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<荒井幸博のシネマつれづれ> 海難1890

2015年11月27日
日本・トルコ友好の秘話

 日本・トルコの友好125周年を記念し、時空を超えた2つの実話に題材をとった両国合作による感動の超大作。

<荒井幸博のシネマつれづれ> 海難1890

 1890年9月、オスマン帝国(現在のトルコ)の親善訪日使節団を乗せた軍艦「エルトゥールル号」が和歌山県沖で座礁、乗組員618人が暴風雨の吹き荒れる大海原に投げ出された。
 500人以上の犠牲者が出るなか、地元住民の献身的な救助活動により69人の命が救われ、無事本国に帰還。この出来事は両国の人々の心に深く刻まれることとなった。

 時は流れて1985年、イラン・イラク戦争の勃発で緊張が高まるイランの首都・テヘラン。自国民救出のため各国は救援機を飛ばすが、日本政府は危険と判断、救助要請に応えることができない。日本人215人は絶望の淵に立たされていた。
 この状況を打開すべく、日本大使館がトルコに日本人救出を依頼すると、トルコ首相はそれを快諾。テヘランに救援機を差し向け、現地にまだ500人近くのトルコ人が残されているにもかかわらず、日本人を優先して救ったのだった――。

 田中光敏監督に話をうかがうと「1890年のの海難事故があった現在の串本町の田嶋勝正町長は大学の同級生」と明かしてくれたうえで、「映画化したいという彼の希望は10年前から聞いていましたが、資金不足など紆余曲折があって実現には至らなかった。映画化できたのは串本町の人々の想い、トルコの人々の想いが背中を押してくれたんだと思う」と答えてくれた。
 主演で、遭難者の手当てに当たった田村医師役の内野聖陽さんは「名もない串本の人たちが異国の人々を救うために勇気を振り絞ったことが両国の友好に繋がったことは奇跡的。このシンプルなメッセージを1人でも多くの人が感じてくれたら嬉しい」と話す。

 世界中の誰もがこういう想いでいたら戦争やテロはなくなるのでは、と思わずにはいられない。


<荒井幸博のシネマつれづれ> 海難1890
荒井幸博(あらい・ゆきひろ)

1957年、山形市生まれ。シネマパーソナリティーとして多くのメディアで活躍、映画ファンのすそ野拡大に奮闘中。現在FM山形で「荒井幸博のシネマアライヴ」(金曜夜15時)を担当。