

 「やっぱり目標は自分の楽曲がたくさんの人に届くこと。今やってる活動はたぶん近道じゃないかもしれないけど、それでも自分が選んだ道で精一杯がんばっていきたい。山形の皆さん、応援よろしくお願いします」