徹底して山形に密着したフリーペーパー

山形大学 学長 結城 章夫さん

2013年12月27日
結城 章夫(ゆうき・あきお) 1948年(昭和23年)村山市生まれ。山形東高から東大工学部に進み、卒業後の71年、科学技術庁に入庁。主に原子力安全や研究開発行政に携わり、中央省庁再編で文部科学省発足後は初代大臣官房長、文部科学審議官を経て2005年1月、旧科学技術庁出身者では初の事務次官に。07年7月退任、同年9月から現職。教養教育の充実や重粒子線がん治療施設の誘致などに道筋をつけ、来年3月31日に任期満了で退任予定。65歳。
山形大学 学長 結城 章夫さん

高校卒業以来の山形
  改めて魅力を感じています


――就任からこの間を振り返って如何(いかが)ですか?

画期的な基盤教育

 「就任時に改革を目指した『結城プラン』を打ち出しましたが、総じて7~8割は達成できたと思います。改革の柱は学生を大切にした学生主役の大学づくりと、教育、特に教養教育を充実させることの2つでした」
 「教養教育はカリキュラムを見直して『基盤教育』に。それまでは極端に言えば教授が教えやすい科目が多く、学生も目先の興味で選択していた。そういうアラカルト的なメニューでは栄養が偏ってしまいます」
――なるほど。
 「だから定食メニューが必要。大学時代は人格形成のうえでも大事な時期。自分の専門だけでなくいろんな勉強をして欲しい、すべてのことに貪欲な好奇心を持ってもらいたいという狙いです」

悩まされた不祥事

――ただ去年から今年にかけては学生の不祥事も目立ちました。
 「申し訳ないの一言。みんなで原因を探りましたが、やはり今の学生の育ち方に原因があるのかなと。それを踏まえて大学として対処していく必要があるんでしょうね」
――それはそれとして、研究面でも目覚ましい成果を。

重粒子線施設に道筋

 「国立大学には日本を代表して世界と戦える研究分野が必要です。有機エレクトロニクス研究センターは世界的な研究拠点になりつつあります。ペルーの世界遺産『ナスカの地上絵』の研究も世界最先端です」
 「東北初となる重粒子線がん治療施設も今年度と来年度に国から10億円ずつ研究開発費が認められました。本体建設はこれからですが、路線は敷けたと思っています」
――そこなんですけど、そもそも文科省の事務次官が退任後すぐに国立大学の学長に就任するのは極めて異例でした。
 「初めてでしたね」
――重粒子線治療施設導入のために来られたと。
 「(笑って)誘っていただいた仙道富士郎前学長からは、何も」
――ま、そういうことにさせていただきますけど、周囲の関心は学長をお辞めになった後で…。

「政治はやりません」

 「実家の東根で妻と一緒に暮らします。畑仕事でもやろうかな(笑)」
――政治の方とか。
 「やりません。政治以外で、ふるさと山形のためにお力になれることがあればやりますけど」
――多分、結城さんのような方を周囲は放っておかないと思いますよ。