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続・レトロやまがた再発見/(54)旧行方(なめかた)家住宅(米沢市)

2014年5月23日
 米沢市中心街から3キロほど南にある芳泉町は米沢藩の家老だった直江兼続が町割りしたとされ、藩政時代には「六十人在家」と呼ばれていました。30年ほど前までは茅葺屋根の武家住宅造りの建物が軒を並べていましたが、現在は数もすっかり減り、今でも残る「うこぎ垣根の屋敷」が農業をしながらも質素倹約に努めていた往時の武士の生活を偲ばせてくれます。
続・レトロやまがた再発見/(54)旧行方(なめかた)家住宅(米沢市)

 この「旧行方家住宅」は芳泉町のほぼ中央にあります。以前は茅葺屋根の武家住宅造りでしたが、時期は詳細には分からないものの、明治後期までにはほぼ現在の姿に建て替えられたようです。内部は畳敷きの大部屋が3つ連なる純和風(正確にはガラス入り建具を具備した近代和風)の造りですが、昭和になってからはこの家出身の中央官僚の別宅として利用されていました。

続・レトロやまがた再発見/(54)旧行方(なめかた)家住宅(米沢市)

 戦後は縁故ある方がお住まいになり、背後の部分を増築して現代的な生活ができるようになっていますが、母屋の主たる部分はほぼ創建当時のまま。外観・内観ともに古民家の風格が充分に感じられ、米沢武士の気骨が伝わってくるようなたたずまいです。

山形歴史たてもの研究会
小林 和彦