徹底して山形に密着したフリーペーパー

モンテディオ山形コーチ 高橋 健二さん

2013年5月24日
高橋 健二(たかはし・けんじ) 1970年(昭和45年)山形市生まれ。日大山形高時代の87年、全国高校サッカー選手権で県勢初のベスト16入りに貢献、大会優秀選手に選ばれる。国士舘大学に進み、アルゼンチンへの留学を経てジャパンフットボールリーグ(JFL)への昇格を決めたばかりのNEC山形(現在のモンテディオ山形)へ。2006年の引退まで13年間をモンテ一筋でプレー、「ミスター・モンテディオ」の愛称で親しまれた。08年にはクラブ運営に携わり、09年からモンテアカデミーでコーチを務め、12年から現職。42歳。
モンテディオ山形コーチ 高橋 健二さん

J1昇格へ今が正念場
  「いける」と思ってます!

――今、お住まいは?
 「山形市です。やまコミも配られてて毎回コミ太を探してます(笑)」
 
ミスターモンテ!

――ここまでのモンテの闘いぶりを振り返って。
 「う~ん、勝ったり負けたりで望むようにいっていないのは確かですけど、やってきたことが間違っているわけじゃない。チャンスはつくれてるし、シュートも打ててる。これをどう勝ちにつなげていくかですね」
 「結局は最後の精度を上げていくしかないと思います。最後にどの順位で終わるかが重要なので、その意味ではまったく悲観はしてません」
――現役時代から山形一筋!
 「他チームからのオファーも頂きましたが、自分に自信が持てない性格で…(苦笑)。今から思えば、他でやる勇気がなかったんでしょうね」
――でも「ミスター・モンテ」と愛されて。
 「性格、他県の選手みたいにガーと変えたかったんですけどね(苦笑)」
 
勝つ難しさを痛感

――そういえばモンテのチームカラーも。
 「よく言われるのが真面目で練習熱心。選手同士の仲が良くてひとつにまとまる。ただ、そんなチームカラーが結果に結び付けばいいんですが」
――ガーと変える必要もあると。
 「かもしれないですね。今まで培ってきた伝統は伝統として、外から来た人の違った血を入れながら進化していかないと」
――コーチとして感じてることとか。
 「現役の時も勝ちたかったですけど、指導する立場になって当時より勝つことの難しさを痛感してます」
――話は変わるけど、加入した当初の本拠地って鶴岡?
 
加入時はシャワーなし

 「いや、もう山形市に移っていて、薬師町やあかねケ丘の陸上競技場とか使ってました。もちろん天童のここ(NDスタジアム)も」
――当時は環境も劣悪だったと聞いたけど。
 「JFLに上がったばっかでしたからね。練習終わってみんなで水道で足洗ったりとか(笑)。今とは格段の違いですけど、当時はそんなものだと思ったし、不満もなかったですよ」
 
結果を出したい

――サッカー専用スタジアムの建設論議が盛り上がっています。
 「ありがたくて、嬉しいです。選手もフロントもみんな喜んでます」
 「議論に応えるためにも結果を出したい。最後まで頑張りますので応援よろしくお願いします」