アイジー工業会長 石川 堯 氏
山形の子どもたちに
「科学する心」を持たせたい──
──お久しぶりです。最近いかがお過ごしですか。
「(過去のやまがたコミュニティ新聞をながめながら)なんか内容が上品すぎないかあ。アンタらしくないなぁ」
今は悠々自適の毎日
「いかがも何も、会社は任せてるし、発明協会山形県支部の支部長も山本さん(注・山本惣一山本製作所会長)に引き継いでもらったから、今は気ままに遊んでいるようなもんだ。役職は確か、発明協会の顧問と、青少年創造性開発育成委員会の委員なんかが残っておったかな」
──個人で1000万円を寄付するなど発明協会には多大の貢献をされましたね。
育てたい山形の起業家
「山形の子どもたちに『科学する心』を持ってもらいたかったのさ。アイジー工業は私が40の時に創業したんだが、この経験から地元に広くベンチャーの芽を育て、企業化につなげて欲しいと思ったのよ。進出企業に頼るばかりではダメだと」
「そういえば、青少年の創造性育成のために東根市に寄付して『アイジー基金』を作ったのが30年前よ。創業したばっかりで、今から考えると、当時よくそんな余裕があったもんだ(笑)。でも、こういうことを率先してやったのは豊田さん(注・豊田章一郎トヨタ自動車名誉会長)ですよ。東根に来てもらったこともあるんだが、あの人はエライなぁ」
企業は社会のもの
──2002年、突然の住友商事への傘下入りは周囲を仰天させました。
「1代で築き上げた企業を人手に渡すのは忍びないという人情はわかる。だけど企業の公益性を考えて最良の策と思って決断したのよ。企業は永遠に続くわけではないし、まして、一族で所有し続けるものではない。わかってくれる人はわかってくれている。私は淡々としたもんだ」
「最近、つくづく感じているのは、企業が発展していく幾つかの段階で、経営の管理手法が変わってくるということだ。私があのまま続けておれば、壁にぶち当たっていたかも知れない」
住商入りで第2の創業
「会社経営の行く手には必ず地雷があるのさ。私は幸いにして(地雷を)踏まなかったが、企業発展の段階に応じて管理手法を変えていかないと地雷を踏んでしまう。住商の系列に入り、つくづく良かったと思ってるんだ」
「アイジーのベンチャー精神と住商の経営管理手法がドッキングして、アイジーは第2の創業を迎えておる」
