「山形いのちの電話」事務局長 島貫 新平 氏
いのちの灯 ともし続けて!!──
──「いのちの電話」の活動を始められたきっかけを教えて下さい。
94年に事務局発足
「イギリスで生まれた『いのちの電話』が日本に伝わったのは1971年。当時、私は山形市内で牧師をしていましたが、山形にも事務局をつくろうという動きがあることを知り、立ち上げに微力を尽くしました。事務局は94年に発足、97年に法人化され、評議員として当初から運動に携わっています」
「死ねば終わり」でない
「布教活動などを通じて痛感していたのが、天から与えられた命を粗末に考える人があまりに多いことでした。死んだら楽になる、死ねばすべて終わる、といった誤った認識が山形や東北、ひいては日本には根強い。残された遺族や周囲に及ぼす影響などを考えれば、死ねば終わりなどというものではないのです」
──ご自身も自殺を試みたことがおありとか。
「高校3年の時、生きている意味が見出せず、多量の睡眠薬を飲んで丸2日間、生死の境をさまよいました。その後も自堕落(じだらく)な生活を続けていましたが、宗教とめぐり合って神の存在や命の重さに気づくようになり、人生が変わりました」
生きることは素晴らしい
「生きていれば辛いこともありますが、楽しいことや、素晴らしいこともたくさんある。みずからの命を全うすることは人間が天から与えられた最も基本的で、かつ最も重大な責務なのです」
──県内の昨年の自殺者数は全国ワースト3でした。
「借金苦による自殺が増えているようです。自己破産など救済の道も徐々に開かれてはきましたが、まだまだ死んで清算しようと考えてしまう人が少なくない。東北人特有の律儀さ、生真面目さが裏目に出ているのと、景気回復をまったく実感できない地方のハンデを感じずにはいられません」
──「いのちの電話」に求められる役割も大きくなっています。
深刻な相談員不足
「私たちは相談者の話をただ聞くだけというのが原則。不安と苦しみで悩んでいる相談者のよき隣人として、電話での対話を通じて援助していこうという運動です。危機にある相談者の救済はもちろんですが、対話によって私たち自身も相談者から生きる勇気を与えられるケースもあります」
「その相談員が不足しています。相談員の高齢化も深刻です。どうか私たちといっしょに受話器を握り、相談者の危機を救ってください」
