徹底して山形に密着したフリーペーパー

渡辺 えり さん

2012年1月13日
渡辺 えり(わたなべ・えり) 1955年(昭和30年)山形市生まれ。山形西高から俳優養成の専門学校・舞台芸術学院(東京)に進み、卒業後、78年に「劇団2○○(げきだんにじゅうまる)」を結成(その後、「劇団3○○」に改名)。同劇団解散後、現在は演劇集団オフィス3○○の代表として、自作の公演以外にも演劇、音楽の公演をプロデュース。劇作家、演出家、女優、歌手として多方面で活躍中。劇作家としては「ゲゲゲのげ」で岸田国士戯曲賞、女優としては「Shall we ダンス?」で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞などを受賞。
渡辺 えり さん

人に喜んでもらうのが大好き
   そのためには努力がいります――

――山形西高をご卒業なんですよね。

寂しがり屋で演劇に

 「そう。生まれたのは山形市村木沢の山王っていう村。そこに5歳までいて、その後(山形市)美畑町に高校卒業まで」
――この世界に入られるきっかけとかって?
 「もともと寂しがり屋だったんですね。今でもはっきり覚えているのは2歳の時。神社でかくれんぼして遊んでいたら暗くなってきて、気がついたら友達が誰もいなくなって。この時にすごく孤独感を感じて」
 「あと『どうせ死ぬのに何で生きているんだろう』とか考えたりね」
 「そんな私でも演劇をやってる時だけは寂しくなかった。だから学芸会は大好きだったし、西高に進んだのも演劇部があったから。中学時代? 演劇サークルがなかったので合唱やってました」
 
上京、俳優養成学校に

――で、西高卒業後に上京して俳優養成の専門学校に進まれたと。
 「強く背中を押されたのは高1の時に県民会館で観た文学座の『ガラスの動物園』。もう感動して号泣。芝居が終わっても椅子から立ち上がれないほどでした」
 「それで主演の長岡輝子さんの楽屋を訪ねたところ、さっきまでカッコいい役をやっていた江守徹さんや高橋悦史さんが何事もなかったかのように掃除とかの裏方の仕事をしている。それを見て『これが演劇の世界なんだ』とまた感動して」
――その後、舞台を中心に映画やテレビでご活躍なんですが、最近よくバラエティー番組でお見かけします(苦笑)
 
舞台に専念したいけど

 「『秘密のケンミンショー』とかね(笑)。バラエティー番組に出ると山形にいる親戚や友達が喜んでくれるのよ、だから。とにかく人に喜んでもらえることが1番好きなの」
――山形にはよく帰省されるんですか?
 「年10回ぐらいかしら。山形は人が温かいので大好き。好きな食べ物?アケビの皮とかヒョウとか。ヒョウはニンニク醤油で煮たのを東京に送ってもらってます」
 
東北を元気づけたい

――これからの活動のご予定は?
 「今年の新作は宮沢賢治の作品を取り上げます。高村光太郎の晩年を描いた昨年の新作『月にぬれた手』と同様、舞台は岩手。東北復興の祈りを込めた作品の連続上演になります」
 「東北人はくじけてないぞという意気込みを示したいですね」