徹底して山形に密着したフリーペーパー

ヤマザワ 社長 古山 利昭さん

2015年6月26日
古山 利昭(ふるやま・としあき) 1970年(昭和45年)新潟市生まれ。中学1年から山形市に移り住み、日大山形高、日大法学部卒業後、93年山形銀行へ。2006年にヤマザワの創業者・山澤進会長の3女の真理さんと結婚、11年本部融資部調査役を最後に山銀を退職、ヤマザワ入社。12年取締役営業本部副本部長、13年副社長営業本部長を経て5月28日に社長就任。44歳。
ヤマザワ 社長 古山 利昭さん

女性の感性を店舗づくりに
   より地域密着を目指します

――お生まれは新潟?

新潟生まれの山形育ち

 「父親が転勤族サラリーマンで、新潟で生まれてから福岡、熊本と転居しました。山形に来たのは中学に上がる時。ちょうど市立十中ができた年で、十中の1期生です」
 「両親も山形を『終(つい)の棲家(すみか)』と決めてマイホームを建てましたので、以後は両親ともども山形市民です。自己紹介する時は『生まれは新潟、出身は山形』と言ってます」
――山銀では……。
 「通算18年半、うち17年が支店勤務でした。失敗やヘマも数多くやりましたが、個人向け住宅ローンの販売が長く、お客様から『おかげでいい家が建ったよ』『ありがとう』と言っていただけた時が嬉しかった。上司や仲間にも恵まれました」
――結婚された時点でヤマザワへの入社は決まっていたのかしら?

転職して毎日が勉強

 「それはまったく。山澤会長は期待していたのかも知れませんが、私としては山銀に骨を埋めるつもりでいましたので。ですから会長から『来ないか?』と言われた時は正直迷いました」
――(ヤマザワに)入ってみてどうですか?
 「毎日が勉強です。新鮮な商品をそろえるのはもちろんですが、それをどう陳列し、どうPRすればお客様に買っていただけるのか――このあたりが難しく、面白くもあるところだと思います。売る側の姿勢なり考え方が表れるところですね」
――今や年商1000億円超のヤマザワグループの社長です!

社長就任で責任を痛感

 「責任の重さを痛感しています。山澤会長はじめ諸先輩方の指導を仰ぎながら、これまで以上に地域に密着し、地域から愛されて必要とされる存在になりたい。現在、県内におけるヤマザワのシェアは26%ですが、将来的には30%に引き上げたいと考えています」
 「今期の出店は新庄宮内店と寒河江プラザ店の建て替えの2件。今後は老朽店のリニューアルも必要でしょう」
 「社内的には女性の活用が課題。パートさん1人ひとりがはつらつと働ける職場づくりや、女性社員の活躍の場を広げ、お客様の8割までを占める女性の目線に立った店舗づくりを進めていきたいと思ってます」
――スーパー業界には絶えず再編のうねりが押し寄せています。

再編には自然体で

 「現時点でどこかといっしょになる考えはありません。昨年3月によねや商事(秋田県横手市)をグループに迎えましたが、いいお話があればその都度対応するというのが基本スタンス。それより新体制の整備ですね」