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~最上三代~その栄光と蹉跌

 左の図は、山形市指定有形文化財「文殊菩薩騎獅像(もんじゅぼさつきしぞう)」(以下、文殊像)である。山形市八日町の宝光院(ほうこういん)に伝わり、現在は山形大学の所蔵になっている。
2017年4月14日
 前号では「尼崎本『洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ)』」(以下、尼崎本)に描かれた最上義光(もがみ よしあき)像を取り上げた。
 尼崎本には天正20年(1592年)、京都の東西を走る「中立売通(なかだちうりどおり)」を聚楽第(じゅらくてい)に向かう後陽成(ごようぜい)天皇の行幸が描かれおり、武家屋敷の門前で正装した姿で正座して見守る人物が最上義光であろうと推測した。
2017年3月24日
 従来、最上義光(もがみ よしあき)の相貌(そうぼう)を知る手がかりとされてきた「長谷堂合戦図屏風」の義光像に疑義が呈されていることは先号で述べた。 
 個人的には従来の義光像が実像に近いという一縷の希望を捨てたくはない。そんな思いでいたところ、偶然にも興味深い画像を見つけた。「尼崎本洛中洛外図屏風(あまがさきぼんらくちゅうらくがいずびょうぶ)」(以下、尼崎本)」である。
2017年3月10日
 最上義光(もがみ よしあき)はどんな相貌(そうぼう)をしていたのだろうか。それが分かれば人柄などをあれこれ推測する有力な手がかりになり得る。
2017年2月10日
 昨年11月、最上義光(もがみ よしあき)歴史館の前庭に最上義光立像が建てられた。山形西ロータリークラブが彫刻家の雨宮透氏に制作を依頼した像で、すでに御覧になった方も多いだろう。
2017年1月27日
史実に基づく義光像を
2017年1月13日