徹底して山形に密着したフリーペーパー

セピア色の風景帖

 山形国際ドキュメンタリー映画祭の生みの親とされる故・小川紳介監督の「ニッポン国古屋敷村」(1982年)で一躍有名になったのが上山市古屋敷地区である。同作品はベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したことでも知られる。
 だが現在、雪深いこの地区に並ぶ茅葺き屋根の古民家は崩壊の一途をたどっている。
2018年11月9日
 頭の中に思い浮かぶ地図のことをメンタルマップというそうだが、角地の建物は特に重要な役割を果たしているのではないだろうか。
2018年10月12日
 山形市で国道112号と国道286号が交わる鉄砲町交差点の南側、112号が恥川(はずかしがわ)を跨ぐ荒楯地内に時代がかった橋が姿を残している。銘標が失われているため確認は難しいが、橋の名を「一貫清水橋」という。
2018年9月14日
 1926年(大正15年)、国の政策として食料備蓄のために建てられたのが酒田米穀倉庫だ。
2018年8月10日
 円形校舎は1950年代に姿を現した。従来の木造校舎に比べて豪雪や台風などの天災に強く、各教室への採光が有利であることから、60年代にかけ全国各地で多数の建設が進められた。
2018年7月13日
 山形市風間のJR仙山線を潜るガードについては第41回で述べたが、先の大戦での米軍機による機銃掃射の痕を確認できたので報告する。
2018年6月22日
 鶴岡市で、温泉街の湯野浜から人面魚で有名な善宝寺に至るには小山を迂回する必要があり、1975年(昭和50年)に廃止された庄内交通の電車もそうだった。
2018年5月11日
 山形市六日町にあるこの店は、店名が示すように美容・理容器具の販売店のようだったが、道路拡張前のその建物は特徴的なもので、モルタル塗りのグレーの店舗に寄り添うように店名を示す板を張りつけていた。
2018年4月27日
 林業が盛んだった昭和30年代まで、真室川町のJR釜淵駅から約30キロ西の大川入地区まで、伐採した木材を運ぶ真室川森林鉄道が活躍していた。
2018年3月23日
 内陸に山交ランド(現在のリナワールド、上山市)、庄内にゆのはまランド(酒田市)があれば、最上には猿羽根山遊園地(さばねやまゆうえんち)(舟形町)があった。
2018年2月9日
 昭和50年に廃止になった庄内交通湯野浜線で唯一保存されることになったのは善宝寺駅であった。観光客が集まる同線随一の立地を生かし、鉄道記念館を作ることになったのである。
2018年1月26日
 山形市谷柏(やがしわ)の丹野酒店付近に花川橋という小橋がある。現在の橋ができたのは平成14年だが、その架け替え工事の際、残土とともに処理されつつある1本の石柱があった。
2017年12月22日
 昭和2年に山形市木の実町で竣工した教育会館は、教会のような姿の4階建ての洋風建築物だった。隣接する山形ホテルを宿泊棟とし、県内教職員の福利厚生の拠点としての役割を担っていた。
2017年12月8日
 明治時代に造られた橋としては南陽市から上山市に点在するいくつかの石橋が有名だが、大正時代の橋で現在も残っているのは明治のそれより少ない。
2017年11月10日
 会議室、ホール、展覧会場、図書館などを備えていた新庄市中央公民館は、新庄市のみならず最上地区の文化拠点として多くの講演会や展覧会などに活用されていた。
2017年10月13日
 当時の赤湯町、宮内町、和郷村が合併し、県内13番目の市として南陽市が誕生したのは1967年(昭和42年)のことだった。
 合併後も温泉街や国道13号を抱えて人口的に勝る赤湯と、熊野大社の門前町としての誇りを持つ宮内とのサヤ当てが水面下で続いたが、ジャスコ(現イオン)は1982年(昭和57年)に赤湯を選んで進出した。
2017年9月22日
 1881年(明治14年)開通の「栗子山隧道(くりこやまずいどう)」は1936年(昭和11年)に「栗子隧道」と名を変え、自動車時代の到来に備え大口径コンクリート造りの近代的なトンネルになった。
2017年8月25日
 山形県は昔から、船運を別にすれば、隣県に行くには必ず峠道を通らなければならなかった。
 特に福島との県境には奥羽山脈が横たわり、馬さえ通れないような難儀な山道を人の足でかきわけて進まざるを得ない時代が長く続いた。
2017年7月26日
 庄内地区は広大にもかかわらず、子どもの遊戯施設が乏しかった。強いて言えば夏場の海水浴場がそれに代わるものだったのかも知れないが、水遊びだけでは満たされないこともあっただろう。
 そんな状況を打破する形で昭和56年に湯野浜ランドがオープンした。
2017年7月14日
 山形市十日町に「山十大屋」という由緒ある菓子店があった。
2017年6月23日
 平成4年の東北芸工大開校に合わせ、国道13号から同大に向かうルートとして整備された「青春通り」には個性的な店が競いあって出店、活気を呈していた。
2017年5月12日
 今から13年ほど前、山形市中桜田の住宅街の隅でどんどん焼きの「やたいや」が店舗を構えた。
2017年4月14日
 前回も紹介した旧七小は、外装ばかりか校内随所にアールデコ風の意匠が施されていた。 
2017年2月10日
 山形市城北町にある市立第七小学校の校章はミツバチ。「七なのにハチとはこれ如何に」と茶々を入れたくなるが、実は七小は昭和9年、第八尋常高等小学校として開校したのだった。
2017年1月13日
 村山市では平成15年度から16年度にかけ、それまで6つあった中学校を2つに絞る急速な統廃合が実施された。
2016年12月9日
 平成元年の夏、山形市蔵王成沢の山の斜面に大規模な植物園&レジャーパーク「花夢花夢」がオープンした。
2016年11月11日
 その昔、農村部では繁忙期を過ぎると成人男子が姿を消したものだった。首都圏などに出稼ぎに行っていたからで、兼業農家が増えた今では出稼ぎこそ激減したものの、農閑期には時間を持て余すという男性が相変わらずいるようだ。
2016年10月14日
 バス事業を分離した後、観光・レジャー事業へのシフトを目指した山形交通(現ヤマコー)は平成9年、鉄砲町の本社敷地内にアサヒビール園をオープンさせた。
2016年9月9日
 かつて七日町四丁目にあった映画館「シネマ旭」は圧倒的な存在感を誇っていた。銀座の和光にも似たその佇まいは、半永久的に映画の街を標榜する山形市のランドマークであり続けると思われたのだが、現在は駐車場に変わっており、往時をしのぶよすがはない。
2016年8月12日
 昭和28年、七日町の一部120メートルの区間に県内初のアーケードが架けられた。当時の新聞はアーケードをさし「鉄骨陽よけ」という注釈をつけていたとか。
2016年7月8日