徹底して山形に密着したフリーペーパー

最上川舟下り義経ロマン観光 社長 芳賀 由也氏

2008年4月25日
芳賀由也(はが・よしや)1946年(昭和21年)酒田市生まれ。酒田東高から日大経済学部に進み、卒業後、ロッテ入社。77年に帰省して最上川舟下り義経ロマン観光を設立。3月28日、県産優良品をブランド化して全国に売り込む「山形セレクション」の観光・関連サービス分野で最上川芭蕉ライン観光とともに「最上峡舟下り」が認定された。
最上川舟下り義経ロマン観光 社長 芳賀 由也氏

「山形セレクション」認定
     誘客の起爆剤に――


昨年、就航30周年

――スミマセン、最上峡の舟下りの会社って「最上峡芭蕉ライン観光」だけだと思ってました(苦笑)

 「地元の戸沢村周辺でもそう思ってる人、少なくないです(苦笑)。最上峡で『義経丸』を就航させて昨年30周年を迎えましたが、あちらの就航開始は昭和39年。歴史だけじゃなくて知名度、船舶数や利用客数など比べ物になりません」

知恵絞り存在感

「そんな中で存在感を失わないためには知恵を絞るしかない。積雪時にも就航できる全天候型の舟を導入したり、上流から下流に『下る』だけじゃなく、『最上川舟唄』の背景でもある『上る』要素を取り入れて周遊コースにしたり。最上峡は周遊してこそ舟運の歴史や当時の人々の鼓動が伝わってくると思います」

――白眉(はくび)は「仙人堂」の復活ですね。

 「仙人堂は義経一行が立ち寄った際に常陸坊海尊(ひたちぼうかいぞん)が建立したとされ、芭蕉の『奥の細道』にも記されていますが、それほどの歴史文化遺産がなぜか埋没していた」
 「その仙人堂を3年がかりで整備して周遊コースに組み込み、『縁結びロード』として売り出したことで全国から若いカップルが訪れるようになりました」

最上川への熱い思い

――なるほど。でも、そもそも何で脱サラしてUターンして、難しい新規参入なんか選んだんですか?

 「これはもう最上川に対する熱い思いですね。最上川は県全土に恵を与え、文化、風俗、習慣を生み出した母なる川です。舟を浮かべることで最上川、ひいては山形を活性化させたかった」
 「ですが当時、舟下りで同一航路内を複数の会社が運航する前例はなかった。運輸省(注・現在の国土交通省)の許可がなかなかもらえず、何度も挫折しそうになりましたが、最終的には情熱を理解してもらえました」
 「いったん舟から降りて仙人堂を訪ねるプランを考えた時も同様の困難がありましたが、周辺市町村が賛同してくれたことで実現しました。情熱さえあれば不可能も可能になるんです」

――「山形セレクション」に認定されたのはフォローの風ですね。

世界遺産登録に弾みを

「観光・関連サービス分野では第1号の認定になるだけに身の締まる思いです。芭蕉ラインさんと切磋琢磨しながらいっそうの観光客誘致につなげていきたい。また最上川を軸に世界遺産登録を目指す運動の弾みになればと考えています」