徹底して山形に密着したフリーペーパー

次期山形市長 佐藤 孝弘 さん

2015年9月25日
佐藤 孝弘(さとう・たかひろ) 1975年(昭和50年)北海道函館市生まれ。小学校卒業後に東京に転居、都立日比谷高から東大法学部に進み、卒業後の2000年通商産業省(現経済産業省)へ。3年で同省退職、おにぎり専門店を起業するも挫折。日本経営合理化協会、東京財団研究員を経て11年、山形市長戦に自民党推薦で立候補、市川昭男市長に1万票余りの差で敗れた。直後に再挑戦を表明、市内に転居し政治活動や地域活動を続け、13日投開票の山形市長選で雪辱を果たす。39歳。
次期山形市長 佐藤 孝弘 さん

捲土重来(けんどちょうらい)を期した4年間
  市民目線で山形を変えます!

――とりあえず当選おめでとうございます。
 「有難うございます」

前回の雪辱果たす

――僅差(きんさ)でしたね。
 「最初はリードしてたようですが、安保法案がマスコミで盛んに取り上げられた8月の時点で逆転されて…。ただ自分としては『山形を変えよう!』と訴え続け、最終的にはそれが市民の皆様のご支持を得られたと思っています」
――経歴は華麗にもみえるし、苦労してるようにもみえるし…(苦笑)
 「大学は1浪、国家公務員試験も最初の年は不合格。今回もそうですが、旧友からは『佐藤は最初は落ちるけど2回目で受かるよね』『1回目で決めろよ!』なんて言われてます(苦笑)」
――おにぎり専門店の話が聞きたいな。

キャリア官僚から起業

 「経産省で魅力的な中小企業のオーナーと接するうち、自分も起業してみたいと切実に考えるようになりました。当時、おにぎり専門店が脚光を浴び始めていて、経産省を辞めることに迷いはありませんでした」
 「店舗を構えたのは台東区の谷中銀座。米、海苔(のり)、塩、水にこだわり、180~200円台で販売しましたが、ダメでしたね。食べた人は『こんな美味いおにぎりはない』って言ってくれたんですけど(苦笑)」
――失敗から学んだことって、あります?
 「結局、良いものをつくっても売れるとは限らない、良さを知ってもらわないと始まらない、と。山形の良さや魅力を積極的にPRしていきたいと公約にも掲げましたが、自分自身の挫折も教訓になっています」
――ガールズバーを経営してたっていう噂も流れましたけど(苦笑)

閉口したネガキャン

 「まったくの嘘!ネガティブキャンペーンも極まれりで、最終的にはキャバクラの経営者にもされちゃいました(苦笑)。そんな事実は一切なく、この紙面をお借りして明確に否定させていただきたい」
――ご家族のこと、聞いていいですか?
 「妻は東京の出身。自然豊かな山形の生活を満喫していますが、バスや鉄道の本数が少ないことに不便を感じてるみたいですね。4年間の浪人中に山形で生まれた長男は保育園に通ってます」

健康医療先進都市に

 「『119番訴訟』もそうですが、公約で掲げた公共交通機関や子育て環境の充実も自身の問題として捉え、市民目線で取り組んでいきたい」
 「目指すのは『健康医療先進都市』。健康と医療をキーワードに、産業集積や人口増につなげていくつもりです」