徹底して山形に密着したフリーペーパー

歌手 工藤 あやのさん

2014年5月9日
工藤 あやの(くどう・あやの)本名・工藤綾乃。1994年(平成6年)山形市生まれ。歌手だった母・郁子さんの影響で子どものころから民謡に親しみ、県民謡王座決定大会少年少女の部で2度優勝、「NHKのど自慢」ではチャンピオンに。上山明新館高校1年の時に作曲家の弦哲也さんが行った新人歌手発掘オーディションで初代大賞に輝き、高校卒業を機に歌手を目指して上京。1月29日、「さくらんぼ 恋しんぼ」で歌手デビュー。5月7日が20歳の誕生日。
歌手 工藤 あやのさん

憧れていた歌手になりました
  どうかめんごがってください

――山形市の出身?
 「桧町です。実家はお惣菜屋さんで、父と母と兄の3人でやってます。小学校は九小、中学は五中でした」

オーディションで大賞

――新人発掘オーディションに出たきっかけって?
 「母のお友達が(オーディション告知の)新聞の切抜きを持ってきて『歌うまいんだから試しに出てみたらいいんねが』と勧められて。それで録音した歌を送り、弦先生の前で歌ったところ、応募者91人の中から大賞をいただきました」
 「だけど、それはそれで終わり。月に1度のペースで都内の弦先生のお宅でレッスンを受けるようになりましたけど、即、歌手になれるというオーディションではなかったんですね」

歌手目指し単身上京

――それで明新館を卒業して単身上京。
 「卒業式の翌日に東京行き新幹線に乗りました。不安はありましたけど、母から『こんなチャンスは誰にでもあるもんじゃない、東京に行って歌手を目指して頑張りなさい』って背中を押されて」
――それから。
 「ひとり暮らしをはじめて、居酒屋さんでアルバイトするようになって生活に忙殺されて…。そのうちに、東京はチャンスをつかめるところなのと同時に、チャンスをつかめない人もいっぱいいるところだなあと思うようになりました」

中途半端だった3カ月

 「気持ちが中途半端だったんでしょうね。歌手になるのが遠いことのように思えたし、弦先生には東京に出てきたことを言えなかった」
 「先生が3カ月後にそれを知った時、『お前には意欲がない。歌手になりたいならなぜもっと努力しないんだ』って叱られました。自分はいったい何しに東京に出てきたんだろう――弦先生の言葉でわれに返りました」
 「それからは心を入れ替えてレッスン漬けの毎日。弦先生って知れば知るほど偉大な方で…。そんな弦先生が作曲してくださった『北風の詩』を去年の6月、『さくらんぼ恋しんぼ』を7月にいただきました」
――どんな歌手を目指していますか。

夢を与える存在に

 「弦先生からは、歌手は上手い下手じゃない、詩を理解して感情を込めて歌いなさいと。子どもの時から夢だった歌手。将来は私も夢を与えられる存在になりたいです」
 「山形は私を育ててくれた大切なところ。山形の人たちからめんごがられるよう頑張ります」